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2009年 5/29 あ さ が お …初恋の薫り

あ さ が お
      …初恋の薫り
 
 「類は友を呼ぶ」、あるいは「同じ波は引き合う」とも言うが、
おもしろいもので、一眼レフカメラの代わりに携帯電話のカメラ機能を使って、
日常の中で写真を撮ろうと意識するようになって、
自然の少ない都会生活でも日々季節の花が目の前に被写体として現れるようになった。

 普段の通勤は、朝6時に自転車で家を出て、
新井宿駅から地下鉄、武蔵野線、中央線、
西武多摩湖線と乗り継いで一橋学園駅で下車。

駅からは踏切を渡り学校の外柵沿いの道路の歩道を約130mほど歩くと、
もう通用門に入る。

その歩道も踏切から約100mは、市の自転車置き場になっていて、
残り30m足らずに、外柵に沿ってサツキが垣根状に植えられている。

もし、この垣根が構内であれば、キチンと手入れされ、
今頃は赤い花で覆われているはずだ。

もっともそのような管理された造形美だったら、
被写体として私の目にはとどまらなかっただろう。


 この垣根、幸か不幸か、柵外に植えられている。

位置からして歩道上なので市の管理地と思われるが、
その曖昧さを反映するように、あまり人の手が入らないようだ。

お蔭で笹を主体とした雑草が繁茂している。

そういう中で、ある日、その笹とサツキの上に、
数輪の天然の朝顔の花が、
「私を撮って」とばかりに呼びかけているのに気がついた。

とはいえ、通用門を前にして、
数百名の職員等が慌ただしく通勤している流れの一人である。

ビジネススーツにビジネスケースを片手に持って、
立ち止まって携帯電話で写真を撮るには、ある意味「勇気」がいる。

気付いたその日は、「明日は撮ろう」とそのまま立ち止まれなかった。


 そして翌日。1枚でも撮ろうと、
「決意」してその場所にいったが、もう咲いてなかった。

その日の朝に咲いて夕には萎むのだろう。
隣に小さな蕾のようなものがあった。

呼びかけられた瞬間に対応しないといけないのだ。
一期一会。朝顔にとって、まさに命をかけた主張なのだ。


その日の夕飯は、次男・大2、長女・小6と我が夫婦の4人だった。
長男は仕事で深夜帰宅だし、三男・中3は塾に行っていた。

妻が台所に行った瞬間、唐突に長女が
「悠人に彼女できたんだよね。階段で見たよ」と口にした。

暫くして妻が戻って来たが、
果たして今の我が家の「重大発表」を妻に伝えていいものか
次男と顔を見合わせて迷っていたら、妻が席に着くやいなや、
長女が再び「悠人に彼女できたんだよ」と発言した。

すると妻が、「○○ちゃんでしょ、バスケットやってる。有名よ」。
更に、「悠人、あの顔でよく彼女できたね~」と、
母にしかできない大胆な発言。

すかさず長女真菜が、
「悠人優しいからもてるよ。私の友達もずっと悠人のことすきだったんだけど
 諦めたんだよ」。

思わず私が「え!?それっていつの話??」
「小5だよ」。
小5………!


 その翌朝、いつもどおりに、通用門の前のくだんの垣根に行くと…

《咲いてる!》。

3カ所に数輪づつ、朝陽を受けてしっかり
「撮ってください」と呼びかけている。

知人も後ろを通るので気になったが、
しっかりと携帯電話のカメラに収めた。

すると、恋の歌が浮かんだ。

  朝顔に   重ねし君の   笑顔かな

  

  つゆと咲き  つゆと消えゆく  朝顔に
   
          重ねし君の  永久(とわ)の面影


 その夕、帰宅すると妻が、
「今日1階の廊下で悠人と彼女に鉢合わせしたわよ」。

土日は、野球で1日つぶれるので、
平日の塾に行く前などにあっているようだ。

そういえば、次男・大2の中学の時のデートは大胆で有名だった。
次男も三男も土日・休日はオール草加ボーイズで硬式野球をやり、
平日の学校の部活はテニスである。
次男の彼女は同じテニス部だった。

