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2010年 8/2 失敗は成幸なり…100回失敗、50億失った、バカ社長

失敗は成幸なり
…100回失敗、50億失った、バカ社長

 スゴイ男がいるもんだ。
普通なら5回は自殺してもいいような人生の荒波に揉まれながらも、
その都度持ち前のからりと明るい性格で乗り越え、
いよいよ人生の最終的な成功に近づいている…。

陸上競技選手も短距離走が得意な人もいれば、マラソンの得意な人もいる。
彼は間違いなくハードル走が得意で、障害を越えるごとに喜びを感じている。

 彼と逢って話していると、
「人生における成功の山は、99個の失敗の上に
最後の頂上の1個が成功で築かれる…」
そんな思いが湧いてくる。
 
その男の名前は、杉山春樹。
実は、私の故郷である愛媛の最南端・旧一本松町の一つ上の先輩である。
拙著「マインドコントロール」のプロフィールを読まれた春山先輩から、
この春メールをいただいた。

同じ一本松出身ではあるが、私は母の死以降、
この春の七回忌以外帰省していない。

ところが春山先輩は、年一度必ず帰省し、
一本松大社でお祓いを受け、
今では町に1軒しかない飲み屋である焼鳥屋でイッパイやってくるという。

その大社の神主の狩野さんこそ、
私の永遠の憧れの今は亡き狩野五十鈴さんの実のお兄さんなのだ。

数回のメールのやりとりだけでも盛り上がり、先日楽しく歓談した。

我が町一本松は、四国の最西南端。
北回りで松山を目指しても、東回りで高知を目指しても、ともに「上り」となる。

つまり下りのない最果ての地とも言える。
そんな人口4千人の、同級生100名足らずのド田舎町出身の
一つ違いの先輩後輩が、人口一千万人を超える大都市東京で、
約半世紀のそれぞれの人生の旅路を経て邂逅する。

まさに多生の縁でつながっている。


四国四県の特性

ここで、稀有の楽天家である春山先輩の人格形成の基盤となった
わが風土を紹介したい。

 四国は旧藩名で、伊予(愛媛)、讃岐(香川)、
阿波(徳島)、土佐(高知)から成り立つ。

同じ四国でも性格が全く違う。
それぞれの県民性を表す言葉として
「阿波女に讃岐の伊達男、伊予の学才に土佐のいごっそう」がある。

 つまり、阿波は美人、讃岐はいい男、
伊予は学者肌、土佐は酒飲みの豪傑となる。

少し解説をすると…

徳島といえば阿波踊りであるが、
女性が、夜目・遠目・深くかぶった網笠で顔がよく見えず、
皆美人に見えるという意味もある。

ただし、私も学生時代に防大連で二回踊ったが、
確かに徳島出身の女性は超美人だった…。

讃岐の伊達男というのは、香川地方は昔から海浜での製塩業など、
近畿圏の一環として実業が栄え、三木首相や大平首相などに代表されるように
財政界で活躍する男性が多いということだ。

わが伊予の学才とは、正岡子規の俳諧や
夏目漱石の坊っちゃんなどに代表されるように、
近代文学の発祥の地というお国柄をいう。

これは伊達騒動で正宗の長男が流されてきた宇和島藩のように、
政治・軍事的に幕府から睨まれていたので、
逆に蘭学の高野長英やシーボルトの娘のイネなど、
幕府にとっては犯罪人となる学者を藩校の教師として取り立てて子弟教育に活用、
文化基盤が育まれたことにも由来する。

土佐のいごっそうは、古来より中央での政治的犯罪人の流刑地であったため、
反体制派が多く、また酒一升の一気飲みの大会があり、
しかも女性が優勝するなど、豪快かつ気骨の気風を語っている。

関ヶ原の戦いで西軍についた長曽我部藩士一同が、
掛川から赴任した東軍の山内家の永久支配下となり、
江戸時代を通じていわゆる「下侍」として虐げられた。

その反動として坂本龍馬などが幕末の志士として活躍したわけである。
ちなみに明治維新で、山内家一同は土佐から離れた。

私も中学卒業後郷里を出る時には、技術家庭科の宮岡先生
(のち校長先生時に妻を紹介していただく)から、
「郷里の英雄、坂本龍馬のようになれ!」と激励されたものである。

ちなみに龍馬が脱藩した山地経路上に、
小さい時に父母と下刈をした山がある。

一方、四国といえば空海がつくった八十八か所の巡礼が有名である。

阿波を出発して右回りに一周するが、八十八のお寺そのものに意味があるとともに、
各県の道にも意味がある。

ちなみに、阿波の道は発心の道場、土佐の道は修業の道場、
伊予の道は菩提の道場、最後の讃岐の道は涅槃の道場となる。
各県の特性と比べると面白い。

余談だが、四国の剣山の上部は人口のピラミッド跡と言われている。
かってエルサレムに住んでいた輪廻転生などの
本来のキリストの教えを守る人たちが、
勃興するローマ帝国が統治のために改ざんして作り上げた
キリスト教団の迫害から逃れて、
はるかシルクロードを経て安住の地として住み着いた地と言われている。

四国の最高峰石鎚山は、それ故当時彼らが使っていた古代ヘブライ語の
イスラエルがなまったものと伝えられている。

彼らは、度重なる政争で財力が乏しかった、
時の大和王朝が国家統一の礎として都を造る時に、
「約束の地・カナンの地はここだ」と自発的に
人・物・金・技術を提供して末代まで残る都を造ってくれた。

