池田整治のメルマガ・心のビタミン
読者購読規約
powered by まぐまぐトップページへ
 

2007年 4/5 東三河ひと冬の思いで

年の瀬の押し迫った12月26日、
埼玉から妻が下二人(三男悠人小六、長女真菜小3)を連れて
車で豊川の官舎にやってきた。

一昨年着任以来、連隊本部の年納めの忘年会を兼ねて
妻の手料理で年一度の慰労会を行うためだ。

次男がちょうど30日まで武南高校野球部の伊豆合宿に参加しており、
また長男は卒業研究で忙しく、
そうでなくとももう23才ともなると独立行動をしているので
妻も家を空ける事ができた。

27日夕、約15人分の料理を手際よく作り、
殆ど単身赴任の本部要員も舌鼓を打って喜んだ。

翌朝には埼玉に帰るのかと思いきや、
「こちらの方が広くていい」と言うことで30日まで居座った!?^^。
上二人には悪いが、4人で久し振りに家族団欒を味わった。

28日は皆でサティで映画などを見てのんびり過ごし、
翌29日、私が密かに!?練っていた
「鳳来山の自然道散策と渥美半島伊良湖岬の夕陽鑑賞」計画を敢行した。

実は、自然が豊かに残る東三河の穂の国と、
今やコンクリートジャングル化してきた鳩ヶ谷市の自宅を往復するうちに、
自然と子供の教育についていろいろ考えさせらていた。

自然が無くなれば人は滅びる。
これは大きな木10本で大人一人分の酸素を作っていることからだけでもうなずける。

自然を失うと人間性も失われてくる。
都会人よりも田舎の人の方が、アインシュタインに
「世界の中でこういう国を残しておいてくれたことを神に感謝する」と
言わしめた豊かな日本人的人情味がまだ多く残っている。

私たちのような田舎出身世代は、
小さい頃野山が遊び場だったので、
野の花、野菜などの日々の成長などを直接みて感動しながら育った。

ところが都会では、子供の唯一の安全なたむろ場所が
コンビニの駐車場などになる。
多様な電磁波と化学物質の海の中で、
不健全な波動に染まりやすく、
先ず化学物質と麻薬の塊のタバコに手を染めるようになる。

私の住んでいる鳩ヶ谷市のマンションは、
荒川の河岸段丘の小さな丘の斜面に建てたため、
エレベーターで5偕を降りると子供が遊べる広場を作っている。

河岸段丘の上部と同じ高さで、
こちらからも行き来できるように通用門が作られている。

その通用門を出たすぐ左に祠があり、
その祠の神木と思われる大きな楠の枝振りがよく、
真夏にはマンションの広場でもこの日陰で
小さな子供連れのお母さんなどが憩っていた。

ところが突然この大きな楠が切られた。
その次に帰った時にはナント祠までとり去られ更地になっていた。

我が家のニューフェイスのダックスフンド・ハッピーの散歩がてら
通りかかった時に、その更地に倉庫を組み立てている55才ぐらいの人に
祠の事を尋ねてみた。

そうするとおどおどした中にも文句あるかというような意識を秘めた口調で
「祠は前の所有者がどこかに持っていったので知らん。
俺は、この土地を買っただけだ」。

こういうマイナス感情を抱きながら生きてると
「同じ波は引き合う」で健康にもよくないだろうに・・・。

祟りとはまさに自分の心の持ち方に原因があるんだなあ…と
虚しい気持ちでその場を離れた。

要するに、経済最優先で猫の額のような三角地が売買されたわけだ。
もっともこの丘も昔は佐和山と言われ典型的な里山だった。

30年ほど前にその頂上部に公団住宅が建った。
それでも斜面に豊かな木々が残っていたと思われるが、
10年前に我がマンションがその斜面に建設された。

入居してはじめてそういういきさつを知った。
入居した時にはマンションと公団の間の河岸段丘の上部へりのところに
まだ里山の名残の豊かな広葉樹が残っていた。

ところが数年前にまさかと思ったが
そのへりに一戸建てが数軒建ち並び雑木林が消えた。

そういうわけで祠の大きな楠は里山の最後の1本でもあったわけだ。
そしてその最後の一本もついに消えた。
多分、祠の鎮守様と思っていた本人自身が
一番ビックリして切られたに違いない。

