2011年 4/30 講演版「福島原発ではいま?」…日本のターニングポイント(一)
講演版「福島原発ではいま?」
…日本のターニングポイント(一)
はじめに…
まずもって、今回の震災で亡くなられた3万有余の尊い魂に
深く哀悼の祈りを捧げます。
拙著「転生会議」で明らかにしたように、人はこの地球に輪廻転生する中で、
愛と感謝と共生(協調)を体験しながら自らの魂の霊性を高めて、
やがて地球を卒業していきます。
であるならば、今回の3万有余名の尊い魂は、いったい何のために、
この様な全くの理不尽な形で卒業して行ったのでしょうか…。
魂に帰った彼らから、私たちは、今、どんなメッセージを受けているのでしょうか?
救助の現場から
3月11日未曾有のM9.0地震と津波
TV画面の中で、大津波に海岸の町並みが呑み込まれて行く。
そのすざましい映像に釘付けになっているときに、一番恐れていたテロップが流れた。
《福島第一原発冷却装置の電源切れる》…なんてことだ!
思わず、一緒に見ていた妻に、
「おい!メルトダウンが始まる!!。万一の準備だ!」と叫んでいた。
それ以来、我が夫婦の地震関連のEEI(Essential Element Information:
情報主要素)は、「福島原発の爆発的メルトダウンは起こるか?
起こったときの風向きは?
特に3号機に注意」である。
今、この時も、常にこの情報をとるために、
つとめて実相に近い放送をするTV局のニュースを欠かさず見ている。
地震までは、「彼らのマインドコントロール手段に過ぎない」TVなど、
巨人戦以外はほとんどみなかったが、
現役を退いた今は、先ず家族の安全のために常に確認しなければならない。
ちなみに、爆発的なメルトダウン(特に3号機)が始まったならば、
北風秒速10mと仮定し、その死の灰が200km離れた我が家に来るまでに、
一気に長野まで家族全員を脱出させる。
そのために必要な毛布、最低限の食料、防災道具を車に積んでいる。
原発安全神話の嘘
・・・1994年第一次北朝鮮危機における懸案事項
何故、ここまで準備するのか。
それは、私が現役時代に全自衛隊で10名の陸幕運用1班勤務、
つまり作戦幕僚だった体験を述べなければならない。
作戦幕僚の任務は、平時には国家防衛の計画を作り、
いざというときは24時間態勢で部隊運用を考える。
「マインドコントロール」でも述べたが、
第一次北朝鮮危機の時の警察との勉強会で、実は一番懸案だったのが、
いかに原発を守るかであった。
そのために敦賀や玄海の原発の現地研究にも行った。
その時に原発の安全神話の嘘に気づいた。
しかし、現役ではそれは発表できない。
そこで退官した後で出した「マインドコントロール2」で
原発問題を正面から取り上げた。
しかもプロローグとエピローグでより具体的に危険性をクローズアップしていた。
ところが、さすがにこれはビジネス社の編集の段階でカットされてしまった。
そこで今回、初めて世に問うことにする。
原発問題の深層がより理解できるだろう。
(幻の「マインドコントロール2」プロローグ)
201X年X月X日昼前 敦賀原子力発電所正門
「弁当屋つるが」がいつもの通り、
コントロール室のある建屋などに弁当を配る間に、
発電所の職員になりすました工作員二人が、
原子炉冷却用に海水をくみ上げるモーターの置かれた建屋に疑われることなく侵入、
ニッパなどありふれた工具でモーターを動かすためのあらゆる電線などを
修復不能なるまで破壊するのにそんなに時間はかからなかった。
彼らは、この日のために、
オウムを使ったハルマゲドンが事前発覚で失敗した以降20年近く、
この敦賀原発を「通常手段」で暴走させるためだけの攻撃要領を訓練してきた
北朝鮮特殊軍のエリート工作員である。
建屋の陰で彼らを拾った「弁当屋つるが」は、何事もなかったように、
「お疲れ様です」といつものおやじさんの愛そう笑いを残して正門を過ぎ去った。
その後、彼らが市内の店に帰ることはなかった。
彼らは原発を出ると、敦賀港に直行、そのまま漁船に乗り込んで
急ぎ北の海を目指した。
おやじさんは、「草」と呼ばれる在日滞在型工作員であった。
