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2008年 2/6 鳳来寺山行者越を訪ねて・・・人生はめぐりめぐりて(その二)

10月13日、土曜日。12時40分に官舎を出て、
ママチャリでJR豊川駅に行く。

JR飯田線でほぼ中央構造線沿いに東北上し、
目指すは三河大野駅である。

 タイミング良く12時56分発の本長篠駅行きに乗り、
13時51分に到着。

三河大野駅は次の駅である。
すぐに長野方面行きの乗り継ぎ列車があると思っていたが、
なんと豊橋駅始発天竜渓谷行きで、
大野三河駅14時43分発まで待たねばならない。

なんのことはない。
長野方面行きの列車は全て豊橋から出ており、
乗り継いで行けるようになっていない。

三河大野駅まで行くのであれば、
次の天竜峡行きを待って豊川で乗れば良かったのである。

 本長篠駅から三河大野駅までは、道のりで約4km。
次の列車の待ち時間約50分。

待って列車で行っても、
ただちに歩いて行っても時間的にはほぼ同じである。
待ちながらリュックに入れてきた本を約100ページ読むこともできる。

 さて、あなたならどうする?
 

 私はただちに地図を見て、本長篠駅を出て宇連川に架かる橋を渡り、
南岸沿いに三河大野駅まで歩くことにした。
宇連川の深い渓谷をゆっくり味わいたかったのである。

 通常大きな渓流沿いには、それぞれに人家があるので両岸に道がある。
宇連川沿いの場合、長野に通じるメインの国道151号が、
三河大野駅までは北側を走っており、車の量も多い。

南側の脇道、旧道の方が昔ながらの自然、日本古来の里を味わえる。
これは北海道単身赴任時代に全北海道を回った体験による。

 駅を出てすぐに、黄柳(つげ)川沿いに弓張山系をさかのぼり
炭焼田トンネルを経て浜松に抜ける国道257号の
橋の上から宇連川の渓谷を撮る。

ほぼ中央構造線の上を流れるため、両岸及び川底が一枚岩のようである。
自然が造った巨大な雨樋(あまどい)に見える。

谷底もかなり深い。橋は車だけに掛けられたようで歩道がなく、
しかも簡単なコンクリートの手すりが低い。


 正直に言うと、実はこの頃高い所に登ると、
少々恐怖心を覚えるようになった。

若い頃は、米海兵隊で隊付訓練を受けた時などは、
日本の感覚では安全管理を無視したような、
高いところを飛ぶヘリを使ったロープ訓練なども楽しくて
何度も希望して繰り返したが、
歳を重ねるとともに創造力(被害妄想力?)、
常識力あるいは単に雑念が入るようになったのか、
足場のしっかりしていない高い所に登ると恐怖心が湧くようになった。

 対症療法はただ一つ。
その恐怖の場面で逃げずにじっと耐えること。

そうするとやがてその恐怖心をつくっている
「万一」という心の虚像の実体を認識して、
消すことができる。
つまり無になることができる。

 このような心の葛藤をしつつ手すりの上からカメラを構え、
縦構図で宇連川の渓谷を数枚撮る。
撮り終えて手すりを離れ道路に戻ると心の底からホッとする。

 橋を渡ると交差点を左折、宇連川の左岸沿いを、
針葉樹林の間からときおり覗かせる渓谷の谷底と、
対岸の山並みの変化を楽しみながら大野引地の地図上の吊り橋を目指す。

東北から南西に流れる宇連川の深い渓谷に、
ほぼ1kmごとに鳳来寺山方向から小川が直交して注ぎ込んでいる。

中央構造線の破砕火成岩の特性なのか、
いずれの小渓谷も急峻である。

このためこれら小河川で区切られた鳳来寺山の山襞(やまひだ)は、
下るにつれて徐々に大きく盛り上がり、
最大になったところで宇連川にスパッと切られる。

気の長くなるような歳月の自然の造化力で、
その切り口が中国の山水画の緑の岩山のようになって連続している。

南側左岸沿いの道路を歩いたお陰でこの小パノラマを楽しむことができた。
もし、宇連川沿いの稜線の縦走を試みたら…う~ん、一日で数キロだなあ。
と言うより崖から落ちるかも知れないなあ…。

このような想像(妄想!?)をめぐらせながら、
14時30分頃大野の町のほぼ中心地の四差路までくる。

ただし、こちらの道も大野の狭い集落の旧街道を外して北側の町外れに、
川との間に作った新たな道である。

旧町並みを知らず知らずパスしたわけである。

 国道151号は、三河大野駅まで宇連川の北岸を走り、
駅前からは橋を渡ってすぐにさきほどの四差路を左折、
ここから南岸沿いに抜けることになる。

後で知ったことだが、この大野の集落は、
鳳来寺の門前宿場町の門谷と同じく、
かっての鳳来寺・秋葉山道の宿場町であり、
旧道は歩行を基準にした当時の道幅のままで、
その往時の面影を強く留めているらしい。

