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2008年 11/12 春の三岳山散策・・・パラレルワールドの中で(その三)

[道を外れて見える真実]

 左折するとすぐにロックガーデンの渓流を最後にまたぐ小さな木橋がある。
橋の上から新緑を見透かして渓流を真上から撮るのにいい位置である。

しかも橋の下流30mぐらいのところから水がにじみ出ているのが見えた。
つまり、ロックガーデンひいては大海につながる命の循環の
源を見ることができるのだ。

 橋を渡れば右に折れて、
上高岩山~サルギ尾根~大岳山と続く尾根道に交わるアクバ峠まで、
やや急なつづら登りの山道となる。

徐々に標高が上がり、谷を見下ろせるところまで来ると、
新緑の絨毯の中に鮮やかなピンク色の山桜が一本だけ残っているではないか。

今年は撮影を諦めていた山桜が、
思わぬこんなところで撮れるとは…。

更に登ると広葉樹林の中に可憐な山ツツジが現れてきた。
人の手の入ってない証拠であろう。


 14時50分、アクバ峠に出て右折。
しばらく稜線道を登ると、大岳山へと案内のある三叉路がある。

まっすぐ進めば標高1266mの大岳山にいけるが、
時間もなく今回は右折し、帰路に着く。

ここでも山道が広い。
御岳山の標準幅なのか?

このままこの道を下りれば、長尾平の三叉路に出るわけである。
ところがその半ばぐらいのところで、
鍋割山、奥の院へと道案内のある三叉路の分かれ道があった。

躊躇なく分け入る。
やっと山にふさわしい小道を稜線まで登る。

稜線道に出ると、西側の急斜面の雑木林の中で鮮やかに山ツツジが咲き誇っていた。
28~300ミリのズームレンズを付けている一眼レフに大いに活躍してもらう。

稜線道はやはり気持ちいい。
山歩きの実感を強く感じる。

 15時15分、標高1084mの鍋割山に到着。

「あなたは? 山と恋人を愛する人 山と良心を汚す人
            空き缶・ゴミ、恋人も捨てないでね」

という看板があった。

思わず御岳山の里の人々の人間力に唸った。
そういえば、御岳山はどこを歩いてもゴミがない。

御岳山の主の霊験か、里の人々の人間性のよさなのか。
あるいは表現を変えれば、場の波動がいいのか。

 更にごつごつした岩の稜線道を標高1077mの奥の院へ向かう。
すると西側の急斜面の山肌一面に可憐な小さな淡いピンク色の花が生えている。

東三河の弓削山脈稜線で見たキノコのように、
山そのものから生えている。

自然落葉樹の落ち葉と、
強い日差しを遮り夏の乾燥を防ぐ自然常緑樹、
さらに標高1000mの山の気が合わさって
長年の歳月が生み出したのだ。

ここでも重いが一眼レフを持って来た甲斐があった^^;

 また稜線道は急峻なくさり場もあり、
久しぶりに山歩きの醍醐味を味わえた。


 そして何よりも自然と人の関わりについて改めて考えさせられた。
なぜなら稜線は様々な境界となっている。

境界とは所有という我と我のぶつかり合うところである。
境界線内は、所有者の思いがそのまま形となって現れている。

特に稜線道を境にして、片や自然広葉樹林、
反対側は人工針葉樹林のところにさしかかると、
人と自然について様々な思念が浮かんできた。

言うまでもなく自然広葉樹林は森の命の宝庫であり、
人工針葉樹林は死の森に見え、あまりに対照的である。

これまで写真に納めた鮮やかな新緑、豊かな水流を誇る渓流、
山桜、林間に咲くツツジ、地に咲くピンクの花などは
全て自然広葉樹林の命の結晶である。
 

改めて考えてみると関東平野に自然の広葉樹林はない。
緑地も全て公園等人工のものである。

日本最後の自然の島・北海道も開拓前の明治初期頃までは原生林の島であったが、
今では自然公園、特に知床半島ぐらいしか太古からの自然は残っていない。


これまでのほとんどの人類の経済活動、
すなわち自然に価値を置かず、
「目先の今・お金・自分だけ」の物質的な豊かさを優先した文明の進化につれて、
地球生命の源の自然林が消えていった。

ちなみに酸素だけ見ても、
大木10本で大人一人分の酸素を供給する。

2000万人近い首都圏は、
周辺の自然地帯からその必要な酸素のほとんどを奪って成り立っている。

コンクリートジャングルの都会生活が息苦しいのは酸欠状態であり、
まさに波動的に正直な肉体の心の奥からの叫び、メッセージかも知れない。

 
もし今、人類が何らかの原因で滅びると、
緑豊かな美しい地球に徐々に還元し、
1万年後には高層ビル街も跡形がなくなり、
人が存在していた兆候が一切残らなくなるという。

ピラミッドは反重力という現代科学を超えた先史超文明が築いたと思われるが、
その高度文明も約1万2千年前に、自らのエゴで壊滅したと伝えられている。

エジプト地方は今でこそ砂漠地帯だが、かっては緑豊かな森林地帯であった。
急激な人口集中に伴う燃料としての無秩序な森林伐採が砂漠化を招き、
森の消滅とともに人も住めなくなった。

