2008年 11/10 春の三岳山散策・・・パラレルワールドの中で(その一)
春の御岳山散策
パラレルワールドの中で・・・(その一)
プロローグ
5月1日、連休の中日(なかび)、
つまり子供達の登校日に、奥多摩の御岳山(みたけやま)の撮影紀行に行く。
3月下旬に東三河の豊川市での単身赴任を解消し、
埼玉の家族のもとでの初めての自然探索である。
関東平野に手頃な太古からの自然が全く残っていないこともあるが、
実はこの御岳山以降現在に至るまで自然写真紀行には行っていない。
だから写真HP「北海道の四季パート3」に御岳山の写真を載せたまま、
肝心のエッセーを11月に入った今頃まだ書いている状況である。
ひょっとすると今年の写真紀行はこれが最初で最後になるかもしれない…。
というのは、物理的いや心理的!?に時間がとれないのである。
週末は、三男悠人中2の野球支援を最優先する。
特にこれからは、全国大会の予選に向けてほぼ週末ごとに試合が続く。
平日の出勤も朝5時半起床、6時前自宅出発なので、
どうしても夜は早く寝なくてはならない。
要するに昔の軍歌ではないが、
「月月火水木金金」の海軍生活並みの生活で、
パソコンキーをじっくり叩く心の余裕がないまま現在に至っている。
もっとも読書は飛躍的に進んでる。
今年は「年百冊」を目標に掲げているが、
往復3時間の電車痛勤時間帯が読書タイムとなり、月10冊ペースで来ている。
大学時代から読書ノートをつけ、
最後のページに毎年の読書数を棒グラフで表し、
その上に生涯トータル数を折れ線グラフで描いている。
今年は間違いなく棒グラフの最長不倒
つまり年の生涯最高記録を樹立することだろう。
とはいえメールなどは打っているので、
要は零細時間の活用など「意識」の問題である。
そこで1年内に2冊目の本を出版することを決めた。
原稿としては、日本人の心・自然との共生をテーマとした
東三河山地での紀行記が400字原稿換算で500枚以上はある。
ただし、とある出版会社の社長からエッセーは著名な作者でないと全く売れない
と言われ、現在はお蔵入りの状況である。
そこで犯罪社会学者であり作家でもある北芝健さんの助言もあり、
商業ベースになる本を書くことに決めた。
9.11テロあるいは現代情勢等をマインドコントロールと
意識改革の切り口で分析するというだいたいの構想は決まったが、
その前に二つのエッセイを仕上げなければならない。
一つはこの御岳山紀行記である。
もう一つは、通勤電車の中で夏の洞爺湖でのサミット会場の写真を偶然見た時に、
かって有珠山噴火災害派遣の際、
国としても初めて政府現地対策本部を立ち上げた当時の実体験を思い出し、
それらを重ねて描く予定の「ああエイペック(仮題)」である。
両方とも頭の中では構想はできている。
それ故、どちらを先に書こうかと迷っているうちに日々の惰性に流され、
メルマガには簡単なその場しのぎの小エッセイを即興で作って流していたわけである。
今回、窮鼠猫を噛むというと大げさだが、
自ら書かざるを得ない状況に追い込んで、「意識改革」を図った。
このようなわけで、半年遅れで今からこのエッセイができあがっていくわけである。
何故御岳山か?
人生において出会う事象に偶然はない。
全て必要・必然・ベストのことが起こる。
五月の連休前、自然探索にどこかいい場所はないか、
地元情報に詳しい庶務の大内さんに聞いたところ、
教えてもらったのがこの御岳山(みたけやま)である。
彼女がかって東京地方協力本部の立川出張所に勤務していた頃に、
御岳山の武者行列を支援したことがあったらしい。
私の前任地で、豊川稲荷の大嘗祭(だいじょうさい)の御神輿(おみこし)支援に
若い隊員が出るのと同じで、
御岳山の伝統行事も少子化・人手不足に悩んでいたらしい。
でもそのお蔭で私の今回のこのエッセイ誕生につながったわけである。
御岳山は、第10代嵩神天皇(西暦紀元前90年)時代に創建されたという
太古からの関東一の霊場である武蔵御岳神社を中心に、
山の自然と、歴史のある建物・町並みが楽しめる。
位置的には奥多摩、
すなわち東京の最西北端の奥座敷にあたる。
中央日本を鳥瞰図的に眺めて見ると、
地形的に諏訪地方を頂点として奥三河と奥多摩を底辺の頂点とした三角形ができる。
古代からの情報拠点あるいは場を形成する波動の発信源という観点から見れば、
諏訪(山)大社、本宮山砥鹿(とが)神社、御岳山武蔵御嶽神社の代表的な3社で、
創造の象徴のピラミッドが形成される。
日本列島は、地殻形成期に二つの島がぶつかってできたという。
その境界が、阿蘇山~四国吉野川~紀伊半島中央~豊川(奥三河)~
諏訪~奥多摩~鹿島灘を連ねる日本最大の活断層である中央構造線と思われる。
