2007年 7/11 割れた窓ガラスの思い出…今、学校の現場で(その二)
30日夕、真菜とともにグリーセンターから帰宅すると、
悠人が隣の中居小学校でキャッチボールしててガラスを割った、
と妻から告げられる。
なんで中居小までいって暴投なげるのかなと思っていると、
単純なキャッチボールではなく、
いろいろいきさつがありそうで、
妻も中居小学校の先生の対応に納得がいってないらしい。
涙を流しながら説明する悠人と、
その後いただいた先生からの手紙を総合するとその一件は次のようだ。
①悠人は、中居小学校出身のオール草加ボーイズの友人を含む三人と
グランドでキャッチボールをしていた。
②そのうち、校舎の裏手で、
電線に引っ掛かった風船を取ろうと女子中学生3人が
石を投げ出した。
その騒ぎに悠人達三人と、
その他内山さん含む数名の中居小出身の中1女子が裏手に集まった。
③その時、校舎のガラス1枚に穴があいて割れているのに気が付いた。
④その穴を確認するために、
内山さんが塀の中に入り、
ボールの大きさほどだったので確認しようと
「誰かボール渡して」と悠人達3人に言った。
⑤たまたまボールを持っていた悠人が
下手なげで塀越えにトスしたが、
内山さんが取り損ねて腕で下から跳ねる形になって
後ろの別のガラス当たり、割れてしまった。
⑥女子中学生達は「逃げよう!」と言ったが、
悠人が「ちゃんと謝りにいこう」と言い、
職員室に謝りに行った。
⑦現場に来た先生に、
1枚目は最初から割れていたこと。
特に一枚目の穴のまわりには焼け跡があり、
ノブのまわりも焼いた跡があることを説明。
⑧割れたガラス破片等は子供達がキチンと清掃した。
⑨先生は、校長に報告し、
弁償は関係者全員で行うことになった。
そしてその夜、内山さんのお母さんから
「中居小の先生の対応が悪くてすみません」という電話をいただく。
翌日、中居小学校の教頭先生から
「総合的に判断して、悠人と内山さんで折半して弁償」の連絡を受ける。
約7000円の弁償の手続きのため現地に写真撮影に行くと、先生から
「もともと割れていた一枚は校費、今回割った一枚は私費で弁償」
と再度伺う。
実は、里小でも同じようなことがあった。
野球で遊んでいて、悠人の投げたボールを、
友人が打ち損ねて大きくそれて2偕の窓ガラスを割ってしまった。
先生に謝りに行くとともに二人で一生懸命きれいに掃除した。
それを見ていた先生が
「割ったことは良くないけど、二人の後片付けの姿勢はすばらしい。
学校もお金ないけど、少ないお金の中から修理代は出すよ」
と指導された。
今回中居小では「1枚校費、1枚私費」となっている。
しかし、状況から見てまさに悪意で誰かが割ったと
判断できる方を校費でまかなって、
謝罪して片付けている子供達の方には弁償を求めている。
しかも状況から見て単純に二人だけの責任と決めていいのだろうか。
教育としてこれでいいのか疑問が残った。
私も中学時代に、
友人と押し合いをしていて
ガラスを割ってしまったことがある。
謝って清掃はしたが、弁償を親に求められた覚えはない。
それに「休みでなかったら里中の先生に連絡して指導してもらうのですが・・・」
という電話での言いぐさにも頭にカチンときた。
親と話していて、何を第3者の先生に指導してもらうというのか。
指導すべきことがあれば子供の指導の全責任者である親に言え
と心で叫び努めて平静な声で応じた。
一方、現場で直接指導した先生も、
休日出勤されるだけに熱心な先生で、
直前の悠人達のキャッチボールは全く問題が無かったと言っている。
場所も校舎のグランド側と裏では物理的に離れている。
窓ガラス弁償の一件も校長先生などから指導を受けておこなっている。
同じ事案でも、悠人の方は、
最初から2枚とも子供達が割ったと犯人扱いされたと言っているのに対して、
先生の方はみながなかなか話さず事実をつかむのに時間がかかったと述べている。
あとで中居小では、風船のヘリウムガスを女生徒が吸う遊びをして
大事いたったことも過去にあったと伺った。
教頭先生は、電話の最後に
同じ場所にいた子供達の親へも電話して、
気持ちがあるなら弁償を負担するようにお願いしてみますと
約束してくれた。
ところが石を投げていた子供のご両親の中には、
弁償の話をしてもうちには関係ないとけんもほろろの親もいるという。
結局、内山さんのお母さんからの電話以外、
他の子供達のご両親からの電話は一切なかった。
見知らぬ子供同士、教師と生徒、教職間の上下関係、教師と親、
さらに校区外の子供も含む接点のない親同士。
けっこう社会構図が絡んだ事案でもある。
都会生活で希薄になった人間関係が、
それぞれの満足感のない解決策の潜在要因をつくったのかも知れない。
今回の一件で、小学校の休日のグランドの使用がますます狭き門となり、
そうでなくとも自然と遊び場の無くなった都会の子供達の
心のいこい場所が減ったのではないかと心配する限りである。
そう言えば、ある高校の野球部の監督さんの携帯には、
特に1年生の親から帰りが遅いとか、
帰って勉強もできない、
とか苦情メールがいっぱい入ると伺った。
その苦情処理の煩わしさをなくすために、
特待生以外入部させない高校もあるらしい。
特待生問題は、今の家庭・両親、社会問題とも深くかかわっているのだ。
学校が荒れているといわれるが、
戦後そのもととなる家庭が社会的に崩壊しているのではないだろうか。
特に市街地になるほど人間社会の体をなしてない。
新入社員教育などでも
社会人としての躾の第一歩は挨拶と強調されるが、
豊かな日本文化と自然の残る地方の人々の心温まる挨拶に比べ、
文明の進んだ便利な日本の都会になるほど
無機質の非人間的人間関係・表情になるのはなぜだろうか。
果たしてこの日本で、
外でキチンと挨拶しなさいと、
躾指導しているお父さんの割合はどのぐらいなのだろうか。
単なる短時間の暗記競争の人との相対評価に過ぎない通信簿の成績よりも、
人に優しいなど絶対的評価として人間性がいいと褒められる方を
喜ぶお母さんの割合はどうだろうか?
