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2009年 6/27 75

 この2月、三浦雄一郎さんを支える三浦ドルフィンのエミリー
(雄一郎さんの長女)から
「2月4日付けで世界記録を認定するイギリスのギネス・ワールドレコード社より、
三浦雄一郎のエベレスト登頂最年長記録(75歳)の認定書が届きました」
というメールを受け取った。

 当初、1日違いで76歳のネパール人男性が登頂したと伝えられていたので、
三浦さんのギネスへの登録はないものと思っていた。

ところが厳密な審査の結果、ネパール男性の場合は、
ギネスの認定基準に至らず、
晴れて三浦さんの記録が正式なものと認められたのである。

 私も札幌の単身赴任時代に、70歳前の三浦さんが、
人生への再起を期して懸命な努力をされている姿を垣間見ていただけに、
感慨深いものがある。

当時は、世界7大陸全ての最高峰の単独登頂を達成後、
目標を失い、みごとなメタボリック症候群に罹っていて、
エベレスト登頂は、そのメタボからの完全脱却の意味もあった。

 75歳の挑戦の時には、二度にわたる心臓血管の手術に、
強度の不整脈との闘いをみごとに克服しての世界最年長記録達成であった。

 
 ちなみに高度8400mを超えると、人間にとっては死の領域に入る。

 高度が上がるたびに水の沸点も下がる。
3776の富士山山頂では、70度。

1万mでは血液も沸騰する。
空気圧も減り、大気から肺細胞への酸素の取り込みが極めて困難となる。

このため血液中の酸素量は、平地の30%。
その分全身の細胞の活動が急激に低下する。

平地で20歳の人が、富士山の山頂では47歳、
エベレストの頂上では89歳の老人並の能力しか発揮できない。

もし、平地に住んでいる人を強化訓練なしで一気に連れて行けば、
5分以内に全員死亡する。

だから宇宙船内では、100%酸素にして高圧力をかけているわけだ。

 地球の申し子・我々人間にとって、
母なる大地から離れるということは、
「死」を賭した挑戦なのだ。

 75歳の三浦雄一郎さんは、計算上は、
エベレスト頂上では150歳以上となる。

しかも、息子でオリンピックのモーグル日本現役代表の豪太君が一緒に登山中、
高山病による肺水腫と脳浮腫で登頂を断念どころか、
死線を彷徨っているにもかかわらずの単独登頂成功である。

まさに、「超人」の「精神力」と肉体としか表現しようがない。
 

 その三浦さんが、ギネスの認定証を受け取った直後、
骨盤骨折で全治3ヵ月以上の大怪我をする事故に遭遇した。

 手稲ハイランドでスキー滑降中、突然目の前にネットが現れた。
とっさにリンボーダンスのように身体を後ろにそらしてくぐり抜けると、
あっという間もなく空中に飛び出して、3m下の氷の道路に腰から落ちていた。

 通常、危険地域のネットは、雪面に接して壁のように設置される。
管理上の手落ちであろう。

三浦さんのあとからもスノーボーダー達も落ちてきたそうだ…。

 緊急入院して検査の結果、骨盤だけで
右座骨骨折、左寛骨臼骨折、座骨・恥骨間骨折。

さらに大腿骨骨折に肋骨骨折…。
通常なら直ちに手術と思われる。

しかしながら80歳でのエベレスト登頂を目標にしている三浦さんは、
医師とも相談し、時間はかかるが自然に付くのをまつことに…。

それを可能にしたのは、
20代の平均以上の126%の骨密度に代表される強靱な肉体の存在である。

これは日々、重りを入れたリュックを背負って歩くなど自己流の鍛錬を日課とし、
あらゆるいいといわれる天然のサプリメントを素直に食べ続けていたこと、
さらに奥様の普段の食生活での気配りの賜であろう。

 そして何よりも、「75」歳で、心臓病を克服しつつ、死をかけた挑戦で得た、
言わば「悟り」の境地ではないだろうか。

それ故、75歳を一つの通過点と見て、
80歳、さらに90歳でのエベレスト登頂を目標とする
ポジティブな生き様となっている。

 常人では回復不能の重傷を克服しての、
80歳での人類未到の挑戦を続けている生涯の冒険家・三浦雄一郎さんには、
本当に人生の勇気をいただける。

とにかく一日も早い回復、順調なリハビリを祈りたい。


 一方、人生の師と仰ぐ船井幸雄会長は、「長所進展法」など
独自の指導で名実ともに日本一の経営コンサルタントとして実績を積まれ、
日本の経済界の中では、経営の神様そして時流を読む超プロとして通っている。

 船井総研等を後進に任された後は、
「人間の在り方」や「世の中の構造」などの根元的なことを本格的に研究して、
「人間クラブ」などで発表されている。

私も、人間クラブの一会員であり、
「いかに生きるべきか」を日々勉強させていただいている。

 実は、三浦雄一郎さんと船井会長は、同級生である。

私の勝手な判断では、船井会長も、人間研究をすすめるうちに
徐々に自己の本当の役割りを意識するようになり、
特に2年前からの死を覚悟するほどの大病をきっかけとして、
完全にこの世での自分の「使命」を認識されられたのが、
「75」歳ごろではなかったかなと思っている。

