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2009年 6/9 挑戦!・・・初めての童話??

光陰矢のごとしというが、
確かに月日の流れは早い。

特に、年齢を重ねるごとに
加速度的に速度が増している。

今年も、はや半分が過ぎようとしている。

相変わらず、平日は、6時に家を出て7時頃帰宅。
土日は、空手道の理事長としての仕事以外は、
早朝から三男のオール草加ボーイズの支援。

三男の野球支援が終わる8月までは、
しばらくこのパターンが続く。

その悠人たちは、いよいよ来週日曜日から
全国大会の県予選が始まる。

春の大会で準優勝だったので、1回戦は不戦勝だが、
4試合連続で勝たないと、大阪の全国大会には行けない。

厳しい練習に耐えて残った3年生14名は、
みな体も徐々に大きくなって、プレーも堅実になってきた。

ひょっとして、いや、確実にいける!
と思っていた矢先に、強豪チームとの練習試合で
レギュラー二人が死球で骨折!・・・

サード兼投手の松岡君が右打席で右の指に死球・・
センターで1番の沼君が左打席で右足小指に死球・・

すごいのは、二人ともそのまま試合に出て、
特に沼君は、翌日の試合にもややびっこを引きながら出場。

リーディングヒッターとしての自覚だが、
この無理がたたって、月曜日に全治2ヶ月と診断された。

ということは、3年間の厳しい鍛錬の成果を出さないまま
オール草加ボーイズでの野球を終わりかねない。

月曜日、帰宅すると、悠人が久し振りに
「シャトル(バトミントンの羽)投げて!」。

さらに、1000本素振りをするという。
私も、昼間の職場のソフト大会の投手の練習で
50肩が痛かったが、100球近くシャトルを投げてやる。

悠人にしては、珍しく気合いが入ってるな、と思ったら
風呂上がりに、「沼君骨折で2ヶ月だって」と妻が教えてくれた。

二週間前に松岡君も骨折していた。
B型の闘志が前に出ない悠人も、
かなりの危機意識と、自覚をもったようだ。

今日は、塾の日だが、
同じ鳩ヶ谷市の4人組(沼君、投手広橋君、ショート松崎君、悠人)が、
松崎君のお母さんつれられて映画「ルーキーズ」を見に行っている。

心機一転、新たなチャレンジ精神をもってかえってくるだろう。
予選さえ突破すれば、8月の全国大会には、沼君も、松岡君も
一緒にそろって試合に出れるのだ。

厳しい中での、悠人たちの
チャレンジ精神に期待しよう!

そして・・・・
今回、私も新たなチャレンジをした。

新聞で募集していた「JOMO童話賞」に応じたのだ。
ねらいは・・・ズバリ!賞金でデジカメをゲットすること^^;

二日間考えて、一日で一気に書いたが、
自分でも童話らしいファンタジーがないなあ・・・
と自覚している。

しかし、宝くじも買わなければ当たらない。
人生、何事もチャレンジしなければ結果が出ない。

ということで、今回は、初めての童話
「おばあちゃん、僕がんばるよ!」を
お届けします。

また、写真アルバムには、日々の通勤と
悠人の野球支援の合間に携帯電話で撮った
写真を「五月の薫り」として掲載しました。

写真アルバムは、「スライドショー」をクリックして
見られることをおすすめします。

来年の今頃は、携帯電話のカメラ機能ではなく、
いずれかの賞金等で購入した一番レフのデジカメで
撮った写真が、アルバムに載せれることを祈りつつ・・・

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おばあちゃん、僕がんばるよ!

