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ゴッホの愛した日本...日本のミッションはどこに?(その二)

   日本社会の原点
 
 先日、久しぶりに夫婦で映画「レ・ミゼラブル」を観てきた。
舞台は、ナポレオンがモスクワで大敗したときの1815年から始まる。

妹の子供のためにパン1斤を盗んだ罪で20年間牢獄に繋がれていた主人公が仮出獄する。
仮出獄なので、常に警察の観察下に入る義務があるが、身を隠し、やがて市長として成功する。

そして自分の工場で働いていた女工が、私生児を養うために売春婦になったことを知り、
彼女の死後、その娘をわが子として、警部の追求を逃れながら育てる。
壮大な人類愛のミュージカルである。

 実は、この映画を見ながら、パリの格差社会の実態を再認識しながら、
同時に当時の「パラダイス」と言われた江戸社会を頭の中で比較していた。

 当時のパリは、貧富の差が大きく、王侯貴族・資本家などの支配階級と、
市民・農奴との経済格差が著しかった。

つまり、「一部の裕福な支配者たち」と、「貧しい大多数の国民」
という悪しき資本主義の典型であった。

工場で働く女工も自分が食べるだけで精一杯で私生児など育てる余裕もなく、
子供を奴隷的なメイドとして裕福な家庭に預ける他なかった。

 もちろん幼児労働が当たり前で、貧しい者達に教育を受ける機会もなかった。
それ故、パリの女性の6人に1人が売春婦に堕ちるほかなかった。
もちろん、生涯「悪魔」と罵られ、梅毒等で死んでいった。

 パリの市街地でさえ、上下水道も整備されていない。
貴族達は排泄を部屋に置いている壺にして、溜まると窓から通りに捨てた。
不衛生きわまりなく、何度となくペスト等が流行した。


 一方、当時の江戸は、世界で唯一上下水道が完備し、五街道等道路も整備され、
公園都市そのものであり、訪れた異邦人たちをして、「この世のパラダイス」と言わしめた。

 「吉原」も、明治維新以降の金融支配体制下と違い、25才まで子供を預けて、
完璧な教育を受けた「淑女」として、卒業後は武士の妻等になっていった。

人間性のもっとも豊かな太夫は、大名に嫁いでいったほどである。
当時は、名前や身分を名乗らなくとも、自分でその人の人間性が判断できなければならなかった。
人間性が人の価値を決めていた。

 実は、ゴッホの愛した妻は、売春婦であった。
家が教会であったゴッホは、結婚式さえ挙げることもできない。

でも、浮世絵等を通じて日本の仏教まで理解しているゴッホは、
奥さんを天国・日本に連れて行くことが生涯の夢であった。
日本に連れて行けば、売春婦の妻さえも、お姫様になれるからである。

 その夢を絵で表したのが、安藤広重の「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」を
真似て書いたと言われる「雨の大橋」である。

実は、これにはゴッホコード言われる「メッセージ」が描かれていたのである。

橋の手前が地獄のフランス。
橋の向こうが天国・日本。
橋にはゴッホが地獄から天国に導く妻以下5人の友人たち、併せて6人が描かれている。

 ゴッホは、よくひまわりの絵を描いたが、ひまわりと黄色は、天国日本の象徴でもあった。
13本は、自分のことを現し、14本は結婚した家族の象徴。

でも、ついに6本のひまわりを描くことはできなかった。
生涯貧しくて日本に来られなかったからだ。

その6本のひまわりを、日本に転生してきたゴッホとともに描いたのが、五井野正画伯・博士である。
世界最高峰のエルミタージュ美術館で、生存している芸術家として初めて個展がひらかれたのも、うなずける。


    日本のミッションにかえろう!
 
