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2007年 12/17 実録、弓張山系完全縦走・・・その二

14時05分、本坂峠に到着。
ここは旧姫街道が峠を通っている。
姫街道とは、江戸時代の徒歩時代における、
主要街道の別ルートの一部に対する呼び名である。

本街道に峠・川越などの難所あるいは厳しい関所などがあった場合に、
それらを避けるための別ルートが選ばれた。

本街道と比べると人通りも少なく、
犯罪に巻き込まれる可能性も少なく、
警備も楽であったという事情もあった。

このためこれらの理由から女性旅行者が選ぶ道というイメージがあったことから
「女街道」「姫街道」と呼ばれたようである。

本坂峠を越える姫街道は、
御油宿(愛知県豊川市)から見附宿(静岡県磐田市)を結ぶ東海道の裏街道である。

浜名湖の北を通り、別名本坂道、本坂通りとも言う。
東海道新居関所の厳しい取締りを嫌った女性が多く利用したため
この名前があるという。

峠には旧姫街道を示す看板もある。
その台に腰掛けて30分まで大休止することにする。

実は、峠に下りる頃から軽い頭痛がしてきた。
体に熱がこもってきているせいかもしれず、

靴下まで脱いで涼をとる。
おにぎりも美味しく感じなくなる。

食べないとバテるのでお茶で一口づつゆっくり流し込む。

ここで縦走を終了して姫街道を西に下れば、
約10kmで官舎に着く……と思わず心に浮かぶ。

14時半、汗もかなりおさまり、南下再行。

10分ほどで大山社(頭浅間または上浅間社)の小さな祠に達する。
社の前の稜線に沿った参道の両脇には奉納された幟(のぼり)が立ち、
一番奥つまり参道の始めは大きな石畳のような岩の上になっていた。

祠には大山祗命(おおやまつのみこと)、
つまり山の神様が祀られている。

今でも祈願奉納料1本二千円ほどの幟が
参道脇に列をなして立っているということは、
かってはかなりの賑わいがあったと推察される。

この辺り一帯は、
常緑高木のアカガシ林が自然群生している。

木々の間には、
落ちたドングリからもう数十センチになった若木が
稜線道の脇にも何本も生えていた。

出会った瞬間「リバース」という言葉が頭に浮かんだ。
豊かな森は、常に自力で再生している。

大山社をすぎると標高427mの通称烏帽子岩を通り、
15時10分標高410mの高台にある大きな割れ岩である「富士見岩」に到着。

静岡県側の尾根は、
ここから三ヶ日町から湖西市になる。

富士見岩は、古代の何かの儀式の石舞台の雰囲気がある。
位置からみて本宮山を中心にした古代国家に関わる遺跡かも知れない。

岩の上からは天気がいいときは富士山を眺めることもできるという。
しかし東の空が霞んで遠望が効かず、
時間も迫ってきているので岩の写真だけ撮って通り過ぎる。

この辺りから体にまた熱がこもり、
やや吐き気もしてきたのである。

ここから稜線が南西と南東に別れている。
チャンとそれぞれに案内板が出ているが、
持っている2.5万分の1の地図には、
案内板に書いてある地名がない。

コンパスで位置と方向を確認して南西の稜線に進んだが、
キチンと地元情報の載った地図を用意すべきであったと反省した。

15時40分、森のトンネルから急に人工的に開けた草原に出た。
大知波峠である。

平成元年から湖西市が発掘調査し、
やや東に下った一帯に、
約3ヘクタールの広大な敷地を持つ幻の山岳寺院
「大知波峠寺」があったことがわかった。

ただし文献・記録など一切残っておらず細部は不詳である。
発掘後、遺跡跡として綺麗に整備されていて、
自然歩道に沿って小さな陶製の愛嬌ある様々な仏様も置かれている。

