池田整治のメルマガ・心のビタミン
読者購読規約
powered by まぐまぐトップページへ
 

2010年 8/15 キャッチボール、パートⅢ…我がふる里、一本松町にいだかれて(その二)

埼玉のマンション出発前に、
聖人は武南高校で使っていたキャッチャーミットを持って車に乗り込んだ。

悠人は、穴の開いた自分のぼろぼろの内野グローブと
聖人に買っていたマスコットバット、
それに聖人からもらった外野用グローブを持ち込んだ。

 実は、悠人には硬球用のバットを買ってやってない。
ボーイズでの試合では、チームメイトから借りて打席に立っていた。

買ってやるといってもいらないと言うので私もそれほど気にとめなかったが、
チームメイトはそれぞれマイバットを持っていたようだ。

 今から思えば、聖人の私立大学受験・入学費等の夫婦間の会話を陰ながら聞いて、
思いやりのある悠人が、自ら新たなグローブとバットの購入を断念し、
言い出さなかったのだろう。


 そういえば聖人と悠人との間でこんなことがあった…
 高2の夏の大会が終わって、
センターから捕手に急遽コンバートされた聖人が、
それまで使っていた外野用のグローブを、
悠人と共通の部屋である自室の本棚に大事に飾っていた。

ところが悠人がセンターにコンバートされるかも知れないということで、
急遽聖人がプレゼントした。

結局悠人はセカンドに固定され、
そのグローブはそのまま同じ本棚に飾っていた。

二人で一つの部屋を使っているので、
そのグローブは位置が同じでも、
「精神的」所有権のみ委譲された形になっていた。

 こういう中、ボーイズ(中学)3年での試合が続くようになって、
そのグローブを悠人がいつの間にか持ち出していた。

使いやすいということで、外野の沼君などに貸していたのだ。
それを知った聖人が、「かってに他人に又貸しするな」と諫めた。

ところが普段おとなしい悠人が、
「いいじゃん、活用すれば」と珍しく反論した。

 思えば、バットを借りるお礼にグローブを貸していたのである。
 
 聖人は、上の英人と7つ違い、下の悠人とは5つ違いで、
いわば一人っ子的存在で、
親であるわれわれも経済的にもまだ余裕で育てた。

ところが悠人ともなると同じ野球支援も聖人と重なったりして、
どうしても「お古」で我慢させる時もあった。

 このような状況で、親が知らないうちに、
バットを借りるということから、
いかに人間関係をつくるかということまで学んでいるのだろう。

それが証拠に、悠人は友人やどんな同級生のことでも一切悪口は言わず、
いいところしか口に出して教えない。

かたや進学クラスで、かつ入ったときから野球部でもレギュラーだった聖人は、
どちらかというと人の欠点を気にしていた。

 かってはIQ(知能)からEQ(こころ)と言われていたが、
これからはNQ、つまりNet良き人間関係を築く能力の時代と言われている。

少々野球や学校の勉強の出来が悪くとも、
人間関係を築くという人生の勉強は、
悠人がしっかりできているのかも知れない。


 3人の楽しそうなキャッチボールを見ながら、
このような13年間の野球支援を通じての様々な人間模様の思い出が浮かんできた。

そして、半年間の悠人の受験期間が終わると、
いよいよ我が家の野球支援の最終章、
つまり悠人の高校野球が始まるなあ…と感慨にふける。

 その支援間に、私の40年続いた官勤めもおわりを告げ、
新たな人生の再スタートを切ることになる…。


翌、2012年4月

沼君と悠人がそろって武南高校スポーツクラスに、野球で入った。
これから3年間、どんなドラマが展開するのか楽しみである。

そして4月15日。
母の七回忌を菩提寺で行うため、私一人で帰省した。

松山空港からレンタカーを借りて、
8カ月前に三人がキャッチボールした道路上に止め、
田舎の自宅の門を開けて入った…。

 前年帰省したときもかなり草などが生えていた。
これまで叔母によく手入れしていただいていたが、
その叔母自身、我が母が亡くなった歳より高齢になり、
また愛娘のために腎臓を移植したりして、ゆっくり静養しなければならない。

 空き家は、歳月の経過とともに自然化がすすむ。
人間から見れば、廃屋化がどんどん進む。

今回はかなりの雑草などを予期していたが、
なんと誰かがきれいに門から玄関まで刈り取っているではないか…!