つまり、幾何級数的に急増した自然に対する文明の暴走行為で壊滅した
と言われている。
ただ1万年以上の自然の浄化作用で現在何も兆候が残っていないのだ。
 

今の我々も同じ轍(てつ)を踏んでいる。
このままだと統計上客観的に考察すると、
あと数十年で今の文明は滅びるしかないのではないだろうか。

ただし我々は、次世代の霊的に進化するであろう新人類に、
地球を完全に自然の状態では残せない。

人工的に作り出した原子力発電所等から生まれる
人工の核放射性物質プルトニウム239の半減期は、
2400万年と超長期である。

現代科学で全く処理されないまま、原子力発電所の急増とともに、
未来の人類にとんでもない負の遺跡を今も増やし続けている。

これこそ現代エゴ文明の象徴である。
本当は、フリーエネルギーがいくらでも空気中から取り出せるのに・・・。


 15時40分、奥の院の頂上からクサリ場を下りたところで、
広葉樹と針葉樹が混ざっている地域に出た。

おりから、チ・チ・チ・チ、ツーハ・ツーハ、ホーホケキョ等々
様々な森の小鳥の歓迎を受けた。

見ると針葉樹林は各植林がキチンと枝打ちされ
刈り取った枝も肥やしになるように綺麗に置かれている。

またその間で自然の広葉樹が繁殖している。

思わず、そうか!自然と人間との共生だ!
という言葉が心の奥から聞こえた。


 16時、樹齢推定350年の「天狗の腰掛け杉」の三叉路まで下りる。
「イラストマップ」に印された青色で示された周遊道に戻ったわけである。

 時間にしてわずか2時間弱の予定外の余分な散策であったが、
極めて貴重な体験の2時間となった。

もし示された経路をそのまま淡々と歩いていたら、
数々の自然美との出会いもなく、
そして何よりも人と自然の共生などの深い想念は浮かばなかったであろう。

一見、回り道で無駄なように見えるが、
決まり決まった道を、自らの意志で外れて歩んだからこそ、
このように自然の中での瞑想的体験を味わうことができたのである。

人生も同じかもしれない。
受験の失敗、失恋、仕事のトラブル、ボランテア活動、
異業種間の積極的な人間関係の構築等々、
様々な一見余分・無駄!?と思われる体験を通じ、
魂が磨かれていく。


[最初の疑問の解答を見る…山の民の逞しさ]

 このような感慨・思いを持ちながらはじめに示された道に戻ると、
改めてよく整備が行き届いた自然歩道だと感心する。

ゴミも一切ない。

 ところが…最初の長い階段道へ下りた三叉路のところまで戻ると、
ガム等の包装を開けるときに最初に取り外す小さなビニールのテープと
それに付着したビニール包装の一部が歩道上に落ちていた。

やはりこういうポイ捨てをする輩もいるんだと憐れむとともに、
御岳山の主に詫びて拾ってポケットにしまった。
 

そして16時半、今回の撮影の締めとして、
これまで歩いてきた奥の院等の山並みの撮影のため、
誰もいなくなり山の静けさが戻った長尾平にポツリと一人入った。

…そして愕然とした。

なんと先ほどの素敵なカップルが食べていた野外ベンチ等の周辺には
弁当の紙くずやペットボトルが散乱しているではないか・・・・!!

 一人ではどうしようもないので、
ペットボトル一つを全てのゴミの象徴と見たてて拾い上げ持ち帰ることにした。

そして山の主に誠に済まないと詫びるとともに、
自分の心の中の何が悪くてこのように平気でゴミを捨てて帰るのか、
その自然を破壊するエゴの部分を取り除いて無にしてもらうように
山の主を通して宇宙心に頼んだ。

こうして薄暗くなりかけた周遊道を帰路に着くと、
軽快なエンジン音が後ろの方から響いて来た。

な、なんと子供のレースカーのような4輪のブギーカーに
大の大人が乗って来るではないか。

そしてよく見ると大きなゴミ袋を持っている…。

そうか!!そうだったんだ・・・!

 観光客が帰った後、こうして山の民がキチンと掃除をしているのである。
それでバギーカー用に自然歩道も広いわけである。

やっと山入りしたときからの、
つまりこのエッセイの冒頭の謎が解けたわけである。

 
まるで、札幌雪祭りの大雪像の化粧直しと同じだなあ、と感心した。
毎年約200万人が感動する大雪像も、
すべての観光客が帰ったあとの深夜、
零下10度を超える厳寒の中で、
昼間に壊れたり、溶けてしまったところを隊員が手作業で化粧直しをする。

その雪も、それぞれの雪像にあったものをニセコの山奥から運ぶ。
制作者のこの人知れず行われる「思い」「誠」が雪像そのものの波動を高め、
イヤシロの場を作っているのだろう。