実は、日本人の挨拶の良さを助長してきた社会生活のルールに、
鎌倉時代の武家の法律である御成敗式目の中の
「極楽寺殿御消息(ごくらくじどのごしょうそく)」
という武家の家訓がある。
昔は挨拶を「言葉かけ」といい、
他人と外ですれ違ったりした際は
全ての人に言葉を掛けるのが一般的な礼儀であった。
99文節からなるこの挨拶の武家の家訓の
第5「人のつきあい」には、
「年配の人と知り合ったら親と思って親しくしなさい。
若い人と知り合ったら弟と思いなさい。
幼い人は自分の子供と思いなさい。
弟と思って見下してはいけません。
間違いがあっても許してあげなさい」とある。
また、27の「ていねいな挨拶」には、
「ていねいな挨拶の人には、よりていねいな挨拶をしなさい。
ぶっきらぼうの人にもていねいに挨拶しなさい。
人によって挨拶基準を変えてはいけません。
仇を恩でむくいる気持ちでいなさい」とあり、
さらに33の「道端の挨拶」では、
「道のハタに身分のイヤシイ者どもがたむろしていたら、
顔をそむけて通らないで、近づき挨拶して通りなさい。
挨拶して損はありません。
からまれてもめたらツマランことです」
とある。
最後の方の97「良いことをしなさい」には、
「世のために、人のために良いことをしなさい。
良いことをすれば、自分に仕合わせが返ってくるだけでなく、
子孫にも必ず良いことが返ってきます」とある。
これが、士農工商の厳しい階級社会として今では我々が全く顧みない
日本的封建社会の原点に近い姿ではないだろうか。
国、社会を治める武家官僚がこういう心構えの社会であるので、
挨拶だけでなく、親戚間や近所、職場等々の助け合いも密接で、
自由・平等・博愛の美名のもとに
弱肉強食で搾取に近い西欧文明とは全くおもむきの違う、
より人間的心豊かな社会が創られていたのではないだろうか。
それを一言で、
世界史上唯一の武士道で成り立った国という。
だからこそ幕末から明治維新期に
日本近代化の教師として来日した欧米人に
強烈な人間的感銘を与え、
彼らの感動的記録文が
「逝きし世の面影」(渡辺京二編著)として
文献にさえなったのである。
かのアインシュタインも戦前日本を訪れ
「このような国を残しておいてくれたことを神に感謝する」
とまで言っている。
ここに維新後、日本が和魂洋才の方針のもと
短時日で世界の非抑圧民族カラードを代表する強大な近代文明国家となり、
それ故既得権益白人国家群等から敵視されるにいたった
近代世界文明史の流れの大きな要因が隠されている。
またそれ故に、戦勝国による戦後教育の最大の目的は、
日本の歴史の切断にあった。
樹木も一部の病根除去の名目で、
全ての根を断ち切れば
やがて地上の樹木は時の経過とともに枯れ果てる。
その教育も当時旺盛であったコミンテルンの指示のもとにされていた
という事実も最近明らかになってきている。
いつの時代も国際情勢の厳しい風を受けて
国という樹木を育てなければならない証であろう。
歴史の大きな転換点と言われる今、
この国のありようについて、
歴史そのものの事実から根本的に見直す時ではないだろうか。
自然と歴史を絶たれた民族は人間性を失い崩壊する。
7000円のガラス1枚でいろいろなことを学ばせていただいた。
ちなみに悠人は、今回のことで
「中居小出身の女子同級生と初めて知り合いになれたことが良かった」
と言っていた。
同じ事件を体験して仲間としてのつながりが芽生えたのかも知れない。
都会では、そういうことでもないかぎり、
同じ中学校生になっても、
同じ塾か、クラブチームで一緒にならない限り友人になる機会が少ない。
やはり、今回も必然・必要・ベストのことが起こったのだ。
その悠人に対して、まず体格づくりをしないと、
どんな技術を持っていても話にもならないと、
妻が毎晩寝る前に、
天然ジュースと牛乳に溶かしてつくった特性プロティンを飲ませるとともに、
おにぎりを食べさせるようにしたらしい。
遠く東三河から悠人の心身ともの成長を祈りたい。
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