2007年 3/11 冬の渥美半島伊良湖岬…時代(とき)を超える誓い…(その三)
思わぬ山火事で時間を費やし、いよいよ夕陽の時刻が迫る。
恋路ヶ浜もゆっくり散策しながら撮影したいところだが、
今回は車で横を通り過ぎながら車窓から眺めるだけにして
恋路ヶ浜からは裏手になる伊良湖港の駐車場に車を止め
急ぎ伊良湖岬の灯台に向かう。
伊良湖港からは向かいの知多半島や伊勢・鳥羽へのフェリーが出ている。
伊良湖岬の灯台は、渥美半島の先端の波打ち際に立ち、
ここからの眺めはまるで海の上に立っているような気持ちにさせてくれる。
ただ、一番近い港の駐車場からでもたどり着くには
5分~10分ぐらい歩かねばならない。
勿論、その間の伊勢湾の眺めもいい。
時間があれば、恋路ヶ浜をゆっくり往復して散策し
最後に灯台から夕陽を眺めればいい。
周辺は、散策路が綺麗に整備されている。
又、今回は行けなかったが、この旧灯台から石段を歩いて台上に上がれば、
オール自動の新式灯台が建っていて、
沖を大きな船が通るときに知らせる時計もあるらしい。
また上からだと三島由紀夫の「潮騒」の舞台となった神島と
その奥の伊勢志摩の山並みなどとの立体的な眺めも素晴らしいだろう。
その石段を10段ほど登った所に、
夕陽に灯台がシルエットで映えて見える
絶好の畳2畳ほどの広さのポイントを見つけ三脚をセットして
いよいよ本日の本題の伊良湖岬の夕陽の撮影に移る。
夕陽で黄金の波の逆光の伊勢湾に浮かぶ神島を左奥に、
黒いシルエットの灯台を右手前に置いた基本構図に、
沖行く船をバランス良い位置まで待って撮影する。
岬の先から神島までの実質4キロもない狭い航路を、
トヨタを中心に今日本で一番繁栄している名古屋圏の伊勢湾と三河湾に
入出港する全ての船が集中して通るわけだから
結構シャッターチャンスが多くてカメラマンには嬉しい。
只、私としては大きなタンカーよりも小さな漁船の方が
情緒があって絵になると感じる。
又、望遠で見れば、ひっきりなしに海鳥などが波の上を飛ぶのが見える。
実は、ここは渡り鳥の有名な中継ポイントなのだ。
渡り鳥と言えば雁や白鳥などを思い浮かべるが、
実は全ての鳥が渡り鳥なのだ。
日本の山々が冬枯れして食べ物が無い間、
南方の島々のジャングルなどに渡り、
春になって木の実の餌などが日本の広葉樹林で食べれるようになると帰ってくる。
その際、西に伸びている渥美半島は
遠く列島・島嶼沿いに渡る鳥たちにとって
地形的に格好の中継所となる。
海の中のウナギや鮭、水面を渡ってくる椰子の実のように、
全てのものが循環して生きている。
その循環の中で船を通じた人間の活動も、
魚や鳥の活動も、
潮の流れも全てがこの渥美半島に集約されている。
目に見えない大きな良い波動の波を感じる。
それが古代文明の時から列島への入り口として
この渥美半島が栄えた本当の理由ではないだろうか。
今でも渥美半島には至る所に古墳や神社が残り、
東大寺の瓦を焼いた窯跡も伊良湖岬のすぐ傍にある。
ちなみに私は肝臓にアルコール分解酵素を持たない典型的な南洋型日本人だ。
きっとかって南方から潮の流れに
乗ってこの渥美半島にやってきた民族の子孫に違いない。
或いは、数万年以上という単位の古代に
この波動の波に乗って宇宙船からここに移民した人々の
記憶をDNAの中に持っているのかも知れない。
だから、渥美半島にくるとデジャブ感を味わうのかも。
それ故、椰子の実が恋路ヶ浜に着いたのも意味があるのだ。
恋路ヶ浜というのは、伊良湖岬灯台から日出の石門まで約1km続く、
太平洋に面して湾曲した美しい砂浜である。
「道」「渚」「白砂青松」「音風景」の4部門の「日本百選」にも選ばれている。
その名前の謂われは………
「昔、恋ゆえに都を追われた高貴な男女がいた。
女はこの恋路ヶ浜に、男は裏浜に人目を避けて住んだ。
しかし逢瀬もままならないまま病に倒れ、
お互いの名前を呼びながら亡くなった。
その女の心は女貝に、男の心はミル貝になった…。」
という伝説がこの恋路ヶ浜の由来である。
東大寺建設のころの哀しい恋だろうか。
こんな物語を聞いてから砂浜を歩くとどこかもの哀しい気分になるかも知れない。
しかしながら人は肉体の死はあっても、
本来の自分である魂は死なない。
人は、魂という霊体が、
この制約の多い地球で様々な体験をしながら成長するため肉体に宿っている。
それぞれの様々な人生目的を達成したら肉体を捨てて次のステップに移行する。
これは母を我が腕に抱いて先に他界した父の元にみおくった時に実感した。
その移行を我々は死と忌み嫌いこの世の終わりとばかり嘆いているに過ぎない。
見方を変えれば、死は厳しい修業を無事卒業した再出発の祝事であり、
この世への誕生こそ、こんな地球での難しい修行を自ら選んでやってきた
その勇気を讃えるとともにご苦労様と労るべき出来事なのかも知れない。
今の恋人、夫婦、親子も長い魂の遍歴の中で意味あって一緒にいるソールメイトだ。
きっと恋路ヶ浜の名前の由来となった二人も添い遂げれなかったからこそ、
次の人生のチャンスでその哀しい体験を活かし人もうらやむ夫婦となったに違いない。
いや、その二人は、今度恋路ヶ浜を歩く
あなた方カップルの前世そのものかも知れない…。
恋路ヶ浜だけでなく、今、この時、一緒に暮らす親、
子供、家族、地域の人、職場の人、友人など、関係する全ての人が、
このような縁あってともに生きていると思えば、
これからの接し方、生き方が変わってくるだろう。
ところで、渥美半島の「赤羽根」と「恋路ヶ浜」と同じように、
能登半島の「羽根」のやや岬寄りにも「恋路海岸」があるのだ。
多分、古代白山文明の古い言い伝えが南北の岬に残ったと私は思うが、
皆様はいかがだろうか…?
