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2009年 4/16 丹頂鶴

丹  頂  鶴

 2月中旬、恵庭市郊外の養護施設で、
脳梗塞後のリハビリ中の写真家・柴田光雄さんを見舞いに行き、
その足を伸ばして釧路湿原の丹頂鶴の撮影に行ってきた。

 日程上、湿原には半日しか滞在できないので、
いままでの行き当たりばったりの撮影紀行を改め、
あらかじめネット上でポイントを確認し、
行動計画を作成することにした。

すると様々なガイドたちがホームページを開いていることを知った。
北海道に通算7年勤務し、何度か釧路湿原にも訪れたが、
まさか釧路湿原のガイドを生業(なりあい)としている人達がいるとは…。
今回初めて知った。

 ほとんどのガイドたちが、釧路湿原をカヌーで巡るコースを、
年間を通じて目玉にしている中で、
「冬の川下りについて」と表に書き出しているHPが目に付いた。
クリックしてみると次の告示板があった。

****************************
        R(アール)の考え方
「冬、雪景色の中を川下りしたい、案内して欲しい」とご連絡、
ご依頼をいただきます。誠に申し訳ありません。
冬、R〔アール〕では川下りのご案内をお休みしています。

 夏の間、水鳥たちは釧路川本流や周辺の小さな川、
沼などで羽を休めています。

その小川や沼は冬になると凍ってしまうため、水鳥たちは本流で休みます。
冬の間、凍らない本流(時期によっては本流も凍ることがあります)は
水鳥の安息地です。

こういったことからR〔アール〕では冬の間は、
安息地を通る川下りをお休みしています。

 皆様にご案内するフィールドについて考えることも、
ガイドの仕事であると考えています。

 川下りは毎春、ゴールデン・ウィークより催行しております。
ぜひ、ご参加下さい。
                 R〔アール〕氏原英和
****************************

 この素晴らしい姿勢が、TVにも取り上げられたとのことだ。
釧路の自然を愛し、共生する素晴らしい姿勢が伝わってきた。
瞬間、これだ!と判断し、さっそく申し込んだ。

 ところが先約のお客さんが一人いた。
一日一人しか案内できない。

すると「仲間を紹介します」ということで、
ミンタラこと、橋口さんを紹介していただいた。

 橋口さんは、北九州の炭坑の町の出身で、
もともとは道東でも炭坑で働いていた。

伺えば、若い頃はカヌーの選手としてもかなり活躍されていたようだ。
炭坑の閉山にともない、自然と共生する本当に好きな仕事をしようと、
同じ九州出身の奥さんとも話しあって釧路湿原のガイドになったという。

ちなみに奥さんの心のこもった手作り弁当を、その日移動間の車の中でいただいた。
 
当日は、昼前に釧路駅まで車で迎えにきていただき、まず市内の釧路川に直行。
「ラッコ」が居着いてるとのこと。

橋の麓の駐車場に車を入れると、ちょうど目の前の橋の下の水面に現れていて、
数十名の人だかりだ。

さっそく望遠レンズ付一眼レフカメラで構え、
いいポーズになるまで待っていると、急に川の底の方に消えた。

しばらく橋の上で待ったが現れない。
気に入ったポーズになるのを待つことなくシャッターを押せば良かったが、
フィルムなのでもったいなくて写せなかった。

仕方なく氷の浮かぶ釧路川水面を、
今回の撮影紀行の手始めに1枚撮った。

 橋口さんによると、ラッコは川の底の貝を食べているらしい。
また、もともとは家族集団で生きる動物なので、一匹では寂しくて、
人が集まる橋のすぐ下などにくるのだろう、ということであった。

過疎の北国の町のちょっとした人集めの観光資源となりつつあるが、
ラッコ自身も望んでいるところなのだろう。

ある意味、自然と人の共生かもしれない。

 ちなみに川を流れる氷は、凍てつく大地を触媒として川底で水が氷って、
浮かんだものである。

オホーツク海の流氷も、アムール川の川底の氷が浮いて海に流れたものが、
季節風の北風で押されてやってくる。

タイガの山林等の滋養豊かな川底で形成されるので、
有機物等栄養が豊富で、それゆえ流氷の下は、
各種のプランクトンが大量に生まれ、魚介類の宝庫となる。

流氷がくるから、オホーツクの豊かな海と漁業が成り立つ。
またその魚を求めて、様々な動物たちがやってくる。

その中でも、カメラマンにとっての最大の魅力が大鷲である。

 思えば、この地球上で、液体が固体となって軽くなるものは水→氷しかない。
だからこそ、川底から浮かぶ。

もし、他の物質と同じように重くなっていたら、
この地球上では生物は生まれなかった、と言われている。

まさに、水は地球の宝である。
さらに最近の研究では、水はもともと地球にはなく、
氷点下マイナス273度の絶対温度の宇宙から
すい星として地球に降り注いだものらしい。

