池田整治のメルマガ・心のビタミン
読者購読規約
powered by まぐまぐトップページへ
 

2006年 9/7 真夏の花火の思い出…蒲郡花火大会の撮影にて(その四)

今何をなすべきか?

 幸い、一本松の篠山等の水源は汚染が少なく、
都会のような大気汚染も少ない。
このため豊かな太陽の恵みは十分に自然を蘇らせる力がある。

 今すぐ、町をあげて蘇生化・坑酸化の自然環境へ還元すべきである。
そのために次の事項を提言する。

 ①農業は、町をあげ有用性微生物群等を活用した有機栽培に転換する。
 …農業はこれから10年内に自由化する。
  また、成人病等増加に伴い無農薬でビタミン・
  ミンネラルの豊富な「本物の野菜」が求められるようになる。
  10年内に完全な有機栽培農法に切り替わることが、
  農業の生きる道であり、一本松の真の活性化となる。
  有機栽培された農作物は、それ自体が非常な価値があり、
  生産者と消費者間の中間流通組織・マージンを廃した、
  直接取引により生産者・消費者相互にメリットをも
  たらすことができる。
  生産者組合自体が、インターネットで新たな消費者を探す
  という新たな流通形態も考えられ、新たな町興しともなろう。
 
 ②灌漑用水を石垣等を利用した自然型用水路にして鰻等自然循環適応型にする。
 …小道等を脇に儲け小公園化し、都会人がのんびり田園の
  散策を楽しめるようにする。
  夏など、蛍の里として蘇り、リフレッシュ型の真の観光地にもなりうる。
  今回、広見の田圃の改築が計画されており、
  総合的に蘇生化する唯一のチャンスである。
 
 ③家庭汚水等を蘇生化させるための措置
  ・有効微生物処理による家庭用汚水処理装置を各戸にとりつける。
   集中汚水処理もこの方法に切り替える。
  ・家庭用洗剤等は、有効微生物のえさとなり成分を水と炭酸に
   生分解するエコロジー型の洗剤に切り替える。
  ・現在広まりつつある、EM菌による家庭の生物ゴミの
   有機肥料化を町ぐるみで有機栽培農法の一環とする。
 
 ④プール等公共場所でのさらし粉(塩素)消毒を有効微生物還元水等に切り替える。

以上を10年を目途に(但し、できるものは直ちに)完成すれば、
「本物時代」を率先して実施したモデル町村として、
一躍脚光を浴び、研修者も内外から四季を通じて訪れよう。

本当の一本松の活性化がここにあると思う。
何より、大自然と共生し、125歳の天寿を全うできる豊かな町として、
未来永劫子孫に受け継がれよう。

そうなれば、若いとき、職を求めて都会へと去った若者も、
人間的な生活を求めて喜んで永遠に家族とともに里帰りするであろう。

このまま崩壊化の道を辿るか、蘇生・共生化の道へ上がるか、
どの道を子供に残すか、今、岐路に立っている。
選択できるのは、今生きている人である。
一本松が「本物化」への運動の原点となることを信じる。

誰でもなれる101匹目の猿

最後に、有名な「101匹目の猿」の話で締めくくりたい。
宮崎の沖合いにある無人の幸島で、
日本猿の生態調査の為餌付けを行っていたところ、
ある一匹の若い母猿が芋を海岸で洗って食べるようになった。

塩水に泥が洗われさぞ美味しかったであろう。
二匹、三匹とまねをする猿が現れ、
この猿の群の約半分が洗って食べるようになったとき、
物理的にも種的にも全くつながりのなかった大分県の高崎山の猿の群からも
芋を海で洗って食べる猿が一匹現れた。

そして、宮崎の猿の群が100%芋を海で洗うようになったときには、
なんと高崎山の猿の群も100%芋を海で洗ってたべるようになったのである。

これは、猿だけでなく、
地球上のあらゆる種でみられる物理的に離れた空間での同時成長である。

これを「101匹目の猿現象」という。

これは、心理学的に証明されている。
人間が通常生活しているときの意識を「有意識」または知性といい、
その他に人間には生物の起源から記憶している右脳による「潜在意識」、
さらに全宇宙にもつながる「超自我(スーパーコンセンシャス)」の意識がある。

101匹目の猿の現象は各種のスーパーコンセンシャスによる働きと思われる。

私たちは、今さらアインシュタインのような天才にはなれない。
しかし、誰でも意識すれば101匹目の猿になることはできる。

生きていく上で地域社会に何かいいこと一つはできる。
そればかりか、そのようにポジティブな生き方で生きる親の下、
プラスイメージの社会で育つ次世代の子供達は、
人間本来の能力を発揮し人間的にすぐれた高度知能社会を築くであろう。

そのためにも、今、私たちが、101匹目の猿になる必要がある。
美しい一本松を未来永劫築くために。

(余録・・・)
幸島の初期の猿も、全ての猿が芋洗いをしたわけではない。
ボス猿等、それまでの権力を持っていた雄猿等は死ぬまで芋洗いはしなかった。
彼等頑固者が死んだ後、全ての猿が芋洗いを行うようになった。

人間社会も、2~3%の先覚者が時代に逆らって良いことを始めると、
20~30%の素直な人がこれに続き、
更に50~60%の普通の人が真似て、
新たな時流になるという。

これを英国の社会学者ワトソンは、
「場の共鳴」理論として公定した。

但し、10~20%の中年男性の頑固者、
特に既得の権益で生きてる者は死ぬまで直らない。

せめて、先覚者になれずとも、素直な人ほどには人間修養して、
世の中に貢献したいものだ。




 その一本松町も、合理化効率化の波の平成の大統合の波に飲まれ消えた。
愛媛最南端の南宇和郡全7コ町村が合併し「愛南町」となった。

私の田舎の一本松町も、叔母の内海町も、
はじめて首実検!?された城辺町も皆愛南町となった。

果たして、あの柏の花火は残っているのだろうか?
 合理化・効率化は本当に人間を幸せにするのだろうか?

田舎にとって地域の小さなお祭り、神社、お寺、花火大会、運動会、
町役場、学校、郵便局、農協、交番、小売商店などは「地域の核」である。

 人間社会で心の拠り所となる「核」が亡くなれば、
かっての産業大革命時代の大工場の無機質な非人間的生産社会のように、
人間の心を失った動物的弱肉強食の統制社会に陥るのではないだろうか。
 
 その統制手段が、かっては暴力であったが、
現代では気づかないように情報でなされる。

柏では、美涼ちゃんにもいい婿さんが来て、待望の初孫も生まれている。
 蒲郡の花火の余韻に浸りながら、心のふるさと、田舎の未来永劫の存在を祈った。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
メルマガ:心のビタミン(エッセー)http://www.emaga.com/info/heart21.html
北海道の四季(写真) http://groups.msn.com/jjt8khvnlvgq2ipf5spd2vq9r4
北海道の四季(写真)パート2http://groups.msn.com/hearthul2006
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





池田整治のメルマガ・心のビタミン
読者購読規約
powered by まぐまぐトップページへ
 

フィード