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2010年 1/9 晩秋の鎌倉紀行…それぞれの道

晩秋の鎌倉紀行
  …それぞれの道

 昨年、12月6日、日曜日、
今シーズン最後の紅葉のシャッターチャンスを狙って、
鎌倉に行ってきました。

 さだまさしの「縁切寺」という曲の中に、


  源氏山から北鎌倉まで、あの日とおなじみちのり
   たどり着いたのは縁切り寺

   お願いここだけはやめて
     もしも糸が切れたなら
        私生きていけない

                 という歌詞があります。


 実は、30年以上も前の学生時代に、
心の中では『結婚してもいいな』と思っていたJ子さんと、
今回と同じ道を歩いていました。

それ以来の鎌倉でした。

 もっとも高校・大学と男子校で女性とつきあった体験に乏しい私は、
数回逢っただけで、自分の心の中に思っただけですから、
彼女の心の中には、私の存在はないと思います。

 家庭の事情で、
当時は大学卒業後愛媛の実家の農家を継ぎに帰ると決めていた私は、
この時のデート??以来、その旨を伝え連絡を絶ちました。

 しばらくして風の便りで彼女が幸せな結婚をしたと聞きました。
ちょうど私が大学4年の空手道部の春合宿で鍛えられているときでした。

 
 30年以上経ての鎌倉ですが、
彼女と歩いた時を思い出すのは、
過ぎ去った人生への甘酸っぱい想い出でしょうか。

それとも男心の特徴なのでしょうか。

というのは、男女の恋に対する違いのたとえ話に、
男は「音楽」、女は「絵」というものがあります。

音楽は、過去に聞いていた好きな曲を、また聴きます。
つまり、男は昔の思い出を引きずっていきるという意味です。

ところが絵は新しい絵に掛け替えると、
二度と古い絵を掛けることはありません。

つまり女は、過去を引きずることなく新たな道にいきる、
という意味です。


今回は、まず北鎌倉で下車し、
円覚寺で紅葉を撮影しました。

円覚寺は、臨済宗円覚寺派の大本山です。
駅の北側に隣接しています。

ちなみに縁切り寺と言われる東慶寺は、
線路を挟んで南側に位置し、同じ円覚寺派のお寺です。
江戸時代に女性の駆け込み寺として有名です。

境内に様々な花があり、特にあじさいが有名で、
そのあじさいの花は7回色が変わるために、
恋がわり・心変わりするから、
ここを訪れた恋人はやがて別れると30年前には聞いていました。


 12月とはいえ、温暖な三浦半島の円覚寺には、
紅葉が残り、今年最後の撮影を楽しめました。

驚いたのは、境内の池に、渓谷に住むカワセミが居着いて、
池の小魚を狙うシーンが身近で撮れたことです。

もっとも300ミリまでのズームレンズで、
しかも24枚のフィルム入りのカメラ。

隣の中年女性の方は、600ミリでしかもデジカメ。
連写モードで「カシャカシャカシャ・・・・」と数十枚以上撮っていましたが、
こちらはタイミングを見計らっての「カシャ!」。

数枚撮ってコンクールに出せるような写真の撮影はあきらめました。

 三浦半島の自然も少なくなり、渓流での小魚がとれず、
里の池まで来たようです。

ただ一匹しか居ないのは、山での恋に破れてきたのでしょうか…。

そういえば、家族連れか、カメラマン、外国人の団体客を除けば、
カップルが仲良く手をつないで小春日和の境内の同じ道を、
みなと一緒に歩いています。


 円覚寺の撮影に満足して、いよいよ線路を横切り、
東慶寺のそばを通って源氏山の頂上を目指しました。

いつものように簡単なパンフレットしか持たないで頂上を目指しました。
そのためにかえって散策コースと決められた道を歩くことなく、
試行錯誤することにより、
いろいろな道が複雑に交差していることに気がつくことができました。
 
ただしどの道も、自分が歩く道だと思って進むと、
どんな広い道がよぎっていても、
その先にかならずその道のみが迷うことなく
一本の運命の糸のようにつながって見えます。

もっとも崖等にぶつかって進めなくなる時もありますが、
それでも左右どちらかに続く道があります。

 そして、やがて全ての道が源氏山の頂上へつながっています。
その頂上の稜線のぬかるんだ道の上に、
寒椿の赤い花が一つ落ちているのが印象的でした。

全ての道、思いの結晶としてこの花・華を見せてくれいると感じ、
そっとカメラ納めました。

 また頂上には、古代時代の祭壇に使ったと思われる化粧石があり、
その上に登ると小さな石の五重の塔がありました。

その五重塔の前でリュックを降ろし、
妻が出かける前につくってくれたおにぎりをほおばりました。

 すると・・

「全ては一つ」

という感覚となりました。


 そうなんです。
全ての道が一つにつながっているように、
一人一人の魂がそれぞれの道を歩んで、
必要なときに必要な人と交わって体験していますが、
その根っこは、
本当はすべて「おおきな一つ」につながっているのです。

 だから、もう体験した過去にとらわれることは一切ありません。

 すべてその体験を通じて、
  自分という魂のみならず、
   全ての一つに活かされてます。

 おにぎりを食べ終わり、
源氏山から南の市内に下りて、
家壁の小さなつるの紅葉など、
「今」・「この時」に感動したものを撮りながら鎌倉駅に向かいました。


 鎌倉を離れながら…

 『ありがとうJ子さん』、

 そして…

 『これまで出会った全ての人たちのお陰で今の自分がいます』


 多生の縁で結ばれた全ての人に感謝しつつ…
   
  30数年前の鎌倉の旅から還ってきました。

 本エッセイの写真アルバム、「晩秋の鎌倉紀行」を併せてお楽しみください。

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