今も1日1万個以上大気圏に突入しているすい星は、
ほとんどが氷の固まりである。

と言うことは、水は宇宙からのプレゼントであり、
また地球生命・自然・人間も宇宙の申し子と言える。

 その恵みを忘れたエゴの追求で自然を破壊し、水を汚染することは、
自らの命の源を削ることでもある。
今、そのツケを払わなければならなくなっている。
 

 ところで北海道勤務時代に、
北海道出身の素晴らしい名カメラマン二人と出会った。

一人は、「列島日本」など自衛隊のカレンダーでもおなじみの
「ハード」ものの柴田光雄さんであり、
もう一人は、女性を撮らせたら日本一美人に撮るという
コマーシャルフォト専門の「ソフト」ものの岸本日出雄さんである。

ともに北海道の留辺蘂町出身だ。
同じ高校の写真クラブで、将来写真で身を立てようと誓った仲だ。

柴田さんは、デジカメを駆使して、戦車や戦闘機など勇壮な写真で有名となり、
東京の青山に会社を設立した。

かたや岸本さんは、フィルムカメラを愛用し、
地元札幌市宮ノ森に3階建ての白亜の素敵なスタジオを構え、
同じく株式会社として8人のカメラマンを有するまでになった。

 北方総監部の広報室長時代には、部隊等の広報要員の写真能力を向上させるため、
お二方に無料奉仕で講話等をしていただいたこともある。

 一昨年、岸本さんから、「柴田が脳梗塞で二度倒れて大変だ」
という電話をいただいていた。

幸い一命はとりとめたものの、リハビリがかなりかかるので
地元北海道の恵庭の施設に入り、お兄さんご夫婦が看病をされていると伺った。

柴田さんは撮影等を通じて世界の様々な真・裏情報を熟知されているため、
対テロ対策等でも貴重な情報をいただいたりしていた。

お互い真の情勢を判断しうる者、と認めあっていた仲だ。
だからどうしても一度お見舞いにいかなくては…と思っていた。

 私が二月にお見舞いに行くことを決め、
この際せっかくの機会なのでワンチャンスにかけて釧路湿原の丹頂鶴を撮りにいく
と連絡をいれると、岸本さんも一緒に見舞いに行きましょう、と約束していた。

 ところが、今年は暖冬で、オホーツクの流氷が遅れて、
なかなかやってこず、着氷と私の釧路行きとが重なってしまった。

北海道のカメラマンにとっての年に一度の最大のシャッターチャンスは、
流氷がさらに北風に押され知床岬を回って南下して根室海峡に入り、
羅臼に到着する瞬間である。

狭い海峡の流氷の上を、大鷲が様々なエサを求めてやって来るのだ。
それを閉ざされた海氷源の中で、一生に一度のシャッターチャンスを求めて、
極寒に耐えながらじっと待つ…。
 

 誠実で人間性の素晴らしい岸本さんから、渡道数日前に、
どうしても羅臼にいっていて、同行できないという携帯電話をいただいていた。

プロとして仕事優先でまったく当然だが、実はこの電話を受けて、
内心「にや!」としたのである。

 なにを隠そう、世界一流の美人モデルの撮影や
コマーシャルフォトに明け暮れていた岸本さんに、
北海道の大自然の写真撮影の歓びを教えたのは、
実は北海道時代の私なのである。