 考えて見れば、白人の植民地支配は、レ・ミゼラブルで再認識したパリの極端な二極化社会
...「一部の裕福なもの」と「大多数の貧困なもの」...を世界規模に拡大したものである。

決して、大多数の国民の幸福にはつながらない。

 われわれ日本人は、大東亜戦争で負けたこともあり、植民地支配など過去のものと思っている。
しかし、「一部の裕福なもの」と「大多数の貧しいもの」という社会構図として捉えた時に、
依然として強欲な資本主義のもと、世界はさらに極端な二極化現象に陥っていることがわかる。

今回のアルジェリア事件も、この歴史的構図を理解せずして、真の解決策は見いだせないであろう。

 そればかりか、これから日本自体が、極端な「二極化現象」がおこるかも知れない。

それは、日本が隷従している、悪しき資本主義が先行し、
二極化が進んだアメリカ社会を見ればわかる。

そうならないためにも、日本の目指すべき方向を、今一度考える時である。

 「対テロ戦争」そのものが、豊かな一部のものたちの、
その利権擁護いや、さらなる獲得のための欺瞞ではないか。

少なくとも明日の糧にも困る現地の貧困層にとっては、
資源収奪という新たな植民地支配を言い換えた言葉にしか聞こえないだろう。

 その対極にあるのが、当時の日本の「江戸の市民社会」である。
自然と共生し、豊かな人間性溢れ、争いのない平和な社会。

講など勉強会では、身分も階級も年齢さえも一切名乗らず、お互いが人間性で判断していた。
確かにパリの貴族のようなお城はなくとも、全員が人間として豊かな文化生活をエンジョイしていた。

 それ故、ゴッホたちヤパン・インプレッショニスト(日本版画派:御用学者の福沢諭吉が印象派と意訳)たちが、
日本に来たかったのである。

 このような等しく全国民が、「ともに豊かに暮らせる社会」を世界に広めることに、
日本のこの人類史上での「役割・ミッション」があるのではないだろうか。

 もちろん、世界に進出している日本人及び日本企業は、
日本人のDNAであるおもてなし精神で、しっかり貢献していると思う。

 貧富の差を無くす......その国が安定して成長するための、
インフラや教育支援等、明治維新や戦後の荒廃から蘇った日本ならではの「智恵」が、
今求められているのかも知れない。

 あとは、新たな政権をもった為政者たちが、悪しき資本主義としてのアメリカ追随を卒業し、
本来の「日本のミッション」に立ち帰ることである。

 世界の人々が日本に期待するのは、その一点に尽きる。

 この再認識のためにも、『ヤマトごころ、復活!』(新日本文芸協会)と
『今、「国を守る」ということ』(PHP)をご一読下さい。

 
 最後に、江戸循環型社会を再現するための究極の汚水処理装置「あ・うん」を紹介したい。
明治維新以降、トイレの汚水まで下水道に流すようになり、この適切な処理が出来ない限り、
完全循環型社会は再現できないと思っていたからだ。

 それを見事に解決したのが、
埼玉県日高市で養豚を主体とした柳田ファームを営む柳田繁吉氏である。

ポイントは、「複合発酵」にある。
微生物の力を最大限発揮させることにより、汚水が自動で液肥に変わるのである。

しかも複合発酵は、放射能問題も解決することが知られている。

 私も家族で見学に訪れたが、子供たちが「あ・うん」の液肥から作られる
トマトを丸かじりした光景を今でも思い出す。

液肥を循環させている柳田ファームは、居るだけで癒される。
是非、現地で自分の目で確かめられるといいだろう。

 この複合発酵「あ・うん」ユニットが、未来型循環社会の決め手になると信じて、
ここに写真入りで紹介します。

複合発酵「あ・うん」ユニット
http://yanagida-farm.com/edo/index.html

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◆池田整治 公式HP: http://ikedaseiji.info/
◆東藝術倶楽部顧問
◆美し国 副代表 http://umashikuni.co.jp/index.html
◆『ヤマトごころ、復活!』(新日本文芸協会)
◆『今、「国を守る」ということ 日米安保条約のマインドコントロールから脱却せよ』(PHP)
◆『ついに来たプラズマ・アセンションの時』(ヒカルランド)
◆『脱・洗脳支配』(徳間書店)
◆『マインドコントロールX 国防の真実』(ビジネス社)
◆超マインドコントロール2 日本人だけが知らない! 日本と日本人の凄さ!
◆『超マインドコントロール』(マガジンハウス刊・アマゾン総合第2位を記録)
◆『原発と陰謀』(講談社)
◆『マインドコントロール』(ビジネス社)
◆『マインドコントロール2 ~今そこにある情報汚染~』(ビジネス社)
◆『転生会議』(ビジネス社)
◆『心の旅路』(新風舎)(新日本文芸社:改訂版)
◆『なかったことには出来ない話』(新日本文芸協会)
◆写真集『今を生きて~ガイアからのメッセージ』(新日本文芸協会)
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