それが時を超えて今も残る日本の本来の都・京である「京都」なのである。

彼らはやがて日本への帰化を申請し、
日本民族のDNAの一部となった。
彼らの痕跡は、太秦や秦などの地名や苗字として残っている。

そういういわれのある四国に、空海が八十八カ所の巡礼の場を創ったわけである。
ちなみにわがふるさとは、40番札所の平城山観自在寺。
一番から最も遠いので、「四国霊場の裏玄関」とも言われている。


南予の特性

 さらに伊予(愛媛)も、東予、中予、南予の三地域で風土が全く違う。

 昔からその違いを端的に表すものとして、
「もし百万円もらったらどう使うか」という小話がある。

まあ、今でいえば一億円もらった時の使い方である。

 伊予は、犬が飛び上がった形をしている。

 その中で東予は、腕の部分、つまり新居浜を中とした
瀬戸内海沿岸の産業地帯をいう。

彼らは、もらったお金で事業を展開する。
古来より近畿経済圏に入っていたからであろう。
 
中予とは、商業都市であり、四国最大の都市松山に代表される頭の部分である。
彼らはまずもらったお金を貯金し、利子をつくる。

商人(あきんど)の風土なのだ。

 最後のわが南予は、宇和島を中心とした足の部分で、
ミカンの段々畑や真珠の養殖などが有名だ。

彼らはもらったお金を飲み食い遊びに全て使ったあとで考えると言われている。
つまり、物事にこだわらずおおらかに今を楽しく生きる、と解釈したい。

 
春山先輩は、その伊予でも最南端の一本松出身。
群青の南海に照る夏の太陽のごとく、物事に拘泥せず、
人を信じ、心の底から明るい素晴らしい人間性なのだ。


その春山先輩の生家は、町に一軒しかない映画屋とパチンコ店を経営していた。
ところが家事で焼失。

父の実家の伊豆に転居するも、今度は社宅が狩野川台風で流される
…波瀾万丈の人生の幕開けである。

入退院を繰り返した父のために、中学校を卒業と同時に、
給与をもらいながら勉強と野球のできる東電学園に入学し、
15歳で将来の仕事を決める。

これなど、中学から陸上自衛隊少年工科学校に進んだ私と全く同じある。

杉山先輩は、野球部のキャプテンとして活躍、
3年間優等賞、そして卒業時に理事長賞を受賞、
一生の仕事として東京電力に入社。

ちなみに…私も野球では、定時制・通信制全国大会2年連続優勝。
卒業時に陸上幕僚長賞をいただいた。

ただし杉山先輩は、4歳で発病した長男の腎臓病治療のために、
脱サラして独立。「飲食業で一国一城の主」を目指す…

これ以降は、「プロフィール」と「目次」を要約して紹介します。
ぜひ実際に本を手にとって読んでください。


【プロフィール】

杉山春樹(すぎやま・はるき) 日本フードプロデューサー協会理事長

56歳。赤貧の中、東電学園卒業後、東京電力で働きながら夜間大学卒業。
休日を使い、世界17カ国を旅した後、脱サラ。
旅館経営・飲食店経営での成功・失敗を繰り返した後、
「串特急チェーン」で大成功、ダイエー子会社買収後、売り上げ50億に。
しかし、上場準備中に、謀略で破綻。以後も失敗・悲運・騙されオンパレード人生。
豪邸も、ヨットも、車も手放した。
無一文の身ながら、90歳までの再出発と社会貢献に人生の夢をかける希望の日々。
現在は、大手飲食店チェーンのプロデュース、経営コンサルティングに東奔西走。
超元気な毎日を送る。


【目次】

第1章 それはマルチ商法への誘いから始まった
~会社急成長の裏で巻き起こる悲喜こもごも~

第2章 夢ばかり見ていて、人物を見てなかった
~売り上げ50億の会社を乗っ取られるまでのストーリー~

第3章 まだまだ続くよ、失敗人生
~100回失敗して初めて見えてきたもの~

第4章 100回転んでも、人生は必ず良い方向へ進む
~どん底から這い上がるチャレンジ術~

 付録  どんなときも人生を楽しく生きるための「夢の手帳」の作り方

    「100回失敗、50億失った、バカ社長」(WAVE出版)


 頂点とどん底を味わった社長の気持ちを疑似体験しつつも、
からりと明るい読後感の内容です。

現在、失敗して立ち止まっている人、失敗が怖くてしょうがない人、
世の中の成功本に飽きた人などに、ぜひ読んで欲しい本です。


 ちなみに私もあと数ヶ月で、40年間の自衛官生活にピリオドを打ち、
人生の再出発となります。

「塀の中」から初めて出るわけで、子供4人を抱え、
様々な不安もあります。

 そんな中で、半歩早く再出発した杉山先輩の、
失敗をからりと笑い飛ばす生き様を示すこの体験記は、
不安も推進力にしてくれます。

 四国の最果ての一本松でほぼ同時期に生を受け、
同じように15歳から職に就き、
かたや民、かたや官の別々の坂道を40年間歩んで、今ここで邂逅する。

 人生はまさに不思議な多生の縁。

 これからともに、人生の素晴らしいフィナーレへと進みます。

 ぜひ皆様も、この本で疑似体験し、
これからの人生をアセンションへ向けて、ワクワク楽しい道を、ともに歩みましょう!

*写真集「最新アルバム」には、杉山先輩と会った6月の日々の写真を載せました。

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