太平洋プレートが今でも年に約10cmのスピードで日本の方へ動いている。
その上に乗っているハワイ島もやがて日本領になるわけだ。
この圧力が日本アルプスなどの山岳地帯を生み出した。
世界的に見れば、インド島の南からの衝突のエネルギーで
世界の屋根のヒマラヤ山脈が形成された。
奥三河~諏訪~奥多摩の渓谷は、南からの島がぶつかった最先端、
つまり最も地場エネルギー、
つまり生命エネルギーが蓄えられているところと思われる。
3年前、豊川に単身赴任したときに、
奥三河の自然美、場の力に引きつけられるように山中を縦走し、
都会生活で忘れていた、
人間にとって命の根源である自然との共生を思い出すことができた。
そして今回、再び都会生活に入って初めての自然探索で、
ピラミッドの底辺の奥三河とは対象点である奥多摩の御岳山が、
共時性の場の力で無意識に、
かつ必然的に選ばれたわけだ。
この流れでいけば、将来きっと諏訪地方の自然探索エッセイができるであろう。
ところで最も強いエネルギーがあると思われるピラミッドの頂点の
諏訪地方への道という観点から見れば、
奥三河と奥多摩は、二本の参道の入り口に当たる。
実は、それぞれの参道を挟むように、
史記以前の遙かいにしえから続く二つの神社が建てられている。
まるで境内の「あ」・「うん」の狛犬のようである。
奥三河では本宮山砥鹿神社(あるいは霊山としての鳳来寺山)と
秋葉山大社が東西に並び、
奥多摩では御岳山武蔵御嶽神社と大山阿夫利(おおやまあふり)神社が
南北に並んで、それぞれ経路の門柱となっている。
この観点からごく近い将来、
大山阿夫利神社周辺の散策エッセイができそうである。
ちなみに富士山はこのピラミッドの内側中心点からやや東よりに位置する。
列島形成後の火山活動によりマグマが吹き出してできたものである。
これは約1500万年前の奥三河に、
かって存在した4000m級の奥三河火山に相当する。
奥三河の山々は、マグマの圧力でできた古い地層のひびに溶岩が垂直に貫入噴火し、
その大火山の基底部が残ったものである。
富士山の霊場が強いのもこの圧縮された地殻エネルギーの賜と思われる。
観光スポットとしての御岳山
御岳山は、秩父多摩甲斐国立公園の表玄関にあたり、
標高929mの山頂の武蔵御嶽神社を中心に、
2000年以上も前から国作りの霊場として、
山岳信仰の修験場として、あるいは鎌倉武将の祈願の地として、
更に江戸以降は民衆の信仰の場として栄えてきた。
それ故か交通の便が極めてよく、
現在はJR青梅線御嶽駅からバス、ケーブルカー、
リフトを乗り継いでわずか20分ほどで山頂の大展望台駅に到着する。
もっとも徒歩コースも整備されており、
JR御嶽駅から約2時間半ほどで山頂に登れる。
ただし今回は登頂以降の散策が目的なので、
現代の利器の交通機関を最大限活用した。
山頂の御岳山駅から神社に向かう参道には、
土産店や食事処が集まり、
更に20数軒の茅葺き屋根の宿坊などがある。
また霊場であったが故に古木が残っており、
標高407mのケーブルカー滝本駅から一気に山頂まで来ると、
雑踏の現代コンクリート社会から
一気にノスタルジックな桃源郷に入り込んだ感覚を味わうことができる。
また山頂からの眺望が良く、筑波山、都心の高層ビル、房総半島、
横浜ランドタワーまで遠望ができる。
冬の透明度の増すときなどに夜景のスポットとして最適と思われる。
更に観光地としても開かれた山頂部分には、
次の三つのコースが用意されている。
① ロックガーデン1周コース
三つのコースの最も西、つまり御岳山駅から一番奥のコース。
門前の土産店を越えた長尾平からロックガーデンを1周。約4.3km。
2時間30分。ロックガーデンは「東京の奥入瀬」とも言われる美しい渓谷。
岩肌に咲く可憐な花を眺めながら滝めぐりや渓流歩きを楽しめる。
秋の紅葉や、冬の幻想的な雪景色も魅力。
② 日の出コース
武蔵御嶽神社から一つ南の頂の「日の出山」までの稜線道を往復するコース。
約4km。2時間30分。日の出山頂からの展望は素晴らしく、
空気の澄んだ季節には都心部や関東平野を一望できる。
そのまま日の出山を下りて吉野梅郷や、
つるつる温泉など近隣の名所へも足をのばせる。
③ 大塚山1周コース
御岳山駅を下りてすぐのコース。
富士霊園地から大塚山1周のコース。約2km。40分。
明るい尾根道をのんびり散策できる。初心者の方にもおすすめの手軽コース。
春は華やかな三つ葉ツツジ、夏はコアジサイやレンゲショウマ、
秋には美しい紅葉をご覧いただける。
以上をあらかじめネット情報で確認した。
北海道の四季(写真)パート3 http://groups.msn.com/hearthul2008