一緒にヘリから支笏湖などを撮影したこともある。
その当時、奥さんから「お金にならない写真を撮って…」と
小言を言われたとも聞いていた。

家計を預かる主婦の視点から見れば、
当然だと今なら理解できる^^;。


 いずれにせよ、岸本さん本人は、いまや北海道の大自然撮影の大家にもなり、
HPには素晴らしい大鷲、シマフクロウ、丹頂鶴などの写真が溢れている。

久しぶりの電話の中で、「旭山動物園の公認カメラマンになった」こと、
また「女性を撮るのは飽きた」と羨ましいことも話してくれた。

是非、ネットで「岸本日出雄」で検索して、
HPをお気に入りに登録されることをおすすめする。

季節の折々に更新される北の大地の自然美に癒されるだろう。
もちろん、本職の世界の超美人のモデルの写真も楽しめる。
http://www.kishimoto-hideo.jp/:岸本日出雄…札幌コマーシャルフォト

『今頃は、岸本さんも、羅臼の氷原の中で、大鷲を狙っているのだろうなあ』。
 
そう確信しながら、橋口さんの車に揺られ、
まず、湿原の東端の細岡展望台に行く。

展望台からは、茶色の落葉灌木と
凍てついた真白い雪原が織りなす大キャンパスに、
釧路川の大きな青灰色のS字の蛇行が描かれ、
その背後には雄阿寒岳・雌阿寒岳の遠景が見える。
『夕陽をここから撮れば最高だろうなあ』そう期待しながら、
釧路湿原での撮影を開始する。

 しばらくすると橋口さんが三脚にバードウオッチャー用の望遠鏡をセットして、
大鷲の巣を見せてくれる。

それまでただの灌木林にしか見えなかったが、
確かに一つの木の上に大きな巣がある。

大鷲は毎年同じ巣を補完して使うので徐々に大きくなるようだ。
5~6mはあるかも知れない。

ただし、30倍まで切り替わる橋口さんの望遠鏡と違い、
我がカメラのレンズは最大ズーム300mmなので、
10倍にもならず、写真として撮れない。

つくづく『500mm以上の望遠レンズが欲しいなあ…』

 ところでこの巣には、もう大鷲はやってこなくなったと教えられた。
心なきカメラマンが近寄って撮影したらしい。

警戒心の強い大鷲は人の気配を感じると二度とやってこない。
自然を愛すべきカメラマンの、この自己中の行動を情けなく思うとともに、
他山の石としたい。


 さらに橋口さんが、雪原を裸眼で見ながら、
牝鹿の群れがいると言う。

私には、ただの灌木と白い雪原しか見えない。
もっとも確かに目は加齢とともに見えづらくはなっているが、
湿原にはしっかりピントがあって見えている。

橋口さんが、望遠鏡を湿原に向けセットすると、
いた!!鹿の群れが!。

厳寒の白い雪の大地で逞しく生きる鹿に感動したが、
それよりも橋口さんの「プロの目」にビックリした。

アフリカのサバンナの住民は、
望遠レンズでも見えない遠くのライオン等を見ることができ、
その視力は10.0とも聞いた。

生き残るため、あるいは獲物獲得のための発達。
いや、人間だれしもDNAに本来持つ能力の発現だろうか。

きっと橋口さんたちガイドも、北海道の大自然を仕事とすることで、
視力=脳内認識力のDNAが「ON」となり研ぎ澄まされたのだろう。

 展望台からは、湿原内の砂利道を、
湿原の反対側の鶴居伊藤タンチョウサンクチュリアに向かった。

移動する車の中で、橋口さんの奥様の手作りの心温まる弁当をありがたくいただいた。
 

 次に、今度は湿原の西側の高台の道路端に車を止めて、
夏場には歩ける湿原遊歩道を上から眺めた。

すると左手奥の木の上に大鷲のつがいが仲良く並んで止まっているという。

私の目には全く見えない。
やはり橋口さんに望遠鏡をセットしてもらうと、
大湿原の灌木の上で仲良く並ぶ大鷲のつがいが見えた。

勿論、私のレンズでは写真に撮れない。
 

 1時半頃、いよいよ今回のメインイベントの、
鶴居伊藤タンチョウサンクチュリアに着いた。

毎日2時に丹頂に魚のエサが与えられる。
もちろんそれを撮りに来たのだが、
実は、そのエサを狙って尾白鷲や、大鷲がやってくるという。

その大鷲の急降下等を狙ってカメラマンも集まる…。

 2時前にその給餌場の前の展望所に行く。
いたいた!丹頂鶴とカメラマンたちが!^^;。

丹頂鶴の奥には白鳥の群れも見られる。
カラスや小鳥の群れもいる。

真冬のエサの少ないときだけに、様々な鳥たちも狙い時なのであろう。

私以外のカメラマンは、
皆しっかり三脚に500mm以上と思われる大口径のレンズを
セットして狙っている。

私はズーム式300mmなので、手に持って自由に狙う。
もっとも北海道行きを計画した時には三脚を持って行くことも考えたが、
飛行機搭乗時のネックになること、
それに300mmの昼間の撮影では手ブレもなく、いらないと判断していた。

