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2007年 2/20 新庄に学ぶ広報戦略

2月1日プロ野球ファン待望のキャンプインが各地で一斉に始まった。
昨年、新庄効果で賑わった日ハムの那覇空港入りは、
日本一の優勝フラッグを持っていたにもかかわらず閑散としていた。
この瞬間、今年の日ハムの2連覇の夢は消えたと判断した。

昨年の新庄は、キャンプから吉本興業顔負けのパフォーマンスを繰り返し、
ついにはペナントゲーム突入早々に引退宣言まで行い、
新庄の真意がわからぬ多くの国民が首をかしげる中、
嫌が上でもマスメディアの寵児となり、
結果としてキャンプ初日から最終戦まで日ハムの職場=仕事場は、
ファンで溢れかえった。

そして大方の野球専門家の予想を覆して日ハムは見事日本一そしてアジア一になった。
実は、これには新庄の見事な広報戦略が隠されていた。
新庄の右足の太ももの筋肉は長年の鍛錬の無理が重なって
外見からも大きく段差が見えるほど亀裂が生じており、
昨年キャンプインする前から「太ももはこの1年しか持たない」事が解っていた。

「毎年Bクラスの弱小チームで野球人生最後を
優勝の華で飾るにはどうすればいいのか?・・・」
「どうすればチームにパワーが生まれるか?・・・」。

そこで新庄は、人は多くの注目を浴びると力が漲ることに着目し、
年間を通じてファンを集めるためメディアを最大限活用し自らパフォーマーに徹した。

人の「思い」の効果が、社会学にも注目を集めたのは、
イギリスのパブリックスクールでの能力別授業の思わぬ手違いであった。

その小学校では、入学前の素養試験に基づきAからEクラスまでの
能力別編成で授業が行われる。
ところがコンピューターの入力ミスでAとEクラスがそっくり入れ違ってしまった。

つまり最優秀のAクラスに最も点数の低いグループが入り、
最下級のEクラスに最も点数の高いグループが入ったわけだ。

3ヶ月後にやっとその手違いに気付いたが、
その時点の中間試験結果を見て先生達が二度ビックリした。

本来の能力から見れば最下位になるはずのAクラスがトップで、
最高位になるはずのEクラスが最下位だったのである。

Aクラスを担当した先生は、
最初教えづらかったが、
本来頭が良い子ばかりと「思い」、
自分の教え方が悪いと反省して教え方を工夫した。

逆にEクラスを担当した先生は、
もともと頭の悪い子ばかりのクラスと「思い」授業した。

その結果、僅か3ヶ月で能力が逆転した!
図らずも「思い」「思われる」ことの物理的影響力の
社会学的実験となってしまったのである。

更に、日本でも意識にかかわる重要な社会学的発見が
京都大学の猿の研究から偶然なされた。

宮崎県の沖合約2kmのところにニホンザルが生息する無人島の幸島がある。
京大の霊長類研究グループが研究のためサツマイモで餌付けを行った。

そのうち一匹の若い母親ザルが海でサツマイモの泥を洗って
落として食べるようになった。
塩味で旨かったに違いない。
そのうち子供ザルや若い猿たちが真似て洗って食べるようになった。

そしてこの集団の一定の割合が芋洗いを行うようになった時に、
なんと物理的に全く隔絶している大分県の高崎山の猿でも芋洗いを行う猿が出始めた。

そして幸島の猿の芋洗いが「主流」になった頃には、
同時に高崎山の猿の集団でも芋洗いが「常識」となった。

この現象を、最初の幸島の猿が一定の数を超えたところで高崎山の猿に
伝播したことから象徴的な数として「百匹目の猿現象」と言われるようになった。

これを社会学者のライアル・ワトソンが世の中の進化の原則の
「共時性(シンクロニシティ)の法則」として90年代に学会で発表した。

つまり、一人の「先覚者」が世の中に良いことをすれば、
目には見えない「場」を形成し、2割~3割の「素直な人」が真似をする。

更に素直な人全てが行うようになると
5割~6割の普通の人が続いて行うようになり、
世の中の時流、新たな常識となる。

但し、1~2割の頑迷固陋な者、
猿の世界ならボスザルのような既得権益者の中年のオスザル達は
最後まで芋洗いをする事なく、
彼らが死んで、全ての猿が芋洗いをするようになった。

更に面白いのは、
幸島の猿社会では権力闘争や食べ物目的の争いがなくなった事である。

餌を与えると猿達自身がまず年老いた猿や親子猿等弱者に餌を持っていく。
本来の自然社会はダーウィンの言う弱肉強食の競争社会ではなくて、
分かち合い、共生の社会である。