 僕の名前は、鈴木ゆうと。小学四年生です。
二年前に、この埼玉のマンションに引っ越してきました。

それまで生まれてからずっとお父さんの仕事の関係で、
全国を転々としていました。

家も官舎だったので、友達ができません。
どうせ別れると思うと、
自分から友達の輪の中にはいるのが嫌になったのです。

それに、初めての小学校で、
よそ者といじめられたし…。

 お兄ちゃんが、中学に入る時に、
お父さんとお母さんが、このマンションを買いました。

僕にとっても初めての自分の家です。
とっても嬉しかったけど、引っ越してすぐに、
お父さんが単身赴任で北海道に行ってしまいました。

いつも休みの時はキャッチボールをしてくれていたのに、
できなくなってとても寂しくなりました。

近くに地区の少年野球クラブはあるのだけど、
お父さんが一緒でないと、行く勇気がありません。

 でも、僕には、とっても楽しい事があります。
夏休みと冬休み、それに五月の連休に
家族みんなでおばあちゃんの家に行くことです。

もちろん、お父さんも北海道から合流します。

 僕のおばあちゃんは、四国というとってもとっても遠い田舎に、
「さき」という犬と二人で住んでいます。

 僕が生まれて間もない頃、おじいちゃんが死んだそうです。
おばあちゃんが一人になって寂しいだろうということで、
ニワトリをいっぱい飼っている親戚のおじさんが、
子犬を一匹おばあちゃんにプレゼントしました。

その時、僕たちは前橋というところに住んでいました。
おばあちゃんから電話がかかってきて、
お兄ちゃんに名前を付けてくれと言ったそうです。

前橋でお兄ちゃんは、とっても仲のいい女の子の友達がいました。
その友達の名前が「さき」で、
それが田舎のおばあちゃんの新しい家族の名前になりました。

さきは、とってもお利口な犬です。
庭で放し飼いをしていますが、同じように放し飼いにしているニワトリを、
猫や野犬からまもります。

おばあちゃんは、一kmぐらい離れたおじいちゃんのお墓に
毎日お参りに行きますが、おばあちゃんが、おじいちゃんと話している間、
じっと座って聞いています。

僕は、二つぐらいの時からでないと覚えていませんが、
一緒に散歩すると、さきは、僕の真横にぴったり寄り添って、
僕にあわせてゆっくりゆっくり歩いてくれました。
僕をまもってくれていたのだと思います。

 だから、転校した学校で嫌なことがあっても、
次におばあちゃんの家でさきと遊ぶことを考えては、我慢しました。

 ところが二ヶ月ほど前、
おばあちゃんが急に倒れて田舎の病院に入院しました。

すぐにお父さんが迎えに行き、東京の大きな病院に移しました。
あとで聞くとガンという病気の末期だったそうです。

お父さんも都内の仕事にかわりました。

しばらくして、僕の勉強部屋におばあちゃんの簡易ベットをいれて、
一緒に暮らすようになりました。

ベットからあまり動けないおばあちゃんだけど、
夏休みや冬休みのように家族みんな一緒で、
「まるで極楽、極楽。おばあちゃんこれ以上の幸せはないよ」と
口ぐせのように言って、心からうれしそうです。

でも、何か足りません。
そう、さきがいません。

おばあちゃんが急にいなくなって寂しくないだろうか、
ご飯は食べているのだろうか、とても心配です。

おじさんが毎日見てくれているとお父さんから聞いて、
ちょっと安心しました。

そんなある日、学校から帰ると家の様子が違います。
田舎のおじさんがおばあちゃんのベットのそばにいます。

 僕が近寄ると、「がんばって好きな野球いっしょうけんめいやりなさい」と
やせた手で僕の手をにぎりしめてくれました。

 そして、お父さんたちに
「今、おじいちゃんとさきがきれいなお花畑の中から、
 おいでおいでと迎えに来ている」と言いました。

おばあちゃんの見ている方を見ると、
本当におじいちゃんとさきが白いきれいな光を発しながら
おばあちゃんを呼んでいます。

するとおばあちゃんが、
白いきれいな光の服に包まれ、
元気な時の姿になって、
さきとおじいちゃんと一緒に空に登っていきました。

 おじさんから、数日前にさきが死んでいたことを教えてもらいました。
賢いさきは、天国にさきに行って、
おじいちゃんと一緒におばあちゃんを迎えに来たのです。

でも、お父さん達にはその姿が全くみえなかったようで、皆泣いてます。

 空に行くとき、おばあちゃんは、
にっこり笑いながらピッチングのまねをしました。

おばあちゃん、大丈夫!
 
 僕、野球クラブでがんばるよ!
  
   雲の上から見ててね!


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