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2008年 12/27 ああ、エイペック…今夜も 洞爺湖の町に エコが灯ります(その二)

3月31日午後1時10分 有珠山噴火!

そして……
若狭芋工場の上を飛んだ約10秒後の3月31日午後1時10分、
その国道から噴火が始まった!!

地殻に産道ができたので『いよいよ噴火か…』と予期はしていたが…。
まさか、国道230号上とは…!!

『よくヘリが巻き添えを喰わなかった』とまずは一安心。

 だが、急遽、火口周辺の住民約1万人を緊急避難しなければ…。
急いで4階から3階の階段を駆け足しで下りて、7師団司令部に、

「緊急避難輸送!!!!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自衛隊、警察、消防、地元機関の密接な連携で全員が無事避難した
と安心していたら…何と

「兄が残ってます…。電話連絡ができません」

と現地政府対策本部の警察の島に中年男性が…。


 噴火したその夜には、偵察隊員が、
「路面のアスファルトに約20cmもめり込んでいました」と、
直径約20cmの小さな溶岩(火山弾)を持ってきた。

岡田教授によれば、「鉄と同じ堅さで装甲車の装甲もぶち抜く」とのこと。
そんな中、任務とはいえ、偵察隊員は裸同然のオートバイで回り、
監視態勢もしいているのか…。

「無理するなよ…!」


 こういう中で救助には、2台の装甲車が使われることになった。
連隊長と中隊長が自ら装甲車の指揮官として陣頭指揮。

装甲車の車長席でただ一人上半身を装甲から乗り出して指揮する。

命を落とすような危険な場所にはまず指揮官が…

《指揮官は常に指揮の要点に立つ!》

《隊員を先に死なせるわけにはいかない》

幹部として当然の心構えの行動である。
阪神淡路大震災や北朝鮮危機対処、
オウム等の一連の「実戦」を体験して言えることは、
この「心構え」こそ、他の組織と違い、我が組織最大の美点であり、
団結及び任務遂行の原点である、と痛切に誇れる。

 その装甲車が待機位置を出発した途端に、
「経路上異常なし!」の偵察隊からの無線。

何と、火山弾が落ちる中、オートバイで目的地まで先行、
経路上が無事通れることを偵察してきたのだ。

任務上当然の行為とはいえ、
とにかく無事救助できることを祈った…。

 やがて無事救出のニュースが流れたが、
この陰で働く偵察隊員等が脚光をあびたことはない…。

阪神淡路地震、地下鉄サリン事件、上九一色村オウム事件、
カンボジア・イラクPKO等々、部隊活躍の裏には、
名も知れず命を賭けて陰で支えて任務を完遂したものがいるのだ…。


 いずれにせよ住民約1万人を、一人の犠牲者も出すことなく無事救出して、
ホッとしたのもつかの間だった。

地表近くに溜まったマグマのわずか2%ほどしか噴火していないことがわかった。

 このため危険度に応じて区分した「危険地域」「立ち入り制限区域」等を
指定して封鎖しつつ、「いざ」という時に備えて24時間体制で、
緊急避難支援態勢を維持しなければならない。

地図を見ればわかるが洞爺湖そのものも、
かっての火山口に水の溜まったカルデラ湖である。

その南側の外壁の一部が有珠山である。
もし本格的噴火でこの壁が崩れたら洞爺湖の膨大な量の水が一気に太平洋まで…
想像するだけで背筋に戦慄を覚えた。

 完全封鎖は警察の仕事であるが、緊急避難輸送支援は自衛隊が主力となる。
即応体制を維持したまま、現場で待機しなければならない。

いつ、その時がくるかわからず隊員のストレスも蓄積するが、
今までの派遣にない思わぬ形の問題も起こる。

被害に遭われた方々からみると、
安全な地域での火山灰の撤去等を手伝って欲しいのに、
車の待機場所にいるだけでなかなか応じてくれないという不満が出る。

また、封鎖監視の網の目を抜けて、
危険地域の家に物を取りに行き、
自衛隊が緊急救出にでる事態も何度か生起した。

更に、長期化すると残した家畜等の世話等の問題も予期される。

 こうした状況を考慮し、二度目の緊急救出の直後に、
噴火はこれからが本番であり、
絶対に危険地域に立ち入らないことを住民に徹底するための記者会見を、
内閣安全危機管理監と相談し急遽おこなうことになった。

緊急記者会見

 実動部隊である警察、消防、自衛隊の代表3人の共同記者会見とし、
主管である警察代表がメインに発表、他の二人が補足説明することとしていた。

ところが趣旨に反し、思わぬ方向へ会見内容が流れ出した。
記者の関心は、直前におこなわれた救出劇にあったのだ。

視聴率獲得あるいは特ダネ競争を演じているメディア記者の特性を考えれば
それも当然だし、
岡田教授に記者会見をおこなってもらえば良かったのかも知れないが、
時すでに遅し。

質問は、救出された人の名前、
搬入病院等救出の具体的質問に集中された。

そして、これまでの前例なき政府現地対策本部活動の問題点が一気に噴出した。
もっともこれは「雨降って地固まる」の諺どおり、
じ後の活動正常化=ルール化への契機ともなったが…。
 

