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今問われるこの国のあり様

今問われるこの国のあり様

 集団的自衛権を巡る論争が激しさを増しています。
国家固有の権利である集団的自衛権があるかないかを
大まじめに国論を二分してたたかっているのは、
世界195カ国の独立国家の中で日本だけです。

 かっては、自衛隊が憲法違反であることが大まじめに論議されました。
これを進めていくと非武装中立という現実の国際社会ではありえない空想論に陥ります。

その後の経過は、自衛隊の真摯な国民を守る犠牲的精神の活動もあり、
今ではほとんどの国民から自衛隊は合憲であると認められています。

 今回の集団的自衛権も自衛隊問題と同じような道をたどるかも知れません。
もっともそうなるためには、
何故今頃日本だけが憲法上集団的自衛権が認められていないのか、
何故今認めなければならないのか、
あるいは認める上での問題点はどこにあるのか、
様々な観点から真実を知っておくことが大切です。


 集団的自衛権の歴史的背景

 国家固有の権利である自衛権に、
「個別」自衛権と「集団的」自衛権の二つがあることが認められたのは、
国連憲章を作ったときからです。

そもそもかっては、戦争は外交の一手段であり、
国家固有の権利として戦争を行っていました。

しかしながら科学の進歩とともに、一般国民に及ぼす膨大な被害に鑑み、
1928年のパリ不戦条約以降、国権の発動たる戦争を
「違法」とする国際法の解釈ができてきました。

そして第二次世界大戦の悲惨な状況から国際連合を創設する際に、
国権の発動たる戦争自体を「侵略」(悪)と規定したのです。

 ここで日本語に訳している「国際連合」は誤訳であり、
実際はUnited Nationsですから、「連合国」であることを認識しておく必要があります。

そうです、ドイツ、日本等枢軸国と戦った戦勝国である連合国の集まりであり、
その憲章なのです。

だから国連(慣例に則りUNをこの様に私も約します)憲章には、
「敵国条項」があります。今では、対象は日本なのです。

この憲章上では、日本が侵略的な政策を再びはじめる兆候が認められたら、
加盟国はいつでも武力で日本を叩くことも認められているのです。

中国が日本を敵視する意味合いもここに深い原因があるといえるかも知れません。

もっとも韓国や中国が日本叩きをするのは、
世界を真に動かしている支配者達による「離間工作」です。 

是非、拙著「離間工作の罠」(ビジネス社)で、
その基本的な戦後の支配構造を理解して下さい。

集団的自衛権の問題も、その認識がないと真実は見えてきません。

日本は、まずこの敵国条項の削除を求めなければなりません。
国連負担金も日本は米国に次いで10%という世界第2位の貢献をしています。

米国は滞納常習国ですから、実際は日本が一番拠出、世界貢献しているわけです。

 
 ところで、この国連憲章が出来たときには、次の大前提がありました。

1 国際連合が世界国家の役割を果たし、その中核である常任理事国が「世界政府」としての役割を果たす。

2 常任理事国のもと「国連軍」が創立され、世界の平和を維持する。

 それ故、「各国は軍の保持さえ必要ない」とさえ考えられていたのです。

 ところが実態はどうでしょうか。
 常任理事国の5大国のうち、真の勝利国と言えるのは米国だけでした。
英国もソ連も膨大な米国の支援があって漸くドイツに勝利しました。

 そのソ連は、資本主義を敵とする共産主義国家でした。
やがてソ連は、1991年、共産主義体制を捨てて、
資本主義国家・ロシアに生まれ変わりました。

 中国も蒋介石率いる中華民国が5大国に撰ばれましたが、一度も勝利したこともなく、
毛沢東共産党、各地方の軍閥と内乱を繰り返すカオスの国でした。

しかも現在の中国は、この時の蒋介石国民党ではありません。
1949年に国民党との内戦に最終的に勝利した毛沢東共産党政権なのです。

破れた国民党軍は、戦後日本人が引き上げた空白の台湾を占拠したわけです。
もともと住んでいた台湾人の被支配民族としての苦難はここからはじまりました。

それ故、「未だ台湾は日本国だ」と主張する台湾の方々もいるのです。
いずれにせよ、このように対外的には一度も勝利していない現共産党中国が、
何故5大国の位置を認められているのか、じっくり考えてみる必要があります。
是非、上述の拙著をご覧ください。

フランスも早々にドイツに占領され、米国軍に解放された亡命政権でした。
これらの成り立ちも意識も違う国々が5大国として「拒否権」まで認められたのです。

 要するに、とても世界平和を標榜する世界政府にはなりえなかったのです。
当然の帰結として、国連軍の創設など非現実な創作文に過ぎなくなりました。

 そこで南米大陸の中小国等から、
「国連軍が創設され平和の維持ができるまで」お互いが協力して侵略から守るという
「集団的」自衛権が要望されて、国連憲章に組み込まれ、現在に至っているのです。

実際問題、NATOやワルシャワ条約、日米安全保障条約等、
世界の国々はこの集団的自衛権でお互いの安全を保障しあっているのです。


 何故、集団的自衛権は違憲とされるのか?

