2008年 2/08 鳳来寺山行者越を訪ねて・・・人生はめぐりめぐりて(その三)
真っ暗になった表参道の1425段の石段を下りる。
鬱蒼とした林の中なので足元が見えず、
黒い石段の多い中で浮いて見える白い石段がありがたい。
この石段を踏む足音と虫の音、
そして音為(おとなし)川のせせらぎの音だけが聞こえる。
やがて鳳来寺の山門、仁王門まで下りる。門の両脇に仁王像がある。
徳川家光が東照宮を建立した時に同時に建てられたものである。
正面中央の屋根の下に「鳳来寺」と書かれたな立派な扁額がある。
文武天皇の子、聖武天皇がご病気の時に、
光明皇后が鳳来寺薬師如来に病気平癒の願をかけられたところ、
天皇が全快され、皇后がお礼に額を書いて掲げられたという。
この光明皇后が利修仙人の子供であったという言い伝えが面白い。
利修仙人が鳳来寺山で修行中のことである。
仙人のお小水のかかった草を食べた牝鹿が妊娠し、
人間の女の赤ん坊を産んだ。
利修仙人は、赤ん坊を自分の子供として育てた。
そして文武天皇の病気を治した縁により、
天皇の子聖武天皇のお后として嫁がせることになった。
これが光明皇后その人である。
であるならば皇后が夫である聖武天皇の病気平癒に
鳳来寺薬師如来に願をかけたのもうなずける。
光明皇后の足の親指以外の四指は、
生まれながら鹿の蹄(ひづめ)のようにくっついていた。
そのため足袋(たび)を考案したとも伝えられている。
その後日本に入ってきた外来宗教である仏教では女人禁制であるが、
自然とともに生きていた本来の日本では、
四季折々の美しい野山に恵まれて男女ともに一緒におおらかに生きていた。
その中で厳しい修業をする利修仙人の日々の生活を助けた人がいてもおかしくない。
例えば当時、大和王朝が国状不安を鎮撫するために
60余国の各国府に建立した国分寺・国分尼寺には、
国僧を支えた寺の職員がいた。
国分尼寺では10人の尼僧に、
20人の現在の国家公務員のような職員が
彼女たちの生活基盤全てを支えていた。
利修仙人も男である。
洞穴の生活を支える女性の中に、
お互いに思いを寄せる人ができ、子供ができた。
そしてちゃんと行末まで面倒を見たと考えた方が、
自然でなおかつ人間味があっていいではないか。
いずれにせよこの当時の修行僧、
特に利修仙人は、対外侵略性の高い勃興時の唐によって滅ぼされた百済・高句麗、
そして唯一生き残って対抗した新羅等の高僧、貴族等との人脈が豊かで、
またつぶさにその朝鮮半島の情勢を見てきている。
また列島各地には、大和王朝の力の及ばない部族集団がかなりいた。
この中には唐と密接な部族もいたであろう。
国難迫る大和王朝にとって利修仙人は、
かけがえのない国際政治学者であり、
宗教指導者であり、今でいうところの最高の経営コンサルタントであった。
国内外の緊急時に、病気治癒の名目で呼び寄せて
助言・指導を受けていたのではなかろうか。
仙人の子供を妃にした最大の理由もここにある。
大和王朝が取り入れた仏教も、
実は大陸(中国・唐)経由ではなく、
新羅経由のものである。
このため中国が易性革命により王朝ごとの断裂の武力闘争の歴史になったのに対し、
日本では万世一系の連続した自然と共生した和の国となった。
新羅そのものが、古代より栄えたシュメール文明の流れを汲んでいた
とも言われている。
シュメール文明こそ万世一系の文化の根元とされている。
新羅は南下する唐の防波堤となって、
935年まで朝鮮半島唯一の独立国として続いた。
大和王朝なかんずく壬申の乱で天皇となった文武天皇は、
この新羅と連携することにより、唐の侵略に対処したのである。
もし朝貢により倭国として中国仏教を取り入れていたならば、
以降の日本の歴史も大きく変わり、
現在のような列島全てが統一した国家になっていなかったかも知れない。
例えば同じ島嶼国家である英国諸島のように
宗旨の違う数カ国に分割していたかも知れない。
このような国家の命運を賭ける重要な意志決定の時に、
利修仙人が豊富な体験と時代を超えた叡智を持つアドバイザーとして、
新羅との連携及びその結果としての新羅仏教を国教として取り入れさせたと思われる。
それ故これら国家施策のシンボルとも言える東大寺建立で、
752年に行われた大仏開眼供養会(かいげんくようえ)には、
中国・唐の僧は招かれなかったとも伝えられている。
そして唐は、新羅に先立つ28年前の907年滅亡した。
じ後大陸は、様々な王朝により歴史が分断されてきた。
今の中華人民共和国も、僅か60年の歴史しかない。
しかもいつまた易性革命が起こるかわからない。
一方日本は、大和王朝以降だけでも、
1300年以上の歴史が綿々と続いている。
これらの建国のロマンを思いながら17時40分、鳳来寺表参道を下山。
入口に飾られているブロンズ製の鳳凰を最後にバカチョンカメラでストロボ撮影し、
門前宿場町の門谷の昔ながらの狭い通りを抜け、
国道257号のバス停に向かう。さすがに町にも人通りは一切ない。
18時32分の最終バスに間に合い、本長篠駅にむかう。
バスには60歳と30歳ぐらいの男性のハイカーだけであった。
四谷の千枚田あたりからの帰りであろうか。
19時21分JR豊川駅到着。ママチャリで19時40分官舎帰宅。
わずか7時間ながら約1300年間の歴史の旅をしたことになる。
また今回は同じ7時間で人生と運命について考えさせられた。
人はこの世で体験し成長するために、
肉体という乗り物に宿っている魂と言われている。
予定した目的を達成すれば、
肉体を離れ魂だけの世界に帰る。