 いよいよ給餌場に、担当の係員がエサの魚の入ったバケツをもって歩み出した。
すると橋口さんが、はるか山の上の空を見上げて、
今、徐々に大鷲たちがやってきているという。

もちろん私にはただの青空しか見えない。
そしてエサをまき始めると、まず尾白鷲が急降下でやってきた。

カシャ・カシャ・カシャ・カシャ・カシャ・・・!!!
連続シャッター音の連呼である。

『そうかあ、、皆さんデジカメだもんなあ…』。

最近のデジカメは1000枚以上撮れる。
なるべく広めに連写でいっぱいとって、一番いいものでトリーミングし、
さらに色など自由に加工できる。
写真と言うよりお絵かきである。

そういう連写の音の洪水の中で、フィルム27カット、
最高のタイミングを見計らって一つ一つシャッターを押す。

レンズで覗いて鷲の動きを追いながら
次の瞬間の動きを予測判断して「カシャ!」。

この1回限りの被写体との勝負のような緊張感がいい。
言わば、空手道で一対一の勝負をするときに、
一撃必殺の突きを出すときの決断力と同じ高揚感を味わえる。

「大鷲が来た!」。
橋口さんの声を頭の後ろで聞いて、その方向にレンズをサッと構える。

いた!悠然と下界を見下ろしながら大鷲が冬の青空をバックに悠然と舞っている。
「カシャ!」。

2mを超える大鷲をついに撮った!!
二枚目を撮ろうとすると、一気に急降下に入った。

レンズでフォーカスしながら追った。
大東亜戦争末期の米空母に特攻する零戦を
隣の艦船からカメラで追いかける感じだ。

地上のエサを捕る瞬間を狙ったが、
群がる丹頂鶴の中での瞬間のアタックである。

しかもいかんせん300mm。
肝心なポイントが撮れない。

次の大鷲を待ったが、橋口さんによると、
向かいの山の上にいるがなかなか下りてこないという。
給餌の係員を見分け、特定の人でないとやってこないという。

 渡道前に、岸本さんが彼の撮った写真を選んで
A4三枚に印刷して送ってくれていた。

その中の大鷲の写真は、大鷲の表情、
目の力までしっかり撮れていて感動していた。

実は、私も密かにそのような写真を狙っていたが…。


 まあ、考えてみれば、観光客と同じようにたった一度のシャッターチャンスで、
しかも300mmレンズで、感動的な写真を撮ろうとすること自体がおこがましい。

私自身、かってルスツの頂上で樹氷を狙った時は、
立ち入り禁止地区に自分のスキー技術を信じて単身入り、
尾根づたいにぎりぎりのところまで進み、
氷点下20度の中で、数時間じっと待った。

