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2007年 8/13 本宮山縦走・・・その二

そして、5月12日、本番・ジャンプの日。

朝7時に起きて、おにぎりを4個つくり、
浄水した水500mlボトル2本、
非常用のパン、チョコなどとともにリュックに詰め、

8時45分官舎を出発。
10時20分には、千両部落に到着。

1ヶ月で里の木々も見違えるように生い茂っていて、
その変化を楽しむため先回と同じ構図で写真に収めてみる。

よく見ると道路の端に「あいさつはみんなを幸せにすることば」
などと書かれた千両小学校の児童の立て札がいろいろなところに立っている。

また出会う人全ての人が気持ちよく笑顔で挨拶してくれる。
本宮山を中心とするこの地域は、
古代から山岳修行などで様々な人が訪れ、
あるいは住み着いたと考えられる。

その心の成長をめざす伝統文化と豊かな大自然が素晴らしい場を形成し、
それが形となって現れるのが住む人々の清々しい挨拶ではないだろうか。

道端でのんびりとひなたぼっこをしている
車いすの老人に出逢ったので写真のモデルを頼むと
気持ちよく応じていただいた。

あとで小さな額に入れてお礼に持って来よう
と心で決めながらシャッターを押した。

10時35分、いよいよ稜線に向け登山開始。
前回の教訓から千両林道の途中から
稜線に向かう沢沿いの点線道を選ぶ。

これなら途中で林道の崖で遮断されることもない。
稜線まで直線で約1kmだが、
かなりの斜度の上に、
やはり途中から道が無くなっている。

沢も枝分かれしている。
途中から地図の点線道どおり左の尾根伝いにする。

それまでいつでも撮影できるようにカメラを首からぶら下げていたが、
両手両足を使っての四つ足歩行に
先祖帰りしなくてはならないのでバックに収める。

そして手で木立などを掴み瞬間引っ張ると、
反作用で身体を上に押し上げてくれるので
足だけの登山よりかなり樂になる。

しかしながらこれも繰り返すうちに息も限界まで上がってくる。
全身汗を噴きだしながら、
なんでこんな苦しい登山をするのだろう
と我ながら一瞬思ってしまう。

11時55分、稜線に到着!。
10分間休憩し水分とチョコを補給。

ここからは稜線沿いに東に進み12時20分、
標高482mの西蔵に到着。

三等三角点と木立に「西蔵」の看板がある。
本宮山の関係から「西」蔵と命名されたのであろうから、
何らかの意味があるのだろう。

しかしその意味を考える前に、
いよいよこの辺りから稜線が複雑になり、
進路の維持に全思考を集中した。

西蔵までほぼ東に歩いてきたが、
ここから北に向かわなければならない。

慎重にコンパスと地図で現地と照合、確認する。
地図だけなら反対方向に行ってしまったかもしれない。

送電線も地図では2本だが、現地には5本もある。
地図はどうしても古くなるのだ。

2回目の時に、送電線沿いに山を下りていたら
とんでもない方向に出ていたかもしれない。

13時10分に2本目の送電線の下で20分間の昼食休憩。
これからの経路・時間を考えパンのみ食べおにぎりは温存する。

珍しく見晴らしもよく、
次回の縦走の最終目標になるであろう吉祥山を遠景に撮影できた。

14時、・558mに到着。
ここから東北方向に進路が変わる。

かなり体力も消耗したので初めておにぎりを1個食べる。
落ちつくと、ホーホケキョ、ピヨピヨなどと
小鳥のにぎやかなさえずりに気づき心身が癒される。

心に余裕がないと自然の恩恵も感じないのだろう。

15時、やっと山頂から約700m西にある独立アンテナ局に到着。
子供の声と、すぐ下の道路の三叉路で座って休んでいる中年の女性を見て、
人がいる!と安堵する。

のち帰宅後ネットで調べてみると
この西蔵コースは案内版などが一切無く荒れていて、
地図とコンパスが必需品とプログに書かれていた。

15時半には馬の背を経て山頂に到着したが、
本宮山スカイラインも走り駐車場も整備されアンテナが林立する山頂は、
大自然の世界から一気にコンクリートジャングルの世界にワープしたようで
一刻も早く抜け出したくなる。