 思わず、約20年前に亡くなった父が掃除している!と見間違えたが、
まぎれもなく潔叔父が、わざわざ庭の手入れをしてくれていたのだ…。
 
 これには、ビックリするとともに、ただただ感謝した…。


 実は昨年夏の帰省時に叔父の喉頭ガンを知り、埼玉の自宅に帰宅後、
五井野博士からいただいた万病に効くと言われている
GP(五井野プロシジャー)を説明資料とともにプレゼントしていた。

また、船井幸雄会長の代わりに大下代表が主宰している
グリーンオーナー倶楽部(GOP:グリーン・オーナー・プロジェクト)に、
来年から田舎の田畑を自然農法で作っていただくこともあり、
その経緯の説明も兼ねて、
拙著「マインドコントロール」なども叔父に贈呈していた。

 その甲斐あってか、完全に健康体に復活したようだ。
そして、叔母の代わりに、田舎の我が家を出来る範囲で維持管理してくださるという。

誠にありがたいことである。
我が父は79歳でこの世を去ったが、
もし長生きしていればきっと今の潔叔父のような風格になっていたであろう。

 これで来年からグリーンオーナー倶楽部の活動と叔父のお陰で、
いつでも田舎の家に帰って寝泊まりできるようになる。

 農作業に集まる大阪の若者たちとの夜を徹しての語らいも楽しみだ。


2010年夏休み

あれから1年経った。
この間、長男英人は名古屋に転勤した。

 大3となった聖人は、
夏休みを利用して山形の自動車教習場に合宿で免許を取りに行ってきた。

大学では野球をやってない。
ただ、子供達にとってのふる里となった地元埼玉の草野球チームで、
エース・3番で活躍、たまに彼女に勇姿を見せて!?楽しんでいる。

 中1となった長女真菜も、
生まれる前から続いていた土日の兄たちへの野球支援・同行におわりを告げた。

ブラスバンド部に入って、
サックスを通じて自分の道を歩み出した。


 あれ以来、兄弟三人のキャッチボールは行ってない。
あの我がふる里でのキャッチボールが、
結局生涯最後の兄弟そろってのキャッチボールになるのかも知れない。


 私は痛めた右肩を治すべく、
千葉県長浦で、畳の総合メーカー・クラナミの会長牛尾さんが
自宅にボランティアで開設している酵素風呂とバンキー療法に週一通っている。

16日で七回目となる。
日常生活は支障がなくなった。

あと半年もすれば、
再び子供達とキャッチボールができるようになるかも知れない。

 悠人は、14日、武南高校でのBチームのショートとセカンドとして
二試合連続して練習試合に出た。

小兵の悠人には、まだまだAチームへの道は厳しい。
しかし、練習が早く終わった日には、
自らおやつ代わりにたらこスパゲッティなどを作って、
パソコンでこうしてエッセイを書いている私にも持ってきてくれる。

確かに野球のレギュラー確保を目指す競争は厳しいが、
その中で野球を通じてより人間的なものを学んでいるに違いない。

あとは、大男たちに負けない日々の素振りでの精進を待とう。
努力に勝る天才はいない。

  願わくば、悠人が甲子園に出て、
      
     潔叔父を球場に招待できる日が来ることを夢見つつ…

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
メルマガ:心のビタミン(エッセー) http://www.emaga.com/info/heart21.html
新心のビタミン写真 http://cid-7ee92fe6821f38ad.profile.live.com/
最新アルバム http://cid-aba6ea878c935265.skydrive.live.com/albums.aspx
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





池田整治のメルマガ・心のビタミン
読者購読規約
powered by まぐまぐトップページへ
 

フィード