日本人の他人になりすまし、日本女性と結婚、子供まで儲けていた。
20年近くの草としての任務を終了しての祖国凱旋となる。
もっとも敦賀原発が突然に暴走、メルトダウンを起こし、
チェルノブイリの数千倍の死の灰を撒き散らし、
大阪から東京までの中部日本が人の住めない放射線被ばく地帯となり、
特に「爆芯」に近い敦賀半島は、
ほぼ一万年以上も動物の生息困難な高度汚染地帯になってからは、
救助隊員も入っておらず、
おやじさんは家族ともども店で亡くなったことにはなっているが…
201X年Y月Y日
スイス南アルプス古城地下・イリミナティ秘密最高司令部
長 老:「新たな千年王国誕生に乾杯!」
貴族A:「それにしても見事なタイミングでしたな。敦賀原発だけで壊滅できる
と思っていましたが、同時に東海地震で浜岡原発も暴走させるとは」
長 老:「いや、東海には地震兵器は使ってない。まさに日本国民の総念の
なせる技だ」
貴族A:「日本人の総意識が地震を起こした…」
長 老:「そうだ、自業自得だ。奴らも介入できなかったな」
貴族A:「奴ら?…惑星連合…」
長 老:「ここ最近、奴らは不干渉の密約をないがしろにして、核ミサイルを
無力化したり、第三次世界大戦への工作を無効化してきている。
だから太陽系がプラズマ帯に完全に入る前に急ぎ、
民族間紛争の一環として原始的手段で敦賀をやったのだ」
貴族B:「なるほど。奴らの超高度宇宙文明をしても、地球人の民族間闘争には、
介入できない…」
貴族A:「それに、米軍占領以降の『日本人総痴呆化』作戦も極めて順調だった。
日本人がメディア洗脳にあれだけ脆弱だったとは予想外でした」
貴族B:「民族の集合意識が、民族の現実をつくる…宇宙の摂理ですな」
長 老:「いずれにせよ、日本のどこに地震が起きてもいずれかの原発が暴発す
るようにずっと配置してきたからな」
貴族C:「沖縄に緊急避難したポダムから、彼ら全員の救出要請がきております」
長 老:「馬鹿な奴らだ。祖国を裏切って我々の手先となり、自らの国を滅ぼし、
本当に我々の仲間入りができるとまだ信じている。ピエロの役割は終わ
った。穢わらしい! 速やかに全員抹殺せよ!!」
貴族A:「これで残った九州、北海道は米軍の永久信託統治となりますな」
長 老:「そうだ。ルシファーのもとでの世界統一を目指してきたが、最大の
障害であった神の国・日本民族がやっと滅んだ。もう我々を邪魔できる
ものは何もない。これで中国や北朝鮮の役割も終わった。
すみやかに米軍にプラズマ兵器で制圧させよう。」
要するに、54基ある原発の中でも、特に浜岡はただちに止めて、
安全化しなければならない。
そのために「マインドコントロール2」の第3章は書かれたのである。
救助の現場から・・・
現在、10万余の自衛官、警察、消防が必死に現場で救助活動をしている。
阪神淡路でもそうであったが、災害が大きいほど、日本においては当初の段階は、
自衛隊しか組織的救助活動ができない。
予算の削減につぐ削減で、
こういう時の主力となる陸上自衛官の実員は14万5千名しかいない。
全国の部隊、学校、機関から動ける要員はほぼ全力が集められている。
数ヶ月を要する出動となるので、
通常なら、①活動②休養③準備の3ローテーションでないと、
持続的な活動は望めない。
短期的に無理しても1週間交代の2交代制である。
かって我々作戦幕僚が現場で勤務するときは、この2交代制でおこなった。
他に現場で活動する部隊を支える整備部隊、
燃料・食事などを受け持つ兵站部隊も重要である。
自衛隊はピラミッド的組織で動く。
すると、「現場10万人態勢」がどのような無理強いであったかがわかる。
もちろん本来の国防など他の任務に隙間が生じても仕方ない。
その中でも特に、放射能に被爆しながら、自衛隊化学防護部隊等、
消防ハイパーレスキュー隊、東電現地職員が、文字どおり命を代償に、
この国の崩壊を紙一重で救っている。
まさに彼らこそ、現代のサムライと言っても過言ではないだろう。
ところで、愛する人が川で溺れているなど万一の時、あなたはどうしますか?
…きっと命を賭けて助けようとするでしょう。
では、あなたを憎んでいる人、嫌っている人が万一の時は??
