池田整治のメルマガ・心のビタミン
読者購読規約
powered by まぐまぐトップページへ
 

目覚めし、ヤマト魂たちよ!・・・その1

    目覚めし、ヤマト魂たちよ!
 
 いよいよ、最終回となりました。
 今月号をもって、「ヤマトごころの部屋」は閉じられます。
 3年にわたりご愛読感謝申しあげます。
 
 この1月19日には、ヤマトごころの部屋の執筆機会を与えていただいた
船井会長も次なる世界に旅立たれました。

3年前の1月から投稿を初めて調度40回目の節目、いい潮時だと言えます。
最終回にあたり、まず、私がこの部屋を開設した経緯を述べてみたいと思います。
 
 
 21世紀ヤマトごころの部屋、誕生秘話

 15歳で自衛隊に飛び込んだ私は、初めて外出した時に、
「税金泥棒!」などの罵声を浴び、哀調を帯びた消灯ラッパの響きの中、
ベッドで人知れず涙しました。

完全なる「存在否定」の原体験です。
これ以来、

「人は何のために生きるのか」

「宇宙はどのような構造になっているのか」

が、人生の探求目標になりました。

 ちなみに、3年後に大学検定資格をとって入学した防衛大学での卒業論文は、
「マルクスの人間観とその欠陥」でした。

東西の思想や哲学を探求し、日々瞑想も行いました。

そして、自衛官時代に立ち寄った本屋で「未来へのヒント」に出会った時から、
人は何のために生きるかを探求されていた船井会長のファンとなりました。
「類は友を呼ぶ」、あるいは「同じ波は引き合う」のでしょう。
 
 大学時代からつけ始めた読書ノートには、次のように読後感が綴られています。

 「船井さんの40年の研究の成果というだけあり、
  地球・人生・未来について深く考えさせる名著だ。
  地球生命体、創造主の意思、人生の意義等を科学的に証明又は
  仮説を立てているところが素晴らしい。
  やはり、人は何のために生きているのか、
  を確立すること(知ること)がポイント」(平成6年10月6日)

 因みに、3日前の10月3日に三男悠人が誕生しています。
39歳の当時、陸幕運用1班で作戦幕僚をしており、松本サリン事件が起きて4か月後です。

引き続き、翌年1月の阪神淡路大震災、3月の地下鉄サリン事件、
上九一色村サティアン強制捜査等、
一連の実戦の直前に書籍を通じて船井会長と出会ったことになります。

偶然とは言えない、人生の仕掛けのようなものを感じます。

 その1年後から単身赴任となった私は、万一のことも考え、
家族のもとに帰れない週末を使って、自然を探訪し、写真に撮り、
エッセイを書いて、子供たちに父の思いとして遺すことにしました。

 いわいる「心のビタミン」、写真付きエッセイの誕生です。

 そして、これらの中で、家族にかかわるエッセイを集め、
「心の旅路」(新風舎)を自費出版した機会に、
心の師と決めていた船井会長に贈呈いたしました。
 
 すると、「感動しました。わたしも将来、家族のこのような本をだしたいものです」
という丁寧なお手紙をいただきました。

それ以来、ほぼ週末ごとに作ったエッセイはすべて会長に読んでいただき、
コメントをいただくことになりました。

思えば、学生が卒業論文を指導教官に提出するような感覚です。
出版した本も含め、会長が亡くなる直前までこの「会話」は続けられました。

 この流れの中で、「マインドコントロール」が、
当時100%船井総研持ち株だったビジネス社から出版されました。

船井会長の後押しがなければ、この日本社会でベストセラーどころか、
本の形にさえなっていなかったかも知れません。

続いて出した「マインドコントロール2」の時は、
「サイバーテロを受ける恐れがあります。
 社としてその対策をとったので、池田さんもしっかり対策を講じていてください」
という、社長以下の覚悟があって、世に出されたのです。

 会長の口の痛みが始まったころには、少しでも痛みが和らげばと、
富士の演習場に野営にいった機会に、熱海のご自宅にA4紙に印刷した
この世でたった一つの手製の「写真集」をお届けしました。

「元気になったら写真集是非出版しましょう。プロデュース任せてください」
という、明るい会長の声が今でも耳に響くようです。

 やがて、魂レベルの会長の役割を知りました。
ムー大陸の最後の王様としての役割から様々な民族
あるいは国家の指導者として遍歴していました。

口の痛みも日本の歴史に残る重大な事件の当事者としての古傷であることもわかりました。
そして、その時から日本を覆ってきた闇の影を晴らすために、今生に転生してきていたのです。

 この闇を払うために、7次元からの使者である五井野正博士を紹介しました。
日本人の意識を向上させるために、博士の宇宙調和性理論を
フナイオープンワールドの3000人の前で話してもらうためです。

いわば、現代版「薩長同盟」です。
ところが、思わぬ闇の勢力からの妨害があり、
この講演はできなくなりました。
そして、その翌年、3.11フクシマが起こりました。

 五井野博士を船井会長に紹介したころ、私は「マインドコントロール2」を執筆中で、
地震による原発のメルトダウン等を書いていたので、出版と同時に退官を決意していました。

挨拶に伺うと、
「新年から『船井幸雄.com』を一新します。池田さんに是非力を貸してほしい」
とありがたいお言葉をいただきました。

こうして、退官と同時に「21世紀ヤマトごころの部屋」が誕生したわけです。

 私にとっては、ありがたい話ですが、学齢期の二人を含む
子供四人を抱えた母としての妻にとっては、
ボランティアでなくちゃんと再就職する等、収入の道にいってほしい、
と思っていたに違いありません^^;

 
 会長とのエピソードの最後に、熱海での最後の対談について初めて述べます。

 会長が外気功の名人だったことは有名です。
晩年はその力を封じていましたが、最後にお会いした時に、
私たちのために全力を出していただいたのです。
 
 会長が机の上の紙に人の名前を書いていきました。
この世を弥勒の世にするために、
「これらの人々の心が変われば世の中はよくなる」との名簿です。

私は、その名簿の最後に、現代日本を裏支配している組織と
その代表の名前も加えていただきました。

かって会長の口を刺した人物の魂も今生に転生してきていたからです。

 会長は、「あ、そうだったね」と書き足して、そして、「エイ!!」と気を送りました。
 そういう意味もあって、これからは、きっと弥勒の世が来ると信じております。





池田整治のメルマガ・心のビタミン
読者購読規約
powered by まぐまぐトップページへ
 

フィード