 まずその救出劇の実際の様子から述べなくてはならない。

 その前に、政府対策本部が立ち上がった当初は、
前述したとおり活動基準も一切無く、
各構成機関等の自己アピールの場となっていたことを
知っておかなければならない。

現地入りして間もなく、
対策本部を運営している内閣安全保障室のスタッフから午後6時の会議に、
「10分でもいいから、席に座るだけでもいいから出て欲しい」との要請があった。

スタッフは出向自衛官であり、気心もしれているので、
「意味のない会議を毎日定期的になんでするの?」と前日まで出席を断っていた。

「じゃ、一度だけ出るよ」と出席してビックリ。
なんと机の上に各機関が作った「日々行動要約書」なるものが山と積まれている。

そしてそのペーパーに基づき順番に説明が始まった。
実行部隊が、ほぼ24時間態勢、外で活動している間に、
霞ヶ関からきた官僚達は、得意の文書作成業務で「実績」を重ねていたわけである。

当然ながら自衛隊の作成した会議用資料は一切なく、
そのような「紙戦争」をする暇もない。

あとで会議出席を要請したスタッフが謝りに来たが、
文書作成の要員の差し出しを総監部に依頼せざるをえなかった。

何故なら、この会議の様子等がTV等で放映されるようになったので、
広報上の意味で大切と判断したからである。

いずれにせよ、立ち上げ当初はどうしてもこのように、
各省庁等のアピール合戦の様相を呈していた。


 こういう雰囲気の中で、前述したように装甲車2台で温泉街に救出に向かった。
その後ろに、全く調整なしに消防の車両が勝手に後を付いてきた。

火山弾の落ちる中、わずかな建物情報の手がかりから、
小隊長等の機転の利いた現地判断で当該家屋を発見し、
無事救出したと思ったら、
「別のところにもう一人いる」との情報も入った。

装甲車にはぎりぎりの人数の捜索要員も乗っており、
二人分のスペースの余裕がない。

そこでとりあえず、
救出した男性を後ろから付いてきていた消防の車両に委託して
病院へ搬送してもらい、
自衛隊装甲車2両は引き続き一軒一軒しらみつぶしの捜索活動を再開した。

やがて、もう一人いるというのは誤報ということが判明し、
全員無事引き上げてきたが、
こういうことが二度と起こらないように、
ということで始まった記者会見であった。


 記者が、救出された男性に関する質問をした途端に、
堰を切ったように消防の代表が、
滔々と自らが救出したかのように説明を始めた。

男性の名前とか搬入先病院名など消防しか知らないので、
彼の独断場になり、何のための記者会見かわからなくなった。

そこで、やんわりと関係者を傷つけないように、
私の方で救出の実際の状況を詳しく説明して記者会見を終了したが、
まさにアピール合戦を切実に感じるとともに、
目的達成感のない会見となってしまったことを、
安全保障室、警察の関係者と悔やんだ。

実は、消防は全国から集まっており、
実績を残しておきたいという地方意識がどうしても強かったようで、
このようなことが立ち上がり時に目についた。

それ故実動3部隊の間で、警察と自衛隊が共同の緊密度を増す中、
消防に対する不信感が当初醸成され、
救出活動等も消防には知らせなかった経緯もある。
 

雨降って地固まる

その記者会見が終わり、現地対策本部のわが島に帰ると、
通信要員が自主的に持参したパソコンのインターネットを開いて、
消防のサイトに救出の特報が載っていると教えてくれた。

見ると、特報1号、特報2号…とまるで自分たちが救出したように載せている。
さすがにこれにはそれまでの鬱積もあり、私も「キレた」。

内閣安全危機管理監のもとに行き、
「これから消防を怒鳴りあげます。理由はこうこうしかじかです」と申し出ると、
管理監もにこにこ顔で「どうぞどうぞ」。

 その足で消防の島に行き、
責任者に「き・さ・ま・あ!!鳶が唐揚げかっさらうまねしやがってえ!!」と
怒声を浴びせた。

現地対策本部は大部屋に管理監以下、
全ての機関等が島を作って入っている。

それまで雑然とした音が聞こえていたが、
一気にシーンとなり、全員がそば耳を立てている。

その創設以来初めての静粛の中で、
何故怒鳴っているのか、説明した。


 その後、消防庁のホームページから有珠山関連の記事は消えた。

それにもまして、この一件での最大の成果は、
自己組織のアピールのための勝手な行動が無くなったことである。

特に、24時間同じ空間を共有していることもあり、
これを機に、様々な島同士で本音で話し合えるようにもなった。

もともと救援という同じ目的で集まっているので、
いわゆる「同じ釜の飯を食う」運命共同体としての意識も芽生え、
普段の業務ではできないこともスムーズに行えるようになる。

雁の群れが、一人のリーダーのもと、
全体として融合した力を発揮する、
いわゆる「波動の場」ができるのであろう。

その一例が、急遽救出した約1万人への
自衛隊非常携帯食料(缶詰等)の供与である。

これは規則で1日いくらまでと決められていて、
1万人分となるとその規制量を遙かに超える。

もし通常の手続きをすれば、
防衛省(当時は防衛庁)から財務省(当時は大蔵省)へ許可を得なければならない。

通常の官僚間の手続きならば、何ヵ月かかるかわからない。
ところが同じ部屋にいる島同士で調整してすぐに供与を決め、
その手続き等の処置は中央に報告して任せた。

これなら中央の手続きがいくら長くなっても、
実活動は問題なく、被災者のために即実行できる。


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