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2006年 11/28 6年間は時の流れのように・・・STリーグ優勝!最優秀選手賞受賞

11月3日、悠人の文字取り小学校最後の試合、STリーグ大会が行われた。
 
 11月3日は、田舎の四国愛媛最南端の旧一本松町では秋祭りの日で、
私が小学生6年時は、「唐獅子(獅子舞)」の笛を吹いて常会の
1軒1軒を回ったものだ。
 もし、農家の跡を私が継いでいれば、
悠人は同じく唐獅子を田舎でやっていることになる。
 
 さて、STリーグとは、里小学校と辻小学校のそれぞれの
頭文字「S」と「T」からとったものである。

マンションから見沼用水路を隔てたところにある里中学校には、
里小と辻小の卒業生が通う。

そこで同じ中学で野球をする里小区の「里緑が丘パワーズ」「里ヤング」と
辻小区の「辻パワーズ」「南七」の計4個チームが切磋琢磨しながら
将来の融和団結のために、
里緑が丘パワーズの監督でかつオール鳩ヶ谷市選抜チームの監督でもある松本監督の
呼びかけで行われるようになった大会である。

 もう里緑が丘パワーズでは、先の桜スポーツ大会の後、
5年生以下の新チーム主体の練習になっており、6年生はお手伝いをしている状態だ。

このSTリーグ大会が文字通り6年生チーム最後の試合になる。
準決勝、決勝の二試合を一日で行えるので、
単身赴任の私にとっても大会の始終全てが見えたいい日となった。
 
 先ず、準決勝では、左腕エースの広橋君が本来の力を発揮して6回コールド、
7-0で完封した。

 そして決勝は、同じ学校区でそれだけにライバル意識の強い里ヤングと
因縁の!?小学校最後の戦い。
里ヤングが、夏の市大会に優勝した南七に4-3の接戦の好ゲームで
準決勝を勝ち上がってきただけにいい試合になると思ったが、
14-1の5回コールドであっさり悠人達が優勝してしまった。

 里ヤングの投手は連投にならざるを得ないにの対して、こちらは悠人が先発し、
4回を無得点に抑え、最後5回に広橋君が投げてホームランで1点を失うものの圧勝した。

 聖人の時は、夏の市大会でチームとして5年ぶりに優勝した後は、
気が抜けたのか桜スポーツそしてこのSTリーグ大会でも簡単に初戦敗退して、
聖人一人泣いていた。

逆に悠人達は、夏の大会で悔し涙を全員大合唱で流し、
桜スポーツでも後一歩のところで決勝で負けたため、
「STでは絶対優勝!」と気合いが充実していた結果と思う。

この時期の子供の成長は、個人差が大きく、
またそれだけに「気持ち」一つで試合の流れが変わるのかもしれない。

 閉会式では、悠人に最優秀選手賞が贈られた。
本来の働きから見れば、左腕エースの広橋君が貰ってもいいのだが……。
これは、この大会だけでなく、悠人の6年間の総決算として
皆さんからいただいたのだと感謝した。

 悠人との忘れ得ない一生の思い出は、私が初めての富士への単身赴任で
妻に蕨駅まで車で送ってもらったときの事である。
車を降り駅に向かいながら振り向くと、
チャイルドシートに固定された1歳半の悠人が、
普段の出勤と違う事を本能的に悟ったのか必死に窓に顔をつけて父を呼んでいる…。

この時の悠人の必死の叫び顔は生涯脳裏に焼き付いて残るだろう。
こういう生い立ちなので、4人兄妹の中でも最も我慢強く内に秘めるものもある。
又、その分他人への優しい気持ちが大きい。

 更に、北海道への転勤が決まり、
聖人が小2で里緑が丘パワーズに入団した頃の事である。

マンションの5階広場で聖人と練習をしている時に、
一緒に来ていた悠人に「打ってみるか?」とプラスチックのバットを渡したところ、
まさに仁王立ちのようなどっしりとした3歳児に似合わないい構えなのである。

ボールを投げたところ見事に打ち返すのに二度ビックリした。
生まれたときから5歳上の聖人と私のキャッチボールなどを見て、
内に秘めるタイプだけになおさら聖人以上の選手になりたいと
思って育ったのかも知れない。
 
 小学に入ると直ちに里緑が丘パワーズに入団した。
パワーズ最年少である。聖人が6年生で活躍するのを見ながら育った。

それ故「兄が取れなかった賞を取りたい!」
つまり夏の市大会での打撃賞が目標だった。

残念ながら夏の大会では心に残るいい試合をしたものの準々決勝で敗れた。
同じ小6時点で、聖人は身長165センチ、悠人は144センチ。
この時期の成長の早い遅いの差はいかんともしがたい。

 それでも、「思いは実現する」と言うが、聖人にない賞を悠人はしっかり貰った。

 先ず、小1の最年少の市大会で「ボールキーパー賞」を特別にいただいた。
ファールボールを拾って綺麗にしてプレイの中断を利用して
手短に主審に帽子を取ってペコリと礼をして渡す役割だ。
それだけでなく誰がどのバットを使うか覚えていて
バットの受け渡しもしっかり行っている。
この悠人の働きを楽しみにネット裏に応援に来るご老人方もいた。
通常なら低学年は試合中飽きて砂遊びを始める子もいる。
この悠人の働きが認められて特別に「ボールキーパー賞」をいただいた。
 
