2007年 7/10 割れた窓ガラスの思い出…今、学校の現場で(その一)
割れた窓ガラスの思い出
…今、学校の現場で
久し振りに子供達と一緒に過ごした5月の連休で、
荒れる教育現場の一端をかいま見るいい体験をした。
今年の連休も、単身赴任先から埼玉の自宅に帰宅後、
第一日目に鯉のぼりを立ててしまった。
我が家は荒川系見沼用水路の小高い河岸段丘に立つマンションの角部屋なので、
東京のネオン越しに、夕陽にシルエットで浮かぶ富士を望むこともできる。
ルーフバルコニーに鯉のぼりを立てると、
大きな船のマストの吹き流しのような感じにもなる。
マンションでは他に大きな鯉のぼりを立てれる所もなく、
そのせいもあってか毎年、我が家の鯉のぼりを楽しみにしていた人もいたらしい。
しかしながら三男の悠人も中学に上がるし、
10mのポールをコンクリートの上に立てるのにも結構コツがいるので、
もうこれで終わりにしようと昨年下ろすときに決めていた。
ところが、典型的な反抗期で会話の少なくなった高3の次男聖人からも、
けっこう鯉のぼりの立っている家として友達にも評判だったよ、
と聞いて思わず立ててしまった次第である。
24年間風雨に耐えた親子三匹の鯉のぼりは満身創痍で、
私が修理した全身におよぶ縫い目も痛々しいが、
これからも鯉のぼりの体がもつあいだは立てようと思う。
さて、連休間家族とともに過ごす上での心構えは、
家族への信頼貯金。
特に、下三人の子供への人間関係の貯金を黒字にすることを心がけた。
まず30日、小4の長女真菜と友達を、
弁当を持ってマンション近くのグリーンセンター遊園地に連れて行く。
兄たちの時は、芝生上でキャッチボールなどを親子で楽しんだものだが、
女の子は友達と一緒に滑り台とか公園内の探索の方が楽しいようだ。
そこで私も昼食後暫くして日陰で本を読みながら、
二人が遊び疲れるのを待っていた。
ところが、閉園間近になっても私のもとに帰ってこない。
あまり遅いので心配になって探しに行くと、
イベント広場の木陰で数人の若い男女とその子供達と思われるグループの
縄跳びに楽しそうに混じって遊んでいる。
なかなかいい雰囲気なので、
さっそくシャッターチャンスとばかりにカメラ構える。
ファインダー越しにアップした笑顔を見ていると、
かって田舎のお寺の境内などで
無邪気にゴム跳びを遊んでいた女の子達を思い出した。
残念ながら都会の街角では、
こういう笑顔はほとんど見られなくなってしまった。
自然も遊ぶ場所も奪われ、
おもちゃメーカーのメディアを悪用したマインドコントロール宣伝で、
TVゲームを通じ攻撃的脳波ばかり異常発達してしまったからだ。
その中で、こういう若いグループがいることを知ったことがとても嬉しく、
今でもその若い男女の素敵な笑顔を思い出す。
ところで、今回の連休最大の楽しみは、
オール草加ボーイズで硬式野球を始めた中1悠人の初めての試合観戦である。
毎年、この連休に一年生チーム同士で隣の千葉県の名門流山クラブと
練習試合を行う。
二試合行って全員を出すので親も結構楽しみにしている。
特に兄で体験した親は、
3年になった時にレギュラー20名内に入ってないと
ベンチ入りもできないことを知っているので、
この初試合を全員が出れる最初で最後の試合として楽しみにしている。
また、私自身も親の務めとして二試合目の塁審を楽しんだ。
ただし、オール草加ボーイズの1年生チームが
この時期に勝つことはまれである。
というのも、小学時代に軟式野球をおこなってきている子供が前提のチームなので、
学年別にチーム編成され徐々に段階的に硬式野球に慣れていく。
1年チームには、
60才後半の大ベテランの亀山コーチが、
硬式野球が嫌にならないようにという基本方針のもと上手く指導している。