 ところが、日本ではこの集団的自衛権は、
憲法上違憲であると40年近く「解釈」されてきました。

そこには、様々な深謀遠慮が感じられます。

そもそも憲法が作られたときには、米軍の占領下で、自衛隊もないのですから、
もともと「解釈」で運用するしかない欠陥憲法と言えるのです。

 つまり、現在の憲法は、GHQ即ち日本敗戦後の占領米軍が作って渡し、
日本人が2週間で日本語に翻訳し、日本政府が作ったように発表されたものです。

あきらかに、占領国の法律を変えてはならないという
国際法であるハーグ陸戦法規違反の憲法です。

改正云々というよりも、即刻無効宣言し、「破棄」すべきものなのです。

同じように敗戦し、連合国に占領されたドイツも日本と同じような「憲法案」を渡されました。
ところがドイツでは、「国際法上違反」と無視したのです。

さすが、物事をはじめる前に先ず「哲学(理念)」を徹底して論じる民族性です。

 この国際法違反の現日本国憲法を作っているときと、
国連憲章を作っているときは重なるものがあります。

要するに、国際紛争は、国連軍が解決するという前提なのです。
それは憲法9条の「解釈」にもかかわる重大な問題をはらんでいます。

つまり、憲法9条の第1項には、国権の発動たる戦争を放棄しています。
さらに第2項には、陸海空の軍の保持と交戦権を禁じています。

これも、「世界政府」のもと、「国連軍」が国際警察として世界の平和を維持する、
という前提があって初めて成り立つものなのです。

 ところが英文を案として渡されただけなので、その文字間の意味が読みとれないのです。
だから、草案のときから、日本人が考えて作った憲法でないとダメなのです。

そう言う意味でも自主憲法の制定が大切なのです。


 米国の意図

 では、この憲法を作って渡した米国にはどのような「意図」があったのでしょうか。
それには、何故米国が中立法を破って日本に参戦したのか、考察する必要があります。

もっとも戦う意思のない米国民を戦争に駆り立てるには、
「最初の一発」を日本軍に撃たせる必要があります。

「真珠湾奇襲」です。
これも今では米国の「仕掛け」とわかっています。
文字数の関係で説明は省きます。

 日本という国が近代国家として勃興するまで、
世界は白人特にアングロサクソン人の支配下にありました。

ところが日本が日露戦争に勝ち、国際連盟で5大国にまでなると、
有色人種を白人支配から解放する希望の星になっていました。

特に、先の大東亜戦争により、日本の犠牲のもと、世界から植民地主義がなくなり、
民族平等の時代になったと世界の歴史家から指摘されるようになりました。

 これを具体的に見ることができるのが、天皇陛下の大喪の礼での参加国数です。

明治天皇、大正天皇の時は、それぞれ20カ国、26カ国ですが、
昭和天皇の時は一挙に164カ国に増えました。

日本の犠牲の上で独立できたことを一番彼らがわかっているからです。

 米軍は、占領軍であり、母国米国の利益のために駐留しています。
日本を軍事支配するにあたり、彼らの目的は明確でした。

1 二度と軍事的に米国に刃向かえないようにする。

2 このため、戦力の保持を禁じ、未来永劫米軍が肩代わりをする。

 そして、独立が回復されるサンフランシスコ講和条約以降も、
この米国の「国益」が引き続き維持できる体制にすることにしました。

それが「治外法権下」の米軍の駐留を認める日米安保の「地位協定」なのです。
つまり、米軍占領下、経済的繁栄のみを許す半植民地国家としての新たな日本の道です。

 さらに重要なことは、米国を真に支配する国家を超えた
「世界金融支配体制」の「利益」のために、未来永劫日本を支配下に置く、
という深い意図です。

 こういう軍事占領下で、もし自衛隊が使われたら、
彼らの利益のために犠牲になることを覚悟しなければなりません。

そうならないために、「憲法上違憲」と上手く歴代の為政者たちは
「かわして」きたのだと言えます。

実際にベトナム戦争では、約5万人の韓国軍が米軍とともに参戦し、
約5000人の戦死者を出しています。

いまでもベトナム人従軍慰安婦問題を抱えています。
そして韓国は国家そのものが、世界金融支配体制の金融植民地状態です。

 日本は、「憲法上の制約」から自衛隊が派遣されることはなかったのです。
 今回の集団的自衛権を反対する方々は、このことを一番危惧されるわけです。

 もし、集団的自衛権を行使することができるようにするならば、
同時に米軍の日本駐留を止めるか、少なくとも治外法権下ではなく、
日本の法制下に駐屯するようにする必要があります。

そうすれば、米国の利益のためでなく、
何が日本の国益引いては世界の向かうべき方向なのか、
真の独立国としての判断ができるようになります。

 端的に言えば、治外法権下の米軍駐留下における集団的自衛権行使は、
世界金融支配体制者の「我欲」のために、自衛隊がかり出される危険性があります。

 
 問われるこの国のあり様

 しかしながら、人も国家も成長します。
一部のどん欲な支配者の専制支配も国民の意識の向上とともに、足下から崩れていきます。

まさに、現在その流れが世界で加速しているのではないでしょうか。

 合憲・違憲の論争の前に、
まず、自衛隊が彼らの利益のために絶対的に使われないための
国民「意識」を向上させることが大切だと思います。

 3.11フクシマは、その目覚めを促す天からの警鐘だったのかも知れません。
ところが原発再開も含め、まだまだ日本人の目覚めは小さいのです。

さらなる警鐘があります。
大難を小難にするためにも覚醒が必要です。

その為には、この国のありようを、しっかり見つめ直す事です。

 「和も以て貴し」を理念に、

   「利他のこころ」で社会が動く、

     本来の日(霊)の本の国にしたいものです。

 植民地から解放された国々の心ある人たちも、
        日本のその「蘇り」を祈っているのです。





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