我が家は、学校から見沼用水路を隔てたマンションである。
授業開始のベルが鳴り始めて慌てていっても間に合う距離だ。

部活は18時半には終わるので、40分には帰宅してもおかしくない。
ところがいつも20時頃に帰宅する。

彼女をまず家まで送り届けて、引き返して帰宅する。
それも毎日なので、すっかり周りの評判となっていた。 

その次男の今の彼女は、同じ大学の同じ学科で、
もちろん中学時代の彼女ではない。


いまや我が家の居候となった社会人の長男も、
中学時代、高校時代、大学時代と彼女は違った。

大学時代の彼女などは、今は亡き母の見舞いまで来てくれたりして、
やがて結婚するかと思ったが、みごと卒業前の大晦日に振られた。

現在、「はやく彼女を見つけて家を出なさい!」と、
妻から追い出しの催促を受けている。


男三人、顔かたち、性格も全く違う。

気だてはいいがのほほんの長男。
頭はいいが神経質の次男。
勉強はイマイチだが思いやりのある三男。

顔も長男・次男はいわゆるジャニーズ系。
三男はハンサムとは言えないが、
笑顔に何とも言えない人なつっこさがある。

妻や長女によると三男が結構もてるらしい。

そういえば、野球の帰りなどでも、車の中で、
妻がつくっておいてくれたおにぎり1個を黙っていても半分にして、
しかも大きい方を私に渡す。

もちろん、小さい方でいいよとそちらを受け取るが、
子供3人これまで順に同じ状況で、おにぎり、果物、ジュース等を、
自らの意思で分かち合うのは悠人だけである。

先日の母の日も、男の子3人の中で、
悠人だけが私とのペアのマグカップをプレゼントしてくれた。

なんでも今の彼女も、彼女からの告白を、
そのまま受け入れて彼女としたようだ。
思いやりがあるのだろう。

その翌日、垣根のほかの場所にまだ朝顔が咲いていた。
もう、後ろに誰が通っているのか全く気にせず、
レンズを通して朝顔との会話を楽しんだ。

    朝顔を   君と見立てて   撮りならむ


    朝顔の   はかなき命   恋に似て

思えば、私の初恋も苦い思い出だ。
いや人生は、失恋の歴史かも知れない。

中学の野球少年時代、
小学の低学年から常に学級委員長だった優等生のK子さんから、
好きだと友人を通じて告白された。

中2の3学期の学級委員長も、3年の生徒副会長も、
彼女が学級会議で「池田さんがいいです!」と推薦してくれたからなれたのだ。

でも、奥手の私は、
彼女に「僕も好き」とどうしても言えなかった。

ひとこと素直に言えれば、
人生もまた違ったものになっていたかも知れない。

言えないまま、中学卒業とともに、
郷里愛媛を離れ、横須賀の少年工科学校に入った。

40年にわたる自衛隊生活の始まりであり、
時間の経過とともに徐々に彼女の面影も心から薄らいでいった。

だから自分の男の子には、
「好きな子ができたら、男ならちゃんと好きと言え!」と教育してきた。

もっとも長女真菜には、半分冗談で
「お父さんがいいといった男の子しかつきあってはならない。
 つきあう前にちゃんとお父さんの前に挨拶に来る男でないと許さない!」と
言っているが…^^;


更にその翌日、帰宅時に垣根の横を通ると、
なんと夕陽を受けて朝顔が咲いていた。

いや、夕顔と言えるのかも知れない。

 夕陽のせいかもしれないが、朝顔の時よりも、
花びら全体が透き徹った薄い赤みを帯びている。

まるで全身で、最後の恋をするように……。

 別れを告げているのだなと心の奥で感じた。

 ホームに入った電車にあわてて駆け寄る帰宅者達を尻目に、
電車を一つ遅らせて、最愛の人を見送るように、
心のレンズで最後のシャッターを押した。

 残照を   受けし夕顔   君に似て


 夕顔に   思い残して   立ち去りぬ

 船井幸雄先生の教えに波動の4原則がある。

その第一は「同じ波は引き合う」である。

思うに、人生のその時その時の自分の波動の高さに応じた人同士が、
お互いに引き合って恋に陥る。

だから、小学、中学、高校、大学、社会人と、
人間性、つまり自分の波動が高まると、その高まった波にあう別の人が現れる。

もちろん、同じ人が同じように成長すればずっと同じ恋人かも知れない。

これは男女の間だけでなく、
全ての人間関係に言えるかも知れない。

自分が高まれば、同じように素晴らしい人と出会える。
それが「多生の縁」で、幾度となく同じ時代を生きていたソールメイトかも知れない。

逆もまた真なりである。

より高まるために、

人生死ぬまでひとに恋をしよう!

また、本来は雑草で刈り取られる運命の朝顔から
いろいろな事を学ばせてもらった。

つくづく人は地球という大自然の子供と思う。
その親である自然を見失っては生きていけない。

そして、

荒野にこそ、真に強くて美しい花が咲く。

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