また遺跡調査のお陰で東側の浜名湖の眺めが素晴らしく、
写真に撮る。
ただし遺跡跡を散策する体力・気力はもうない。

ここで15分草原に足を投げ出して休み、
4個目のおにぎりを食べる。

まだ2個残っているが、
実は今回はこれ以上食べれなかった。

水は500mlペットボトルにカテキン茶など4本持ってきたが、
ついに最後の4本目に口をつける。

15時55分、気力を振り絞って南下再開。

4時を過ぎると陽も徐々に西に傾いて緑のトンネル内も薄暗くなりはじめた。
時間的に明るいうちに二川駅まで達するのはかなり難しいと悟る。

何よりもスピードを上げると頭が痛くなる。
それとともに、頭上から「ブーン」「バチバチ」
という人工的な嫌な音も聞こえだした。

この辺りから高圧電線が稜線に沿って構成されていて、
そこからの音である。

高圧電線は、鉄塔付近が整地されているためその周辺の視界はよいが、
やはり他の先進諸国では癌などの原因になると指摘されている
電磁波がかなりで出ていて、
体が本能的にそれを感じているのかもしれない。

暗くなってもこのまま二川駅まで歩き続けるか、
途中で西の豊橋市方向におりるか、
まだ決心がつかないうちに
標高400m前後の稜線を歩いていくと、
石巻山への分岐点を過ぎた辺りに、
枝がギザギザに複雑に成長しているイヌツゲの群生林に入った。

まるで魔法の国の森の中を歩くようで感動する。
しばし頭痛を忘れてデジカメで写真に収める。

これだけ暗くなると、
カメラバックを軽くするためにストロボを置いてきたEOS1vHSは
使いようがない。

歩道の東側は大知波国有林の自然林なので、
稜線近くまで深い緑の樹林が続き、
なおさら薄暗く感じる。

分岐した尾根が西の赤岩寺方向に流れている赤岩尾根を過ぎ、
標高400mの三角点を過ぎると、
あとは下りだけになり、
16時40分「多米峠」の下に「265m」と書かれた看板のある平坦地にでた。

机と長いすが一体となった野外用ベンチもある。

気分も悪くなったので、
上着、登山靴、靴下まで脱いでベンチに横たわり、
タオルに貴重な水を湿らせ頭を冷やしながらしばし休むことにする。

すると頭上の高圧電線から大きな「バチバチ」という
火花を散らすような不気味な音が聞こえてきた。

朦朧となった頭の中で、
『ふだん街で見かける高圧電線もこのような放電にともない、
かなりの電磁波を出しているのだろうなあ…。
都会生活の喧噪でそれが聞こえないだけだ。
ドイツでは人家の近くを高圧電線が通るのを禁止して地下を通していたなあ。
埼玉の自宅のマンションや小学校の上にも高圧電線が通っているけど、
引っ越した方がいいだろうなあ…。
でもマンションのローンもまだまだ残っているし経済的に不可能だなあ』

『確か高圧電線の送電中に電力の30%ぐらいは損失する。
本当は各家庭に太陽光発電機や風力発電機をつけた方が
はるかに経済的で環境にもいいという論文もあったな。
でも大企業利益優先の国造りの日本では
そういう本当の情報も流れないのだなあ』
などうつらうつら考える。