それに対して流山クラブは、
小学生の硬式チームを持っていて
全国大会にも何度か出場している。
スタートラインが違うわけで、
まずこの時点でオール草加に勝ち目はない。
4日に行われた二試合も見事に連敗した。
体つきから全く違う。
その中で悠人は、
第一試合にショート・5番で先発出場し、
2打数1安打2打点の成績を残した。
また2試合目も投手として2回を投げ、
兄がプロ選手になっている大柄な相手に大飛球を打たれるも、
あらかじめライトが深く守っていて正面フライのアウトにできた幸運もあり、
二試合投げた投手の中でただ一人無得点に抑えることができた。
まあ、5年前の次男がチームになじめず
ライトでちょこっと使われた時に比べ幸先良いスタートであったわけだ。
肉体的能力は次男が上だが、
精神的適応力は三男のほうがあるのかも知れない。
波動の法則から見て、
名前の「聖」、「悠」が
それぞれの「繊細さ」、「おおらかさ」の個性を
つくってきているのかも知れない。
ところが好事魔多し。
翌5日は、東京の名門志村球友会と
各学年二試合づつ計6試合の練習試合が行われた。
志村球友会も全国大会常連の小学生チームを持っている。
1年は連敗、2年は1勝1敗、3年は連勝と、
オール草加の段階的成長がよくわかる結果となった。
ちなみにこの春、オール草加の3年生チームは
県代表で全国大会に出場している。
この中で、悠人は昨日の好投で、
第一試合の先発に抜擢された。
ところが1回表に5点を取られ無念の途中降板。
この日はこれ以降、第2試合の最後の打者として代打で出るまで
一切出番がなかった。
硬式になれてないチームメイトが、
連続して真正面の内野ゴロをトンネルしてしまう不運もあったが、
ピンチに三振に抑えられない体格不足は歴然である。
何よりも聖人の時に比べ身長が20センチも低い。
その夜の食卓で、試合の様子を聞いた長男英人が、
何で悠人が投手をやるの、ショートじゃないの?と
池に落ちた犬の頭を叩くような心に突き刺さる質問。
実は、最近夜の自主トレーニングをしていないことを知っていたので、
このままではずっとベンチに入れないぞ、
と試合からの帰り道で私も釘を刺しておいたのだ。
一日のどんでん返しに、
日頃明るい悠人も今回はさすがにショックで沈んでいた。
全てのできごとは、必然・必要・ベスト。
このような試練を乗り越えてこそいい強い選手になっていく。
それを期待しよう。
聖人の方は、この連休間にチームとして練習試合が7試合行われた。
学校に野球グランドのない武南高校は、
休みの日は相手の高校で練習試合をするしかない。
29日は、市立浦和高校に行く。
悠人はオール草加ボーイズで練習なので、
真菜だけを連れて夫婦で応援に行く。
校舎も近代的ですばらしく、
グランドもキチンと整備されている。
聖人の中学時代、同じ鳩ヶ谷市の選抜チームで聖人とともに
投手の二枚看板だった堀田君が入学している。
バックネット裏にいるとその堀田君のお父さんが挨拶に見える。
なかなかいい学校だねと妻に言うと、
共通前段で受けさせたら聖人も入れたかも知れないとのこと。
「どうして受けさせなかったの?」
「だって、早実推薦受験決まっていたでしょ!!」
「あ、そうかあ…」
堀田君のお父さんも聖人の捕手コンバートには驚く。
その堀田君に聖人は簡単にうちとられたものの、
試合は3-1で逆転勝ちした。
結局連休間、武南は7試合の練習試合に全勝した。
いい雰囲気になって来たようだ。
ただ、相変わらず聖人のバッティングの調子はイマイチ。
入学時の方がヒットもよく打っていた。
やはり慣れない捕手で打撃の方に気が回らないのか。
それでも「夏の時みてて」という聖人の甲子園最後の挑戦に期待しよう。
ところで、今回思わぬ事件が悠人の身に起こった。