せめて東海自然歩道のパンフレットぐらい事前に求めて情報収集しておけば、
江戸時代の趣のある宿場町の風景が撮れたかも知れない。
いつもながらの反省である。

 そう言うわけで、ここからは車のエンジン音の賑やかな国道151号の
左側の歩道を歩く。
地図で見れば引地へ架かる吊り橋まで約500mぐらいだ。

 その手前100mぐらいの所で何気なく道路の反対側を見る。
80歳代と思われるおばあさんが、
国道に直交し畑の中を通って旧宿場町までつながっている
あぜ道のような小道の入口で、
手押し買い物車を両手で押して踏ん張った状態で止まっている。

ストレッチでもしているのかな?と思ったが、
よく見るとそうでもなさそうだ。

ハッ!と思い、左右をサッと安全確認、
やや上り坂のカーブを飛ばして走り抜ける車をやり過ごした後、
道路を急いで横切って駆け寄る。

 やはり、畑のあぜ道と国道の取り付け部分が登り斜面になっていて、
買い出し物でいっぱいになった手押し車の前輪が
コンクリートの壁にも接触してしまって、
おばあさんの力では動くに動けない状態になっていたのだ。

お手伝いします!と声を掛けてあぜ道まで車を押し上げてあげる。
そして、人生を刻んだ深い皺がつくる素晴らしい満面の
おばあさんの笑顔に見送られ、吊り橋の方へ引き返す。

 もしあのまま誰も気がつかなかったらどうなっていたんだろう、
と思わずぞっとする。

新たな国道で切られる小道などのほんのわずかな無造作な取り付け部分だが、
老人の多い田舎では、結構見られるシーンかも知れない。

車という経済的利便さのための道路を新たに作る場合も、
それによって断ち切られる、
人の生活のためにつくられた旧道との連接まで、
誰が使うのか細かい配慮が必要だと痛切に感じた。

山中の歩道も、新たな林道で遮断され続けて歩けない場合が多い。
 
 そして、すぐに国道脇に「荒沢不動明王」と書かれた赤い鳥居が見えてきた。
旧宿場町を歩いてくるとここが町はずれで吊り橋への入口になるわけだ。
国道によって分断された感じになっている。

 15時、鳥居をくぐり抜けると、
つづら折りに下って宇連川にかかる吊り橋まで歩道が整備されていた。

看板で東海自然歩道に入ったことを知った。
ここから行者越を経て鳳来寺まで東海自然歩道を歩くことになる。

 吊り橋のたもとまで下りると、
右側その奥に更に二つの赤い鳥居が重なってある。

 由来を書いてある看板を見て…わお!!ついに見つけた!!!。

 なんと、利修仙人がここの洞窟に住んで
鳳凰に乗って頂上の鳳来寺山まで通ったと書いてあるではないか。

 看板に、
 「この不動滝の近くに、桐の大木あり。その洞穴に瑞鳥鳳凰が住み、
  利修仙人はこの鳥に乗って鳳来寺との間を往来し、この滝で修業。

  その後信仰の道、秋葉街道が栄えた江戸時代に
  道中安全と難所桐谷の渡しの安全を願い、
  大野宿の人達がこの桐谷の瀧へ宝暦3年(注:1753年)
  荒沢不動明王を祀った。
  
  明王治癒 災害除去 悪霊降伏 財権増の佛として信仰を集め、
  霊験あらたかと参詣者も多く、毎年7月下旬に護摩祈祷の祭事…」とあった。
 
 何という幸運!。
今まで文献上の、あるいは知識上の存在であった利修仙人の
足跡を直に目の当たりにすることができたのである。

これは偶然か、それとも必然だろうか?

もし、JR三河大野駅で降りていたならば、
ここに来ることはない。

飯田線は宇連川の北側を走っている。
だから吊り橋を渡る必要もなく
駅からそのまま左折して行者越を目指して鳳来寺山に入っていったことだろう。

 二つの鳥居の奥には、小さな瀧があった。
更にその奥には小さな社もあった。

この社の下に利修仙人が住んだ洞窟があるのだろうか。

 また吊り橋もかってはなかったようだ。
ダムもない時代、樋(とい)のような形状の宇連川は
流れも急で渡河に苦労したと思われる。

大野から引地に渡るここ通称桐谷の渡しは、
川が大きくカーブしているお陰で水かさが浅くて
比較的渡りやすかったのであろう。

それでもかなりの難所であることは伺える。
かってこの地方の一枚岩のような河床に下りたとき、
見た目とは違い磨かれた鍋底のように滑りやすかったのだ。
昔のわらじではなおさら渡渉は困難であっただろう。