きっとこの文明圏内で同じような言い伝えが地方地方であるはずだ。
三脚にセットしたカメラで夕陽を狙っていると
目の前の海面に突き出た小さな岩の上に海鵜が一羽止まった。
こういう時にこそ自由に持ち運んで撮れるセカンドカメラが活躍するのである。
私もかってはじめての給料で当時の新式の簡単な手動の一眼レフを買って
最近まで使っていた。
しかし今のカメラを買うときに
「カメラ購入時、どんな古いカメラも5000円でお買い取り」という文句に
つられて手放してしまった。
後悔後にたたず…。
仕方なく、セットしていたカメラを外して、
夕陽が伊勢半島の山々に隠れる時間と
走って戻って再セットに要する時間とを常に頭に入れながら、
柵を越えてテトラポットの波打ち際まで降りて、
縦構図で遠景に漁船を入れながら目の前に来てくれた
自然のモデルを様々な角度で撮影する。
日没直前に三脚の位置に帰り再セット、
伊勢の山の向こうに落ちる夕陽を撮影。
完全に日没後は駐車場に帰りながら、
黄昏に霞む伊勢の山々と冬色の海のコントラスト、
そして沖行く船と対照的に暮れゆくあかね空に黒点のように浮き上がる海鳥が
一つの絵になる構図を追求する。
伊良湖岬では最後に駐車場からやや北にある裏浜のライトアップされた菜の花畑を
バルブ撮影で試し撮りする。
日暮れ空の濃紺とライトに浮かぶ菜の花の黄色との
コントラストが珍しい写真になった。
勿論、フィルム撮影なのでこれは後で現像してから確認できたことではあるが、
デジカメにはないバルブ撮影の面白さと思う。
尚、この恋路ヶ浜は、2006年7月1日、「恋人の聖地」に選定された。
これはNPO法人「地域活性化センター」が、
全国の地域活性化プロジェクトとして2006年4月1日から展開を始めたもので、
「結婚を現実として夢見ることのできる若いカップルを育ててゆくこと」を目的に、
少子化対策と地域の活性化対策の一環として、出会いと結婚の象徴、
恋人達のプロポーズにふさわしいスポットとして
「恋人の聖地」約100カ所を選定し、
様々なプロポーズのシチュエーションを提案しているものである。
椰子の実のエピソードにちなんで
現地で売り出し中の「願いのかなう鍵」はもちろん、
古代からのロマンなどの夢に託して
あなたの思いを伊良湖岬で叶えたら如何だろうか。
そして、いよいよ今回の撮影紀行の最後に、
三河湾沿いの国道259号線を帰って蔵王山に再度登る。
途中、蔵王山の頂上にもレストランがあったけど…と思いつつ
感じのいいログハウス風の喫茶店で軽い(安い!?)夕食をしてきたが、
これは正解だった。
山頂の展望台の階段を登りながら途中のレストラン入り口のメニューを見たら
「夜の食事コース5000円」とあった!!。
仮にデートでここで食事という事になると「男はつらいな」と密かに思う^^。
山頂の展望台から電照のビニールハウス、三河港、市街地などの灯りが
月明かりに映えて浮かんで見え幻想的である。
札幌の雪祭りの夜景のバルブ撮影の体験に基づき、
満月に近い月明かりから「約70秒」と決め、
シャッターを押したまま目を瞑って心の中でカウントしていると、
心に最後に浮かんだ情景は………
『今から遙か遠い昔、
人類は、地球から何万光年も離れた文明の進んだ星に住んでいた。
ところがその星の人々の知識偏重のエゴが強すぎて醜い争いになり、
動力源にしていた水素原子核融合装置を暴走させ、
その星を木っ端みじんにしてしまった。
その爆発の直前に、
一部の良心的な科学者が、
限られた人ではあるが出来るだけの人々を
様々な宇宙船に乗せて生存可能と思われた色々な星に密かに送り出した。
その一つの宇宙船が
磁場エネルギーの高いこの渥美半島に
ゆっくり南から引き寄せられた。
傷心の人々は、
はじめて見た青い水の惑星、地球の、
しかも緑豊かな渥美半島に感動し、
癒された。
さっそく海岸に降り立った子供達は、
押し寄せる波の息吹を感じて戯れた。
その子供達を見つめながら、
大人達は、
「やがて昔の星の肉体を脱がなければならないが、
この星ではまだ宿るべき高等生物がいないので、
植物からのスタートになる。
しかし、この星では、
かって我々が破壊した星のような進化の失敗を
二度と繰り返さないようにしよう」
と誓った。
その船のパイロットが今の信田ご夫妻であり、
波と戯れた子供達の一人が悠人であり、
見つめた大人の中に私がいた……。』
だが、
はたして我々は、
今の地球で、
かっての誓いを
果たしていけるのだろうか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
メルマガ:心のビタミン(エッセー) http://www.emaga.com/info/heart21.html
北海道の四季(写真) http://groups.msn.com/jjt8khvnlvgq2ipf5spd2vq9r4
北海道の四季(写真)パート2 http://groups.msn.com/hearthul2006
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