20分休んだのち、かなり薄暗くなったこともあり、
今回はここまでと諦め、
「多米峠から西の豊橋市方向に下りる」と決心する。

ただし持っている地図には西側に下りる点線道がない。
看板の「265m」を見て、
多米峠まであと265mなんだなと判断して17時峠に向け出発する。

歩きはじめて、
峠まで下りのはずなのに、
また登りとなった。……!?。

『そうか!さっきの看板は、多米峠で標高が265mだったんだ!!』

そうである。
多分軽い熱中症にかかっていて、
正常な認識力がなくなっていたのである。

しかも豊川自然歩道の支線などがちゃんと入った地図を持っておらず、
疲労困憊の中で誤判断の大きな要因となった。

しかし登りはじめた以上、
次の西側に下りる点線道まで行こうと再決心。

17時45分、標高325mの神石山までたどり着いたところで、
地図も灯りがないと見えなくなる。

もともと自然と同化しながら歩くのが好きなので懐中電灯などは持ってない。
タバコも吸わないのでライターも持ってない。

もっとも自然歩道等山の中はタバコなど火気は一切厳禁である。

今から思えば無謀であるが、
この時点では「この際予定通り二川駅まで歩こう」という思いも湧いていた。

しかし携帯電話も電池切れしている。
非常電話もあるかもしれず、
とにかく「豊橋市におりなければ」というまともな判断がまさった。

しばらくいくと「普門寺へ」という案内板が出ている。
勝手に豊橋市側の麓のお寺と思いこみその自然道を下りることにする。

自然道は途中から階段状になっており、
古い御堂横を過ぎたのち18時10分、
ほぼ真っ暗となった普門寺の境内におりた。

幸いベンチがあり、
ここで最後のおにぎりを食べようとリュックを下ろし座ったところで、
目の前の大きな鳥かご?の中から大きな犬が立ち上がって、
凄い勢いで吠えだした!

夜は無人となるので番犬が置かれていたわけだ。
仕方なく、犬に追われ寺を出て街の灯りの方に進む。

でも、放し飼いでなくてよかった^^;

お寺から徐々に離れると、
左手に下りてきた本稜線から枝分かれした短い山並みのシルエットが
星空に黒く見える。

位置関係からあの稜線の向こう側が葦毛湿原だなと勝手に思いこむ。
歩く前方に見える大きな街灯りが豊橋市なので、
しばらく行くと路面電車の東端の駅に着くはずである。
そこまでのんびり歩くしかない。

右手の刈り取られた水田の中に四国愛媛の実家と同じような稲木があり、
今日最後の撮影をデジカメのストロボ撮影で行う。

暗闇の静けさの中で虫の声が気持ちよい。
途中で下りたとはいえ、
朝7時からよく歩き続けたと満足感も湧いてくる。


そして大きな道に出て、道端の大きな看板を見てびっくり!!
「ようこそ湖西市へ」と書かれてあるではないか!

道脇の街灯の下で地図を拡げ、あわてて位置を標定する。

『あれ!?普門寺って、東側の静岡県側じゃないか……!』

完全な思い違いで、東側の静岡県側に下りていたのである。
稜線が神石山から南西と南東に枝分かれしていて、
普門寺はその股のほぼ真南に位置している。

縦走後、
豊橋市の東端とはいえ、
本稜線の東側つまり静岡県側の麓の名刹であることを知る。

何事も事前の情報収集の大切さを身をもって学んだ。

神石山から本来のコースは南西に分かれた方であるが、
そのまままっすぐ南に下って湖西市に入った関係上、
一番近いJR東海道線の駅は、
予定していた二川駅から一つ東に遠い「新所原駅」となった。

ここから電車で帰るしかない。

19時、約12時間歩いたのち、
駅前の喫茶店に休息に入る。

平日は通学や通勤者でお客も多いらしいが、
3連休の中日ともなるとお客は私しかいない。

美味しそうなティラミスケーキと珈琲を注文したのち、
一番奥の席でTシャツ、短パン、新しい靴下に着替えさせてもらう。

最近めっきり頭が薄くかつ白くなり、
伸ばすとかえって見苦しいという妻の指摘により短く丸刈りにしている。

結果としてスキンヘッドになっているため、
かなり高齢に見えるらしい。

そのおじいさんが大きなリュックを持って
東三河から山越えで元気に歩いてきたので興味をもったためか、
あるいは夕食時になっても他に誰もお客がいないためか、
40代前後の女性マスターが健康の秘訣についていろいろ聞いてくる。

ティラミスケーキの糖分とアイスコーヒーが効いたのか、
あるいは健康指導!?したことによる精神的エネルギー高まりのせいか、
はたまた蜘蛛の巣と汗で汚れた服を脱いで新しい服に着替えたためか、
元気を取り戻すことができた。

通りすがりの旅人に対して
心からのもてなしの話をしていただいた女性マスターに感謝しながら、
19時半東三河への帰路の電車に乗る。

東三河着任以来2年。
初めて駿河の人と話し、
その暖かい人情の一端に触れることができた。

これも熱中症にかかりながら道を間違えたからこそできた初体験である。

人生、起こることは全て、必然、必要、ベスト。
東三河への鈍行電車に揺られながら改めてそう思った。

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