動物園などの猿が餌の醜い争奪闘争をするのは、
周りの人間という競争社会の「意識」的影響を受けているからなのだ。

図らずも西欧特にアメリカ型競争社会から遮断されることにより
幸島の猿社会のほうが自然の共生社会に甦ったのである。

これらの「心」と「もの」の関係、「意識」と「社会」現象等を
最新の量子学の紐理論などから総合的に説明したのが波動の法則である。

世の中の全てのものは、ミクロ的に突き詰めていけば波動でできており、
あらゆるものに固有の周波数がある。

例えば光なら無限の周波数の中で、
人間は紫外線から赤外線までしか認識できず、
その認識できる範囲内のもののみが事実の全てと思っているに過ぎない。

音も生まれてからの生活で典型的な日本民族耳となってしまった日本人なら
150ヘルツからせいぜい1500ヘルツまでしか聞こえず、
英語の2000ヘルツは認識できない。

英語がわからないのでなく聞こえないのである。
英語教育も本来の生まれた時の万能耳に戻ることから始めることだ。

物だけでなく「思い」「言葉」にも、
またあらゆる「場」「集団」「社会」も固有の波を持っている。

その波には4つの法則がある。

 ①同じ波は引き合う(共鳴)
  …似たもの同士が親しくなり、波の力、影響力が大きくなる。 

 ②違う波は排斥する(非共鳴)
  …虫の好かない者同士が反発し喧嘩するのも当然。

 ③出した波は帰ってくる(フィードバック)
  …優しい言葉・親切な行為はやがて自分に帰る。
   いじめ、憎まれ口などもやがて自分がそれを負うことになる。
   そうでなくとも仮に誰かに「馬鹿野郎!」と怒鳴れば、
   声の伝導の半分の骨伝導を通じて自分の体が一番聞いている。
   人間の70%は水でできており、
   波の伝導力の一番高い水が「馬鹿野郎」の悪い波動の影響をもろに受け、
   物理的生物学的病気の大きな原因となる。
   反対に「ありがとう」「綺麗だね」と言う人は、
   その人自身が一番美しく、豊かな人生を味わうことになる。
   また、人は、この地球上で一定の高い波動に達するまで
   何回も生まれ変わって勉強しているが、
   出した波は今の生だけでなく将来の生に帰ってくるかもしれない。

 ④優位の波は劣位の波をコントロールできる(包み込む)
  …個人も固有の波動であるので、高い波=成長するには、
   高い波つまり良い師、いい場、良い本などに積極的に接し感動することだ。

さて、これらの最新の社会学の基礎知識に基づいて
新庄の広報戦略を分析してみよう。

キャンプ初日から奇抜なパフォーマンスを行うことによりメディアの目に留まり
「報道」されると、物珍しさも手伝って人が集まる。

来る人はもともとファンが多いので、新庄とともに日ハムの練習そのものを楽しむ。
波動的にも明るく、「楽しい場」となる。

その場の中で、注目をうける選手達は、
心理的にも積極的な「やる気」が漲り、
肉体的には思わぬ力も出るようになる。

ファンと選手の一体化の中で独特の「成功の場」が形成されてくる。

しかしながらペナントレースが始まれば自ずとパフォーマンスも限られる。
そこで新庄は、ファンを年間を通じて集めるため「引退宣言」を熟慮断行。

「この1年」「今しかない」という群集心理を巧みについたこの作戦は見事成功した。

日ハムの試合と言えば前年まで球場に閑古鳥がないていた。
それが、ファンの「熱気溢れる場」となった。

場の雰囲気に押されて気合いで行った思わぬファインプレーも続くと
実力として「できる場」が形成される。

この「独特の場」の中でヒルマン監督の采配、
つまり野球に対する姿勢が変わった。

それまでは大リーガー方式で、
個の力を最大限発揮させるとともにいかに
合理的にシステム化するかに主眼が置かれていた。

この為、個の力の発揮の機会を自ら摘み取る犠牲バントを嫌っていた。

ところが、昨年、リーグで一番犠牲バントを多用したのが
ヒルマン監督なのである。

犠牲バントは、自ら犠牲となることによりチームにチャンスを与えるものである。
これこそ「己を殺して愛するものを活かす」日本武士道の形を変えた体現といえる。

ファンと選手が一体となった「場」の中で、
犠牲的精神のバントで死んだ選手がベンチに帰る間、
深い日本人的情緒に発する暖かい拍手・「思い」が贈られる。

それが「感動の場」となって、
その後ろ姿を見ているネクストバッターサークルにいる次打者を
嫌が上でも燃え揚がらせる。

球場の「場」そのものが感動的な物語の結末に相応しい場面を
呼びよせて次打者を打たせる。

ヒルマン監督は3年目にしてその「日本的共生の場」に目覚めたのである。

このように日ハムの優勝は、
新庄のマスコミ等を活用した「仕掛け」に乗って、
監督・選手・ファンが一体化した「成功の場」を形成し、
1年間維持・強化できた事にある。

これこそ広報戦略の神髄と言える。

日本一の優勝決定時、選手からいの一番に胴上げされたのは
ヒルマン監督でなく新庄選手だった。

選手達自身が、なぜ優勝できたのか良く知っていたからだ。

ひるがえってプロとは周りの人を幸せにする人の事である。
新庄は、かれの広報戦略により、周りの同僚、
それを取り囲むファン更には日本人を幸せにした。

命を賭けて貢献する時代に近づいた今、
我々も活動と一体化した広報戦略のプロになって周りの人を幸せにしたいものだ。





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