終わりの始まり...日本人の意識革命はいつ?(その二)
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(以下抜粋)
序 章
あなた達地球人は、いつ目覚めるのだろうか。
あなた達の役割、生きる目的は何なのだろうか?
アメリカは、ニューメキシコ州北部、ロス・アラモス研究所で
第二次世界大戦のさなか原子爆弾を製造、1945年7月16日に
同州のアラモゴード近くで人類史上初の爆発テストを行いました。
ウラン235を人工的に核分裂させることにより、瞬間的に膨大なエネルギーが放出されます。
これを戦争の道具に応用したわけです。
そして同年8月6日に、ウラン235を使った原爆を広島に、
プルトニウムを使った原爆を長崎に使用しました。
原爆による死者は、当初広島で約14万人、長崎で約7万4千人と推計されています。
死因は50%が高圧、35%が高熱、そして残りの15%が高放射能、
つまりγ線・電磁波と分析されています。
まさに、人類の悲劇はここから本格的に始まりました。
通常の爆弾ならば、傷ついても一命さえとりとめれば、
やがて人間に備わっている素晴らしい自然治癒力で健康回復してきます。
人間は、約60兆個の細胞からなる意識集合体ですが、
一秒間に約50万個の細胞が刻々と生まれ変わり、
つまり新陳代謝していて、栄養状態がよければこの生まれ変わりの時に
傷ついた細胞が元の完全な細胞に復活するからです。
これは、各細胞内のDNAの働きによるものです。
実は、60兆個の細胞のDNAは、皆同じ情報を持っています。
ところが何百回、何千回その複製を繰り返しても、目は目、手は手の細胞にしかなりません。
それぞれが、身体の60兆分の一の役割をしっかり自覚しているのです。
つまり60兆個それぞれの細胞の、「奇跡のハーモニー」でつくられているのが、
一人一人の人間なのです。
人間が小宇宙にたとえられるのは、こういう意味なのです。
ところが、原爆による人工放射線は、このハーモニーを壊します。
DNAは4つの塩基が二重螺旋構造でつながって情報を蓄積しています。
その分子は、微弱な電気的エネルギーで結合されています。
単位にして僅か10eV(エレクトロンボルト)。
これに対して、原爆や原発で生成される人工放射線物質であるセシウム137は、
β崩壊ですからそのβ線である電子の力が66万eV。
プルトニム239は、α崩壊ですからα線であるヘリウム核が500万eVもあります。
X線でも10万eVです。
体内にこれらの放射線が入ると、分子の結合が瞬間に分断されます。
低線量の被曝でも、新陳代謝、つまり時間の経過とともに
様々な障害がおこることが理解できると思います。
つまり、宇宙の摂理に反した核分裂は、約300種類の人工核分裂放射線物質を生成し、
それらはα線(ヘリウム核)、β線(電子)、γ線(電磁波)を急激に放出しながら
安定した自然の物質に還って行くのです。
ちなみにセシウム137は半減期30年間、β崩壊して最後にγ線を放出してバリウムに、
プルトニムは同じく2万4千年、α崩壊続いてβ崩壊、最後にγ線を放出して鉛になります。
自然界のウランが鉛に変わるのは億という単位の年数がかかります。
この間に、ラドンなどの温泉を利用していますが、体内被曝はありません。
同じ放射性物質でも、天然と人工物との、
この根本的な違いをしっかり認識することが大切です。
原爆、原発の問題は、使用後のこの人工放射性物質、即ち死の灰の問題なのです。
特に、地上のα線とβ線をしっかり計測しなければ実態がわからないのです。
具体的な話をしましょう。
広島に原爆が落ちたとき、死の灰がキノコ雲として空高く1万7千メートルまで舞い上がりました。
やがて南東の風に押されて、北西方向に死の灰を降らせて行きました。
この地域には黒い雨も降りました。
その時、たまたま10才の女の子がその中を通って家路につきました。
やがて二十歳になり幸せな結婚、めでたく懐妊しました。
しかし、生まれた子供が、なんと一つ目小僧。
もちろん死産でした。
看護婦さんは、死産だけを伝えて、お母さんにその子供を見せることはできません。
そんなことをすれば、お産の過労とともにショック死の可能性すらありますから。
つまり、死の灰のα線、もしくはβ線による内部被曝で、遺伝子が傷ついていたのです。
こうして、戦後何十年にわたり、広島で12万4千人、長崎で7万8千人、
あわせて20万2千人の無辜の貴い命が亡くなって行きました。
戦争は、軍人同士が行うことで近代人間社会は成り立ってきました。
非戦闘員の住民を目標とした原爆を含むあらゆる都市爆撃は、
国際法違反を超えて、実施国民が被災国民を動物以下に見下す、
彼ら自身の人種優性意識に基づく非人間的活動の象徴といえます。
人は、何度も何度も役割を持ってこの世に生まれ変わると言います。
果たして原爆で倒れていった彼らの魂が我々に伝えたいメッセージは何なのでしょうか。
広島、長崎は、戦勝国米国による陰湿かつ壮大な人体実験だったとも言えます。
実は、3番目の実験場として京都さえ計画されていたと言います。
ところが、占領政策のプレスコードという言論統制で、原爆に関する報道を一切禁じました。
そして、広島と長崎にABCC(原爆傷害調査委員会)を設置しましたが、
被爆者のデータだけを集め、一切の治療を行わなかったのです。
しかも未だにそのデータは日本には提供していません。
しかも日本の大学での被曝研究で許したのはレントゲンなどによるγ線の「外部被曝」のみでした。
そればかりか、被爆者の定義を「爆心から2km以内、
年間100ミリシーベルト・γ線以上の被曝」と設定したのです。
これだと、2km以上離れてのα線・β線による被曝、
つまり「内部被曝」は「なかったこと」になります。
先ほどの異常児の出産も原爆との「因果関係がない」とされてしまいます。
現在の、3.11フクシマに対する日本政府の対応、被曝の定義、許容被曝線量、
そしてフクシマいえ現代日本人の悲劇は、ここに雛形があると言えます。
いつまでもγ線しか計測しないことに、日本人の誰も不思議に思っていません。
ここに、問題の根深さが伺えます。
しかも米軍占領は遙か昔、1951年9月のサンフランシスコ平和条約締結をもって終了しているのに、
当時の政府関係者、メディアなどの自国民の健康と利益を犠牲にした
米国追随精神がこんなところにまではびこって残っているわけです。