 今では鋼鉄のワイヤーによる吊り橋で簡単に渡河できる。
その橋の上で、かっての利修仙人の生活に思いを馳ながら
様々な角度で写真を撮った。

同じ橋の上でも全く恐怖心が湧かない。
人間が生まれながら持っている恐怖心は二つあるという。
高所と後ろでの大きな音。

コンクリート橋よりはるかに弱いワイヤー橋なのに
低いおかげで恐怖感が全くない。
理性を越えた人の心理の面白さである。

 吊り橋を渡り引地のまばらな集落を抜け、
JR飯田線を横切り15時30分、
いよいよ西沢川沿いの林道を鳳来寺山に入る。

鬱蒼とした林道の脇に丁目石が残っている。
また家屋あるいは水田の跡だろうか石垣が目立つ。

かって参詣者で賑わった頃は、
棚田と小さいながら庭の良く整備された
日本的家屋、里が続いていたと思われる。

かって幕末から明治初期にかけて
日本近代化のために政府が雇用した西欧人約4000人が
感動した日本の自然と共生した農村の村落の原型である。

今では、誰も住む人も、水田を作る人もなくなり、
少しでもお金になるようにと杉や檜の針葉樹が植林された。
我が愛媛の実家のみかん畑と同じである。

 林道を1kmほど入ったところで、小型トラックが追い越して行く。
森林組合の人だろうか林道の奥まで行って引き返して来たときに
わざわざ止まって
「これから登るのですか?山は夕暮れが早いから気を付けて下さい」と
声をかけて下さる。

 薄暗くなり始める頃、林道からいよいよ山道を登り始める。
約1km登ってパークウェイに架かる歩道橋を二つ越え、
16時30分、行者越の下に着いた。

ちょうど20歳ぐらいの若者とすれ違う。
「今から登るのですか?」
「ええ。鳳来寺の階段の方に下りますから」
 
行者越の入口には、
「?(漢字が昔風で読めません^^;)サ5丁目」という丁目石や石碑、
仏像などが林立している。

石のベンチにリュックを下ろして5分ほど休憩して、
いよいよ今回の目的の行者越に挑戦。

 急峻なつづら折りの山道を息を切らせながら登ると
15分ほどで平らな稜線に出た。

『あれ?おかしいな。16羅漢があるはずなのに??』

 安全に通れるように、
行者越の急斜面を迂回して東海自然歩道が作られていたのである。

時計を見れば16時45分。
自然林の中なのでかなり薄暗くなってきた。

一瞬躊躇したが、リュックを下ろして、
登ってきた歩道を引き返し、
行者越のスタートラインに戻る。

 今ではわざわざ崖を登る人も少ないのであろう。
入口が草木で覆われている。
気づかないはずだ。

 行者越の崖はかなり急峻である。
しっかり手と足で3点支えをしなければならない。

16羅漢を全てデジカメで撮ろうと思っていたが、
急峻な崖の途中で、
自分で決めた上への経路を外れて横移動しなければならない。

撮れる範囲だけの羅漢を撮りながら一番上まで登った。
最後にしっかり踏ん張ってバランスをとりながら、
一眼レフで一番上の羅漢の頭越えに登ってきた大野の方向の写真を撮った。

一眼レフは両手を使うので、足だけで立たなくてはならない。
その点バカチョンのデジカメは片手で操作できる。

三点で体を支えなければならないときはバカチョンデジカメに限る。
それでも、夕闇が迫り、シャッター速度が遅く、
かなり手振れの写真となってしまった。
まあ、かえってこれもいい思い出となるであろう。

 削除せずに残し、ネット上にも出しておいた。
 
 稜線歩道は、結構幅もあり歩きやすい。
古木の根が地表に現れて現代彫刻の芸術品を思わせるものもある。

暗くなってレンズで覗いても見えないので、
山勘でカメラを向け、ストロボ撮影する。

 パークウェイの頂上駐車場から
鳳来寺まで作られたアスファルト道の街灯に明かりが灯っている。

稜線道からわずか30mぐらいの下に
平行に崖をえぐって作られた道である。

こんな素晴らしい自然を満喫できる自然歩道があるのに、
なんで自動車道を作ったのだろうか、と改めて思った。

表参道の1425段を避けて安易に頂上に登れるようにすれば
更に収益が上がると思ったのだろうが、
意に反してもっとも大事な観光資源の仏法僧(ブッポーソー。
この地方に生息するコノハズクで、5月から7月にブッポーソーと鳴く。
愛知県の鳥)を追いやってしまった。

せめて、駐車場から稜線自然歩道を使う
という発想はなかったのだろうか。

 17時30分、鳳来寺到着。
さすがに誰もいない。

休息所で、かすかに明かりの残る西の空を見ながら、
四つ切りに剥いた持参した柿をリュックから出して味わう。

秋の虫の音と水音だけが静かに聞こえる。

           柿喰えば   
静かに聞こゆ
                  水の音

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北海道の四季(写真) http://groups.msn.com/jjt8khvnlvgq2ipf5spd2vq9r4
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