経済つまり利益、お金優先で自然が無くなる。
日本人の度を超えた食感欲等を満足させるために
東南アジア等からジャングルやマンブローグが消えるのと同じで、
日本中の里山がこうして消えていっているに違いない。

ドイツでは逆に
「我々は森と小動物と一緒に住まないと
人が駄目になるということが50年前にわかった」と言うことで、
コンクリート堤を自然堤防にして都市に自然公園を作っているのと
全く逆の動きである。

私が子供達に積極的にスポーツをやらせるのは、
日本の都会生活では田舎のように野山を駆けめぐる事ができないこともある。

豊かな人間性をつくる右脳教育無き、
左脳偏重強化の塾通いを子供にはさせたくない。

こういう経緯があり、
豊川つまり穂の国に来たせっかくのチャンスに
子供達に大自然の息吹を吸わせてやりたいと思い、
鳳来寺山散策を計画していたのである。

最初から2時間の山登りと告げれば妻が行くのをいやがると思い、軽い調子で
「山頂近くまで車で行けて、
本堂からは山頂までほんの15分もかからないよ!」…。

登り出すと、そこは愛媛県の南端の中泊という、
社会科教科書に四国のリアス式海岸の石垣の段々畑として写真に載るほどの漁村で
母亡き後祖母と二人で育っただけに平気で歩くと思っていたが、
足もとがハイヒールと言うことまでは考えていなかった…^^;

多くの岩場、急勾配の階段が多い2時間の山道だが、それでも
「どちみち今はハイヒールしか持ってないけどね」
という妻の言葉にホッとする。

生憎、低い雲が山頂まで降りてきて途中からぱらぱらと雨粒が落ち、
山頂周回ハイキングコースの終点の東照宮では軒下で雨宿りするほどであったが、
親子4人久し振りにともに大自然を満喫できた。

その後、綺麗な夕陽を見せてあげると渥美半島の伊良湖岬を目指した。
実は、私自身がここからの夕陽の写真を撮りたかったのだ。

普段車がないのでグッドチャンスと思っていたのだ。
しかし、豊橋の市街地を抜けながらの約60kmの道のりを
1時間で進もうと思うこと自体無理な計画であった。

渥美半島を半分ほど進んだ太平洋側の太平洋ロングビーチまで行ったところで落日。
急遽このビーチに横付けし砂浜で子供達を遊ばせる。

おりからの西風が強く妻とハッピーは一歩も車から出ない。
しかし、子供達は嬉々として広い砂浜を水辺まで駈けていき波と戯れた。

案の定、波に靴が濡れたので
「靴脱いで遊んでいいよ!」
と声かけると膝までズボンをまくり上げて、
寒風荒む中、寄せる波と遊びながら暗くなるまで砂浜を駆け抜けた。

私も久し振りに無邪気に遊ぶ子供達の姿を
ストロボ撮影で撮ることができた。

時折子供達がじっと遠くの海を眺めるのが
何かを思い出しているようで印象的だった。

やはり、自然の中でこそ子供の心が育まれる・・改めて実感した一日であった。

その時の活き活きとした子供達の写真を遅ればせながら
写真HP「北海道の四季その2」に載せたのでご笑覧して欲しい。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
メルマガ:心のビタミン(エッセー) http://www.emaga.com/info/heart21.html
北海道の四季(写真) http://groups.msn.com/jjt8khvnlvgq2ipf5spd2vq9r4
北海道の四季(写真)パート2 http://groups.msn.com/hearthul2006
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





池田整治のメルマガ・心のビタミン
読者購読規約
powered by まぐまぐトップページへ
 

フィード