肉体しか見ない人は、それを永遠の死と勘違いして悲嘆する。
この際、地上での目的を達成するため、
どのような人生を歩み体験するかの「基本コース」を生前決めて生まれる。
今回で例えれば、「行者越に行こう」と思ったのが「人生の目的」であり、
「豊川駅~三河大野駅~行者越~鳳来寺~階段~バス停~本長篠駅~豊川駅」の
経路が、そのための「基本コース」である。
基本コースは別名、「運命」とも考えられる。
ただこの一見決められた経路も、
その時々の結節時の自分の決心により、
バラエティに富んだ様々な体験をすることができる。
条件が揃えば、経路そのものが大きく変わる。
つまり運命が変わる。運命は自由な心の持ち方次第なのだ。
もし三河大野駅で読書を選び次の列車に乗っていれば、
宇連川沿いの素晴らしい景観も利修仙人ゆかりの地も知らずに終わった。
また事前に旧大野宿場町の情報を入手してなかったお陰で、
国道を歩いておばあさんを助け、
素晴らしい笑顔をいただいた。
もっとも大野の宿場町に行っていれば、
それはそれで素晴らしい写真を撮る等、
別の体験ができたかもしれない。
起こること全てが必然・必要・ベストである。
要はその一瞬一瞬、潜在意識レベルで心から集中して楽しめるかにある。
またそもそも事前に時刻表をしっかり調べて
もっと前の三河大野を通る列車に乗るか、
あるいはおにぎりを準備するのに時間がかかり
官舎を出るのが遅れて次の列車に乗っていれば、
宇連川南側での全ての体験そのものが味わえなかった。
こうなると定めた経路上をただ歩むだけで、
彩りも心豊かになる体験もない。
周りと心弾ませる交流のない孤独な寂しい人生だろう。
つまり運命に縛られ、魂の大きな成長は見込めない。
行者越でも、知らずに知らずに東海自然歩道で迂回して一気に登った時に、
疲れと迫る夕闇から、下まで引き返すのを止めていたら
行者越での素晴らしい体験はなかった。
一見無駄な迂回経路をしかも再度歩くことにより、
通常のコースでは味わえないワクワクドキドキの崖登りと
素晴らしい16羅漢との出合があった。
また効率よく無駄なく早く経路を進んでバス停に行くことを目指していたら、
引き返すという選択肢も浮かばないであろう。
これは立身出世など、
人生を終えたときに肉体とともに置いていかなければならないものを
究極の人生の目標と勘違いし、目標達成に驀進し、
本来360度全方位様々な体験をして成長できる魂の可能性を
自ら閉ざす人生と言える。
要するに、経路、運命は決まっているのであるから意識する必要は全くない。
黙っていても進むようになってる。
心安らかに、流れに身を委(ゆだ)ねることだ。
まだこぬ未来を意識して不安感を抱いたり、
過去に囚われたりすると、
無駄なエネルギーを消耗するだけである。
渓流に浮かぶ木の葉は、傷つくことなく魚より早く流れる。
ここで重要なことは、やってくるありとあらゆるもの、
つまり自分以外の全ての外因にいかに対応するかである。
何に意識を集中するか、ここがポイントである。
我が子も、妻や夫も、両親も、兄弟も、つまり自分に関わる全ての人々、
また仕事や衣食住、目にする全ての景色等々、
ありとあらゆるもののうち「いま」「ここ」の瞬間の「外因」に、
意識を集中して、自分の体験とすることである。
これら全ての外因も自分と同じく、
それぞれ自由な目的を持ってこの世に存在して、
自分に関わって来ている。
それ故、その存在そのものを尊敬し、
我執を捨てて無の境地で接し、
ともに関わることができるという感謝で、
一体感を味わい楽しむことだ。
その一体感を味わうきっかけとなるものが、
路傍の一輪の花かも知れないし、
今となっては残り少ない太古からの自然林を無我夢中で縦走する時かも知れないし、
普段は見逃していた我が家の窓からの夕陽かも知れない。
あるいは、買い物に行ったスーパーのパン屋で偶然目があった
小さな少女とのあんパン談義かも知れないし、
まだ言葉を発しない赤ん坊のつぶらな瞳かも知れない。
これら日々刻々と現れる外因をありがたく感謝し、
ともに生きていると感じる体験と感動を通じて、
人生の本当の目的である魂の成長がかなえられるのであろう。
その時、これら外因とネットワークで結ばれている
宇宙の心源(こころ)が働いて、
ネットを通じ新たな外因がもたらされ、
あなたには潜在意識を通じて「気づき」が生まれる。
結果として新たな道が拓き、
運命が大きく好転する。
つまり人生が変わる。
別の観点から見ると、
決められた経路・運命から外れた時に、
新たな体験と気づきがやってくるのかも知れない。
不登校児問題なども、
エゴで汚染された現代日本社会に適応する人間を
画一的に大量養成している学校教育という固縛された経路・運命を、
感性の深い子供達の魂が潜在意識で警告し
変えようとしているのかも知れない。
悩む全ての人に、そのままでいいんだよ。ありがとう。
そして、今あるすべてに、ありがとう!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
メルマガ:心のビタミン(エッセー) http://www.emaga.com/info/heart21.html
北海道の四季(写真) http://groups.msn.com/jjt8khvnlvgq2ipf5spd2vq9r4
北海道の四季(写真)パート2 http://groups.msn.com/hearthul2006
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