心臓病を克服しながら「75」歳でエベレスト登頂に成功した三浦さんと
完璧にシンクロしている。


 私は学生時代から空手道をしている。
師は、今は亡き日本空手協会の創始者にして主席師範だった中山正敏先生である。

先生の教えの「道場5訓」の一番目が「一、人格完成に努むること」であり、
「いかに生きるべきか」と通じる。

 また、日本の武道という観点からすると、
平成10年3月に満95歳で天寿を全うされた大東流合気柔術の佐川幸義氏が、
日本で最後の本当の武道の達人であろう。

 人は「気」が流れているから生きているし、立って歩くこともできる。

究極の武道ともいえる佐川氏の「合気」は、
つかみかかってきたり、殴ってきたりするあらゆる格技のチャンピオン達の
気を瞬間に止め、好きな方へ投げることができた。

武道は、「弋」(戦い)を「止」める「道」であり、
究極の武道を体現していたと言える。

 その「透明な力」と言われる「合気」を完成させたのが、
「75」歳のときだった。

そして95歳で亡くなられる日まで、
椅子にようやく座っている状態でも、
唯一の継承者である愛弟子を最後の稽古でいとも簡単に大技で投げ飛ばし、
「これで体得できなければ、おまえにはできない」
と静かに襖の奥に行き永久の眠りにつかれた。

 実は、その住居兼道場の所在地が小平市、つまり我が職場に近い。
 

 こう見てくると、「75」歳で、その道を極め、本当のプロになり、
そこから本格的に世のため、人のための活躍がはじまると思われる。

 
 ちなみに我が空手道の師、中山先生は74歳で亡くなられた。
まさに道半ばだった。

それ故、死後、協会の分裂問題等も生起した。
国内は自分がいるので、真の中山空手道を体現・指導できた愛弟子は
全て外国へ永住派遣していた。

それ故、本格的かつ合理的な「極め」のある中山空手道を体現しはじめた
外国の孫弟子達から、
「本家本元の日本はスポーツ空手道で、本物の空手道ではない。
 いったい何をしているのか?」と厳しい指摘も受けるようになった。
 
協会系とは違うが、スポーツ空手道の世界空手道「連盟」の本部等も日本にはない。

 もし、中山先生があと10年生きていたら、
「協会」空手道が世界の主流として世界統一し、
オリンピック種目にも採用されていただろうと惜しまれている。


 4月9日に、蒲郡市に本社を置く東海警備グループの創設者にして
CEOの佐々木義祐(よしさち)さんと
都内のホテルで久しぶりに歓談の機会を持った。

 翌日の10日、つまり世界パーキンソンデーである4月11日の前日、
Lillyビューティフル・ライフ・アワードを受賞するという。

パーキンソン病でありながら明るく前向きな活動をしている患者さんと
支援者の活動を表彰するもので、今回で7回目である。

 佐々木CEOは、2000年にパーキンソン病を発病しながら、
創業者として、台湾をはじめ世界へ進出するなど
常にトップとして活躍するかたわら、
犯罪被害者の支援を生涯の仕事として取り組み、
地域での奉仕活動にも専念している。

また昨年春に奥三河の農家からいただいた新茶の味に感動し、自ら作詞。
曲を依頼してCDをつくったところ、その曲が童謡として高い評価を受け、
テレビや新聞で紹介されている。

CDをわざわざ私にも送っていただいた。
今でも、長女真菜が寝るときに楽しみに聞いている。

氏の素晴らしい半生を、
是非「嵐劈(つんざ)く 佐々木義祐(よしさち)とその時代」(平田超人著)
を読んで味わって欲しい。

 パーキンソン病は、原因も不明で、症状も日々変化して、
本人でないとわからない苦しみがある。

9日の食事をしながらの歓談でも、
一時間ぐらいで翌日の受賞のためにホテルの部屋に行き休まれた。

佐々木氏は、受賞した4月現在、68歳である。
75歳までまだ7年ある。

是非第2、第3の「新茶」、世代を超えて歌われる童謡を作り、
「75」歳で、
童謡作詞家あるいは作家としての地位も築いてほしい。


 職場のある小平市には、107歳の天寿全うまで現役であった、
文化勲章受章の彫刻家・平櫛田中(ひらぐしでんちゅう)氏の彫刻美術館がある。

我が小平学校の学生も入校間、
資質教育の一環として一度は研修に行っている。

その平櫛氏が100歳の時に大書した額には、次の言葉が書かれている。

 「六十、七十は洟垂れ小僧、
     男盛りは、百から百から、
         わしもこれからこれから」

   「人間いたずらに多事、人生いたずらに歳をとる、
          いまやらねばいつできる、わしがやらねばたれがやる」


 こう見てくると、退官を1年半後に迎えると言っても、
54歳の私など、あらゆる意味でまだまだ「ヒヨコ」である。

 それ故、職場の部対抗ソフトボール大会にも、
投手・5番でチームを積極的に引っ張り、
三連覇を狙っている。

気持ちは、「イチロー」であり「松坂」である。

 また、朝礼場の隅っこに「巻きわら」を3本立て、
その前を自然道場と見なして、日々鍛錬している。

是非、「75」歳までに、
受けた瞬間に、攻撃してきた相手が力を無くして動けなくなるような
技を完成させたい。

 そして何よりも、1万年に一度の大転換の時代に突入した今、
「75」歳までに、
新たな精神文明の基盤となるような
「意識」「心」「霊性」を持っていたい。

いずれも、今のレベルからすると、
遙かに「任重く、道遠し」である。


こういう意味でも、是非、三浦雄一郎さんの
80歳、90歳でのエベレスト登頂の快挙達成を祈るとともに、

人類の先覚者として、
船井会長の少なくともあと30年の、

人生行路の開拓者としての先導を是非お願いしたい。


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追伸・・・こういう思いも込めて日々撮った6月の写真を
     下記写真HPの「75…6月の風」のアルバムで出しました。

     また、先日HP「船井幸雄.com」の取材を受け、29日(月)の
     「この人いいよ」で紹介されます。

     併せてご笑覧ください。


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