自衛隊は、創隊以来、この国では日陰者扱いで育ってきました。
私なども15歳で自衛官となり、外出で「税金泥棒!」などと言われた時には、
消灯後にベットで声を出さないで泣いたものです。
ちなみに今回の非常事態で、任命された女性の首相特別補佐官は、
阪神淡路大震災の時、自衛隊の派遣が決まるや、
その前に被災者のところに行って、
「自衛隊は違憲、食料をもらわず我慢しよう!」のビラ配布したことある、
自衛隊への偏見を持つ方です。
このような成長のための厳しい「精神的体験」を経た自衛官たちは、
どんな思いで今活動しているのだろうか?
10万派遣隊員の思い・・・
私のところに、元部下であり、空手道の愛弟子からメールが届いた。
金沢から派遣されている。
「自分達は、朝現地へ行き、壊滅した町を見て、
夜宿営地で現実に戻る事が辛い日々です。
自分達が引き上げた遺体を、収容所で家族が見てどうしているのか・・・?
現実に直面し、望みが消えて悲しんでいるんだろう・・・。
先の震災(阪神・淡路)のときのように、
『自衛隊が助けれなかった』と自衛隊反対派に煽動された市民に
罵声をとばされている同僚がいるのだろう・・・と皆心配していました。
しかし先日、遺族の方が、捜索中に、
『収容所でおじいちゃんの遺体を確認できました。ありがとうございました』
とお礼を伝えに来てくれました。
皆涙をこらえて、一緒に来ていた子供に手持ちのお菓子をあげていました。
(筆者注:捜索隊員は、いつ食事がくるかもわからず、
それでも連続して活動できるように、個々に甘菓子などをポケットに持っています。
それが文字どおり活動源ともなるのです。
厳しい訓練でも、ちょっとした時に自ら食べ物を口にすることができる隊員は、
その力を継続して発揮します)
そして現地までの道中で、寒い日も雪の日も、手を振って頭を下げ、
応援してくれるお爺さんがいます。
『自衛隊さん、頑張れ!』と手作りの看板を持って応援してくれる子供達がいます。
日が暮れるときに集合して翌日の行動予定などの指示を聞いているときに、
『自分の身内がまだ見つかっていません、隊員さん、
どうか宜しくお願いします』と泣き崩れる男性。
自分達は涙を拭きながら『この人達のために』と、毎日決意して頑張っています。
被災者からの温かい言葉に助けられます。」(A隊員)
「とても悲惨な地域で必死で捜索しています。
ところで、これまで阪神淡路や様々な災害派遣に行きましたが、
今回とても奇妙な現象があります。
これまでの体験によると、地元出身の国会議員などが、
邪魔なぐらいに現地視察に来ていたのに、今回は全く誰もきません。
放射能汚染だと思います。
つまり、我々を抹殺するために今回のことが起こっているのでは!?
と思わず考えることがあります。
もっともそういうことが頭によぎっても、肉親を捜している人々を見ると、
とにかく1秒でもはやく見つけてあげようとがんばっています。」
(B隊員)
私は、自分の40年の体験も踏まえて、
自衛隊は「自分を憎んでいる人をも命を賭して守る日本唯一の集団」と思っている。
相手が反戦・反自衛隊活動家であっても、
そんなイデオロギーの違いなどまったく関係なく、
己の命を賭してでもあらゆる他人を助ける最高の自他愛を体現するサムライだと思う。
実は、阪神淡路災害派遣の時は、知事等からの「出動要請」などは一切なかった。
一瞬に地方自治体の組織が壊れて、活動などできなかった。
自衛隊は自主判断で出動した。
ところが、現地部隊は、「1月17日1000、知事から出動要請」と報告してきた。
もし、知事等が何もしていなかったとなると、
じ後政治家としては致命的な問題となるだろう。
当時は、普段から防災訓練に自衛官が呼ばれない反自衛隊地域に、
かってに出動したと言われないために、「政治的妥協」をおこなったと推測される。
私が陸幕現地連絡班長として現場に行った裏の目的の一つがこの真相の解明にあった。
結局、政治家の二枚舌で、これを逆利用され「自衛隊が遅かった…」
の風評被害に悩まされることになった。
私の35日間の現場レポートの最後の結論は、
「運用では成功、広報で失敗」であった。
要するに、自衛隊は、厳しい社会環境下であるが故に、
このように常に「おもいやり」の心が育まれてきたのかも知れない。
逆境にこそ、真に強い美しい花が咲く






