ああ...甲子園
8月16日、昨年まで20年間住んでいた埼玉県代表の花咲徳栄の
2回戦の応援に甲子園球場に行ってきました。
ちなみに、昨年3月から住んでいる廣田神社そばの拙宅から
直線距離にして僅か4kmほどです。
甲子園...
野球を真剣におこなった人には、様々な人生を思い出してくれる魔法瓶です。
私も、日本野球発祥の地伊予(愛媛)で生まれ育ったお蔭で、
プロ野球に憧れる野球少年でした。
中学時代には、投手に、のちに南海ホークスで新人王をとった藤田学君、
そしてサード・四番に私で、まさにそのまま甲子園まで一直線と思っていたものです。
中学卒業前には、高校の監督がわざわざ職員室まで勧誘に来てくれました。
しかし、農家の次男。高校野球さらに大学の道は経済的になく、
中学卒業後、陸上自衛隊少年工科学校に...
そこでもクラブ活動は野球。
しかし、甲子園への道はありません。
湘南高校の定時制という位置づけですから、定時制・通信制の全国大会しか出られません。
しかも軟式野球です。
2年、3年と連続全国優勝し、神奈川県のスポーツ賞もいただきましたが、
やり場のない不完全燃焼の野球人生でした。
≪親を成長させるために子供が生まれる...≫
結婚以来体調の芳しくない妻が栄養療法で健康体になると、
男3人女1人の子宝に恵まれ、しかも次男、三男は野球の道を選んでくれました。
次男が小2で埼玉の少年野球チーム、ボーイズ野球、
高校野球と甲子園を目指して野球漬けになると、
5歳下の三男は同じ道に小1から続きました。
つまり、単身赴任で出られない時を除き、ほぼ土日休日は朝から夜まで支援。
平日もベランダに電灯をつけてバトミントンシャトルバッティング練習等・・
妻も食事当番等で、あしかけ17年・・・
高校野球は、春夏合わせて12回のチャンスで、最高県ベスト4でしたが、
中学時代はボーイズ大会で全国大会に連れて行ってもらうなど、
十分に親を楽しませてくれました。
とはいえ、実際に甲子園に来ることはありませんでした。
ところが、次男・三男が野球で進んだ高校に、長女も進学。
その娘が、神戸の女子大を選び、三男が野球推薦で入った大学を辞めて、
愛媛の実家で微生物自然農法でコメ作りを始めました。
私が継ぐべき農家を三男が廃屋になる直前に蘇らせてくれたわけです。
その三男と長女のお蔭で、昨年3月から西宮の廣田神社の傍に引っ越し。
≪西の宮に甲子園の意味≫
廣田神社は、本来は男神の天照大神のお妃である瀬織津姫を祀る
ヤマト民族にとってかけがえのない大切な社です。
つまり、大陸系の藤原家に歴史上抹殺されたお妃を西宮の方々が祀ったのです。
それ故、京都の西にあるかけがえのない社だから西の宮、西宮となったのです。
聖徳太子も仏教の中で、うまくヤマトの神である天照大神と妃の瀬織津姫を、
毘沙門天と吉祥天として祀りました。
ちなみに、西宮市の紋章は六芒星です。
廣田神社のすぐ北に円錐形の甲山にはモーセの墓があるとも言われています。
空海の真言宗の慈悲は、真のキリストの愛を現すとも言われるように、
いよいよヤマトの真の歴史の封印が解かれる時代になったと思われます。
その西宮で、戦後の復興のシンボルである高校野球が行われてきた・・
いや、明治維新で消されたヤマトの心を野球を通じて甲子園で紡いできた・・
甲子園の青春の感動は、社の境内の薪能等と同じ感動を与える・・
どのチームが優勝しても全国に感動の輪を広げます。
とはいえ、現実には、孫の代に甲子園で応援したいものです^^
FBの写真は、花咲徳栄の応援席からの熱戦風景と応援成果の日焼け、
そして帰路に見つけた花