 そして6年になり、兄のできなかった主将にしていただいた。
夏の大会は兄のように優勝はできなかったが、
その後の桜スポーツ大会の準優勝と8打数7安打3本塁打での敢闘賞、
そして今回のSTリーグ優勝は聖人にできなかった事である。
最後までチームを纏めて「勝つ」という意識を持たせていたのかも知れない。

 特に選手集めにも気をつかい、マンションで一緒に遊ぶ友達がチームに入って来た。
それまでマンションで野球をやる子は殆ど里ヤングに入っていたが、
今では全員パワーズに入っている。
少年野球では、子供が同じチームになると親が顔を出し、支援し、
やがてファミリー的なお付き合いになり、
その家庭的な雰囲気の場の中で子供達が成長する。

戦後経済的な目標ばかりを追いかけ過ぎて通常の家庭でも学校でも忘れてしまった、
かのアインシュタインも絶賛したかってのよき日本的な人間的共同生活体とも言える。

だから野球生活を通じて親子を成長させてくれる。

 又、悠人との思い出で絶対に忘れえないのは夜のトレーニングである。
単身生活中断の3年生春から5年生冬までの2年余りを利用して、
ほぼ毎晩二人でトレーニングを行ってきた。
バッティング練習で使うバトミントンのシャトルは
職場のバトミントン部の田口さんが壊れたシャトルを集めてくれた。
左右同じように打てるようになったのはこの田口さんのお陰でもある。

 誰から教えらたものか悠人は左手で箸を使ってたべるようになった。
再度単身赴任に行く時に、「継続は力なり」「練習は嘘をつかない」と
書いた大学ノートを「野球ノート」として渡した。
どこまでやるかは後は悠人自身の思い、生き様である。
 
 悠人が小学6年間をパワーズで過ごすうちに、
5歳上の聖人はパワーズからボーイズの名門オール草加ボーイズに進み、
夏に全国大会ベスト16を体験、
早実の推薦入学を落ちた後地元の武南高校で野球をやっている。

頭のいい子だけに下二人の弟妹のこれからの教育費、
私の4年後の退官を考え、私大野球部の道を諦め国立大受験を目指している。

 悠人の目標は明確だ。
先日帰宅した時に進路を聞くと
「僕は大学にいかない」
「オール草加でやって野球推薦で授業料タダで強豪校に入り、野球で生きる」。
そういう悠人に妻は
「通信簿であひる(2)取ったらすぐにオール草加止めさせるからね」^^;。
 
 まだまだ体格は小さいながらこういう野球に打ち込んだ6年間のプレゼントとして
STリーグ大会で最優秀選手賞をいただいたのだと思う。
活躍そのものなら後で入団したとはいえエースの広橋君が貰ってもおかしくない。
 
 この11月、そのオール草加ボーイズが19チームで争った埼玉県予選を
見事勝ち抜き、来春2年ぶりに全国大会出場を決めた。

早速ネット上でスポーツ報知の記事を見てみるとまだ、
準決勝時の記事しか出てないが、「全草加ボーイズ古豪復活!過去全国2度準V」の
見出しのもとに試合経過などが書かれている。

写真は「粘り強く完投した全草加・槇谷」のコメントで槇谷弟が載っている。
「攻撃面では3番・秋元星哉と6番・高橋渉がともに3打数3安打の活躍。
4番・関根恵太も6回にだめ押しの・・・」
読みながら『あれ!?1番聖人の記事と写真が消えている??』
『あ、そうか!!これは2年前の記事でなく今年の記事だった』^^;。

 記事の最後に、決勝で争い、
ここ2年間埼玉では負け知らずの武蔵狭山の監督をして
「選手を育てる名監督」と言わしめているオール草加鈴木監督のコメントに
「偶然ですが、今日スタメンの秋元、関根、高橋、槇谷は
 2年前の夏に全国大会へ行ったメンバーの弟です。
 その時以来の出場を勝ち取りたい」
とあった。
 
 決勝では、兄が春日部共栄高に進んだ秋元弟が完封し、
武蔵狭山に6-0のコールド勝ちを収めたらしい。

オール草加の5番ファーストは、広橋希(のぞみ)君の兄であり
パワーズの2年上の主将でもあった広橋悠(はるか)君である。

決勝ではホームラン性の大二塁打を打ったとお母さんからメールが来た。
広橋悠君は、パワーズ時代は、オール鳩ヶ谷市の選抜チームには選ばれなかったが、
片道14kmのオール草加への自転車通いなどで鍛錬し、
見事クリーンアップとして花を開かせた。
まさに努力に優るものはない。

 聖人達が埼玉県で常勝チームとなったのは3年春以降で、
新チーム結成時の2年秋のこの時分には「オール草加始まって以来の弱小チーム」と
コーチ陣に揶揄されていたものだ。
弟たちは兄たちをもう超えている。

 広橋希君も悠人も中学ではオール草加ボーイズと決めていて、
鈴木監督から投球フォームなど見て貰ったこともある。

全国大会出場の兄を持つ弟としてどんな新たなドラマを展開させるのか楽しみである。

私も悠人達が活躍する頃には聖人の時と同じように単身赴任を解消して支援したい。

 パワーズでも捕手の木戸君の弟が悠人より更に1年早く幼稚園年長から入団し、
悠人と同じく「ボールキーパー賞」を貰っている。
来年は4年ながら兄の後を継いで正捕手、投手も兼ねて主力となる。
 
 淀みなく時が流れるように、
       兄から弟へ野球を通じた熱い瞬間(とき)が受け継がれ、
                     人は成長し、物語は綴られていく。





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