頂上の一等三角点を確認してデジカメで撮ると、
疲れた身体にむち打って、
南のやや下の奥宮を目指す。

16時5分、樹齢数百年といわれる檜や杉の林の中に
時を超えて鎮座する砥鹿神社奥宮に到着。

この奥宮は、大和王朝が成立した西暦700年代より
はるか昔から存在していた。

一方、本社となる麓の砥鹿神社は、
大和王朝の文武天皇時代に、里宮として建立された。

大和王朝が確立され、その強化と、
それまでの豪族等との妥協とで大国さまを祭神とし、
さらに奥宮と里宮二社で三河国一宮砥鹿神社として
崇敬されるようになったと思われる。

奥宮には無料休憩所があるのが嬉しい。
休憩所で荷物も身体も投げ出しておにぎりを食べていると
若いカップルが缶コーヒーなどを飲みにやってきた。

なんでも浜松から以前食べた作手町のトマトソフトクリームが美味しくて、
またきて味わっての帰りに寄ったとのことである。

大和王朝時代からの穂の国の様子、
織田信長や長篠の合戦、
駿河の今川氏との関係などを
なるべく簡単にわかりやすいように話してあげると、
結構興味を示して楽しく歓談する。

元気を取り戻したところで神域の様々な古い祠、
奇岩などを撮影しながら下山する。

山頂から東側の山道は案内板なども良く整備されている。
途中で展望台のある山道と森林の山道とに別れていたので、
もっとも東寄りのコースとなる森林の山道を選ぶ。

陽もかなり傾き薄暗くなりかけた山道に、
幹が赤い珍しい杉がある。

手のひらを押しあてて、
木の中に意識を集中してみた。

1本目の時は何も心に湧かなかった。
さらに50mほど下ったところにまた赤い杉があり、
再度手のひらを当てて意識を集中してみた。

すると今度は幹の奥に自然の山道が続いて見えた。

そうか!
過去も現在も未来も自然の山道がそこにただあること、
それだけが大切なことを、
この赤い杉たちは教えているんだ…。

17時40分、境川の上流に下りてくる。
境川も佐奈川と同じく、
本宮山を源として豊川に注いでいる。

中ほどに、牛の滝といわれる景勝地があり18時頃到着。


その昔、
両岸の集落東上と川田の若い衆が水争いをしていると、
川上から巨大な黄牛が現れたので村人達は逃げ帰った。

翌朝おそるおそる訪れると、
大きな滝ができていて、
さらに牛の形をした岩があった。

これは水争いばかりしているので神様が大牛になって滝をつくり
水争いをしないように見張ってくれているに違いないと信じ争いをやめた。

そしてこの滝を「牛の滝」と呼ぶようになったとのことである。


入り口に「牛の滝茶屋」がある。
昔は遠くからここに修業にきた人が、
滝に打たれて身体を清めたあと
毎日夜11時に出発して本宮山に登り、
夜中の3時頃に帰って来たらしい。

かなり薄暗くなったので三脚なしで撮れるかどうか難しいところだが、
滝に打たれる修業者を心で想像して数枚撮ってみた。

そして、鏡川の右岸河岸段丘上を約1km下流の東上駅まで向かう途中、
今回の縦走の最後の締めに、
本宮山を振り返りデジカメでその遠景を撮る。

佐奈川の方から見る本宮山とはひと味違ったおもむきがある。

19時30分頃、東上駅から豊橋行きの
2両編成の電車に乗って豊川駅まで帰る。

豊川駅から4駅分東北に歩いたことになる。
豊川駅から歩いて官舎にたどりついたのが20時30分。
延べ12時間の充実した本宮山縦走であった。

客観的に考えれば、
半日必死で歩いて、
電車でわずか30分たらず。

人類がいかに物質的生活を飛躍的に進化向上させ便利にしたか
身をもって味わった。

しかしながら、
電車に30分乗っても
何の感動も癒しも心温まる人間関係もない。

やはり、
人は自然とともに歩んでこそ
味わいと感動と心の浄化、向上がある。

ただし、山歩きは十分な準備と装備、
特に食糧だけは十分持って行った方がいい。

次回からはおにぎりを6個にしよう…今回の最大の教訓である。

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