 
改めて、数千年、あるいは数万年にわたり綿々と三岳山の自然を守ってきた
山の民の方々に感謝した。

実は、これこそ人と自然の共生の日本文化の原点なのである。
それは古くは縄文時代までたどることができる。

実は、縄文時代こそ、土つまり自然との共生を1万年も持続させた、
争いのない世界人類史唯一の文明なのである。

それが飛鳥文化、平安文化から江戸文化と綿々と継承されてきた。
特に江戸は、現在の六義園や後楽園のような大公園が300~400個、
中規模の公園も3000~4000個もある世界史上唯一の楽園都市であった。

それ故、明治維新前後に日本近代化のため教官としてやってきた
欧米人約4000名の中の英国人ハリスが、
「我々は、このような楽園都市に西欧の毒を持ってきてしまった…」と
書き残したのである。

 つまり明治維新以降、本来の自然との共生を忘れて、
船井幸雄さんの指摘する
「今だけ、お金だけ、自分だけ」の
エゴ意識が蔓延してきたところにすべての問題があると思われる。

 ちなみに我が郷里愛媛の最南端の一本松町広見の岡駄馬(おかんだば)常会でも、
春の節句になれば部落の守護神の標高200mほどの
「山の神」の中程に作られた相撲場に、
全家族が重箱に年一度のご馳走を詰めて集い、
子供の奉納相撲をしていた。

多分全国どの集落も同じだったと思う。

それが今では子供は、
受験競争で自分だけの成功のための塾にしか集うところがない。


 店じまいをしている土産屋さんにボールペンを返しに行くと、
貸していただいた女将さんはいなかったので、
くれぐれもよろしくと感謝の言葉を残して、ケーブルカー駅に向かう。

途中改めて、集落の各宿坊を眺めてみると、
軒下に小型車やバイクが置いてある。

ケーブルカーの麓の滝本駅からの歩道は、
実は地元の山の人々には、生活自動車道でもあるのだ。

思わず、山岳信仰を観光資源として生きてきた山の民の逞しさを感じた。
まさに、人間文化を高めながら自然と共生する生き方の原点かなと心で唸って、
三岳山を後にした。

列車への乗り継ぎ時間を利用して、
JR御嶽駅前の多摩川渓谷に下りると、
若者が渓流カヌーをまだ楽しんでいた。

多摩川の清流を無心に楽しむ若者をレンズで追いながら、
願わくば、この清流がいつまでも未来の子供たちに残ることを祈った。


[エピローグ]

 三岳山から下山して三日後、
もの凄くリアルな夢を見た。

夢と言うより、
瞑想しながら未来の映像を凝視した感じだ。

 それは、未来のアメリカ社会で働く夢である。

 何年後か…2000年後という数字が頭をよぎった気もしたが、
いずれにせよ現代文明が崩壊し、
生き延びた人々は言葉さえ忘れ、
ただ動物のように唸るだけである。

その中で、声による意思伝達や言葉を思い出す
トレーナーとして私が仕事をしている。 

 何がこの文明の崩壊をもたらせたのか究明し、
個人の心の中の「悪」感情を取り除こうとする。

そのために、心の悪いところを黒いボールのように纏めて、
呼吸とともに体外に吐き出させる。

数名、個人的にこれを行うと非常によくなった。

 ところが…。

周囲の人々を見てびっくり。
自己を責めすぎて、自らの肉体を傷つけ、
まるでブロイラーの肉片のようにまでなっている・・!
 

その時、未来の自分と、
今寝ている自分の心が一つにつながっていることがわかる。

そして、「必ずよくなる」という「確信」だけが、すべてをよくする
ということがわかり、未来への自分へも伝える。

そうすると、自己嫌悪から解放され、
人々の心の錆びた鎖が外れ、
徐々に人間としての言葉が蘇ってきた。

 
 未来の自分も今の自分も、実は同時に存在している。
 多次元のパラネルワールドである。
 皆同時に存在する。

 ただ周波数が違うと別のTV局の現実となるように、
お互いが認識できてないだけである。

その中で、3次元の肉体を持つ今の自分の心が、
その他の次元の自分の現実を作り出している。

だから、「今」よくなるという「確信」を持って生きることが一番大切である。
そのような「確信」を教えてくれた夢であった。


 今、地球人類は、文明の岐路を迎えている。
次元上昇するか、さもなければ滅びるか。

しかしそれは現象の一断面を述べているにすぎない。

実は、それぞれの個人の人間度=波動の高さに応じて、
その心のレベルに応じた次元の未来へ進むと思われる。

心、つまり人間性の高くならなかった人々が、
夢で見たように、1万2千年前の地球のように、
原始時代から再スタートする。

心の高まった人は、半霊半物質の、
いわゆる聖人の高度な霊的社会へ移行する。

 ただどのような次元へ進もうと、
そろぞれが今の地球から連続的につながった一つの流れとして、
それぞれの唯一の歴史を持つであろう。

それ故、パラネルワールドなのだ。

    【どちらの道を歩むのか?
        その秘訣はただ一つ
          あなたが抱く「今」の「確信」】

 多分、三河吉祥山登山から守護霊としてついてくれている吉祥山弁天と、
三岳山の主が協力して、この霊夢を通じてメッセージを送ってくれたのであろう。

改めて三岳山の主に感謝したい。

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