しかも一冬に同じ場所に何度も行った。
入選した写真は、そのうちのたった一枚である。

 そう考えると、300mmレンズでも、
大鷲や尾白鷲、さらに丹頂鶴などを、
彼らに感謝しながらバードウオッチングするように追って、
一期一会の心持ちで楽しんだ。
 

 道東の冬の日の入りは早い。
日が西にかなり傾きかけて、再度東側からの夕陽を撮りに、
湿原の別経路を東に横切る。

途中舗装道路の脇に車を止めると、
真上を丹頂鶴の編隊が横切っていく。

広げた白い翼の羽が、逆光の太陽光線で透き徹って鮮やかだ。
急いで車の外に出て撮影に入る。

先ほどの給餌場からねぐらの釧路川などに帰っているのだ。
橋口さんはその時間と場所を見計らってくれていたのだ。

 しばらくすると第二派、第三派と、三々五々小編隊でやってくる。
道路に直行してくるが、道路のどこを横切るかはその編隊長の鶴しか知らない。

28mmから300mmまでズームできるので、
ある程度距離は違っても、いい構図になるように修正できるが、
青空に逆光で白く透明に羽が撮れる真下から是非撮りたい。

 しかしながら、真上を飛んでくれたのは、
車から見上げた最初の1回限りであった。

その時はカメラを構える時間もなかった。
今でもその透き徹った羽の感動的な白さが脳裏に残っている。

橋口さんに、「あと一日あればもっと湿原の様々な自然をご案内できますが…」と
言っていただいた。

来る前にも岸本さんから、
「近くの温泉に泊まって朝陽に輝いて飛ぶ丹頂鶴を撮ればいいですよ」とも
教えていただいていた。

次回行くときは、絶対釧路湿原の近傍に泊まって、
朝日と夕陽の中に捕らえた丹頂鶴等をじっくり撮りたいと思った。

 丹頂鶴がねぐらに帰る時間と言うことは、
いよいよ夕陽の時間になったということである。

太陽を見ると、地平線となる雄阿寒岳・雌阿寒岳の稜線までの角度が
10度ぐらいしかない。

太陽は、1時間で15度進むので、沈むまで40分弱。
この時点で、橋口さんは、
釧路湿原のもう一つの目玉であるシマフクロウを見せるべきか、
最初の細岡展望台に再度登って沈みゆく夕陽を見せるべきか
ちょっと迷ったようだ。

心理学でいうところの正と正の二者択一の葛藤である。
私は、これまでの北海道の様々な海岸等での夕陽の撮影体験から、
少なくとも日没の30分前には撮影ポイントに着いて、
セッティングすることが必要と、自分なりの尺度を持っている。

もし、細岡展望台からの夕陽を狙うなら、
車でただちに急行しなければならない…。

もっともシマフクロウの巣は、細岡展望台に行く途中なので、
時間的に余裕があれば見れる。

やはり、ここは釧路湿原近傍で宿泊する計画で来るべきだったのだ。
そこを半日強の短い日程にもかかわらず、
湿原の大自然の素晴らしさをなるべく多く見せようと努力して下さる橋口さんに、
全てをお任せした。
 

そして太陽が沈み薄暗くなり始める頃、
細岡高地の台端のシマフクロウの位置に着いた。

道路からわずか10mほどの灌木の、
3mぐらいの高さの節の穴にいると言われるが、全くわからない。

橋口さんに望遠鏡をセットしてもらって、
穴からちょこんと愛嬌のある顔を出しているのを確認した。

知らずに近くを通っても木の節としか認識できないかも知れない。
かなり薄暗くなり、シャッター速度が遅くなるうえに
三脚もないので無理とは思いつつ、橋口さんの望遠鏡で方向を見定めて、
300mmにして何枚か撮ってみる。

(今手元に、みごとにそのぶれた写真がある。
 よく見ないとフクロウには見えない。
 これも次回への課題としてとっておこう。)

 撮影をするうちに、橋口さんが、土星に望遠鏡を向けてくれていた。
覗くと土星の輪までくっきりと見えた。

生まれて初めて望遠鏡で土星を見たことになる。
北の大地の太古に里帰りして星空を見る思いであった。

 最後に、西日の残照に、中央部分の氷が溶け始めている達古武沼の
刻々と変わる湖面の撮影をして、今回の撮影紀行を終える。

 実質6時間程度の短い撮影であったが、
橋口さんの適切なガイドのお蔭で、
丹頂鶴、尾白鷲、大鷲、蝦夷鹿、シマフクロウ
そして凍てつく北の大地等々、都会生活の1年分の撮影感覚を味わえた。
  

 ところで、北海道ではフィルムを現像するカメラ店が無くなったとのことだ。
やむなく岸本さんも社内の全員のカメラをデジカメに換装し、
それに対応するパソコン等も備えたということだ。

未来は、今の「思い」が決めるという。
私も、次回の撮影の時は、デジカメの一眼レフで撮っている自分を、
今からイメージしよう。

北の大地と橋口さんに感謝するとともに、
次回訪れる時は、柴田さんが写真を撮れるまで復活していることを祈りつつ…。

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メルマガ:心のビタミン(エッセー) http://www.emaga.com/info/heart21.html
新心のビタミン(写真) http://cid-7ee92fe6821f38ad.profile.live.com/
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