2006年 5/11 頑張れ!パワーズ6年生・・・
ゴールデンウィーク久しぶりに家族の元に返る。
今回は前段の土日仕事だったので二日に代休を頂き、
一日の夜9時過ぎに埼玉のマンションに帰宅。
途中新幹線の中で妻にメールで「お腹空いたあ!」と入れておいたので先ず夕食、
そしてお風呂に入って疲れでも取ろうかと思いきや、
下二人(三男・小6と長女・小3)が風呂にも入らず待っている。
妻もまだご飯もよそおっていない・・・
「あれ!?鳩ヶ谷の駅に着いた時にもメールしたのに??」と思ってたら…
「トレーニング待ってるよ」・・・・!
前回の北海道の単身赴任と今回の愛知県豊川市の単身赴任の間の2年8ヶ月の間、
自宅にいるときは毎晩三男のトレーニングを行った。
メニューは、①私が打撃投手でバトミントンシャトルを使った左右両打席での打撃練習
②ゴムチューブによる投球練習
③テニスラケット(バトミントンラケット)によるシャドーピッチング
④タオルによるシャドーピッチング
⑤硬球のゆっくりしたゴロを素手で取っての送球練習
の五つである。
これにより投打に必要な動体視力と筋肉・神経を養えたと思う。
その前後に軽くゴムチューブを使って私も空手道の突き・蹴りの
トレーニングもできた。
昨年12月に再び単身赴任になって、月1~2回帰宅してるが、
今回は4月に母の3回忌を行うため私だけ単身赴任先から四国愛媛の実家に
帰省したこともあり、2ヶ月間埼玉には帰宅できなかった。
だからどちらかというと私の方が「もう自主トレーニングだけかな」
と思っていたのでお風呂にも入らずトレーニングを待っていた子供達にチョット感激。
早速五つのメニューを逐次こなしていったが、ライト一つの薄明かりの中、
マンションのルーフバルコニーで微妙に風の影響を受けるバトミントンシャトルを
左右両打席で同じようにほぼ100%真芯に捉えてよく打つもんだと
我が子ながら感心する。
そのシャトルは前職の小平学校でバトミントンをする同僚がいらなくなった
シャトルをわざわざ集めてくださったもの、改めて遠く感謝し、
この春の大会でのホームラン賞獲得などの近況とお礼をメールで送る。
今回の子供との新たな信頼貯金は、
真菜が自ら「お父さんキャッチボール真菜もする!」と切り出したことである。
キャッチボールと言っても、悠人の最後のメニューを真菜は軟球で悠人の
グローブを借りてほんの少しだけ行うのだが、
結構連休間、日々このトレーニングを楽しみにした。
夕方近くなると真菜が「お父さん今日のトレーニングは?」。
小3の女の子の父との会話の言葉にしては面白いなと思いながらも、
真菜とも野球ボールを通じて文字通り心のキャッチボールが始まったなあと
新たな感動。
翌二日は子供達が学校に行っている間にルーフバルコニーの隅に鯉のぼりを立てる。
田舎から持ってきたもので高さ10mのポールに
黒・赤・青の親子三本の堂々とした鯉のぼりである。
ルーフバルコニーがマンションの角地なので、
まるでマンションを代表して子供達の成長を祝うように五月の風になびく。
父が15年前に亡くなり立てれなくなってから母のすすめで持って来て、
もう10年も立てている。風を取り込むための口の竹の輪っかは糸が全てすり切れ、
体のあちこちのほころびも全て私が縫い治している。
10mのアルミの伸縮自在のポール立ても最初は苦労したが
年一度ながら10回の経験の成果で15分ほどであげれるようになった。
前夜、妻が「悠人ももう来年から中学だし鯉のぼりも今年で終わりでいいね」
と言うと、次男聖人高2が「結構池田んちの鯉のぼりで友達も楽しみにしてたよ」と
教えてくれた。
田舎で生前父が、長男英人誕生の翌年から幟5本とともにあげていた気持ちを
感じながら立て終わる。
学校から帰宅した真菜が「大きな黒がお父さんで、赤がお母さん。
じゃ、真菜のは小さい青!?」「ん!あ、そうだね^^;」
「悠人が中学になったら鯉のぼりやめるの?じゃ私のは??」。
流石にこれには「真菜はお雛様があるでしょう!?」
さて、今回の連休間、悠人の所属する里緑が丘パワーズは
市の体協杯と隣の川口市のダイマツ杯の二つの大会が重なっていた。
体協杯の1回戦は、同じ里学校区のもう一つのチームに先週20-0で圧勝していた。
三日の午前中に市の体協杯の2回戦、午後川口市のダイマツ杯の1回戦が行われた。
今年のパワーズは5年前に次男聖人が小6の時に優勝した時の学年構成によく似てる。
バッテリーと内野のサード、ショート、ファーストが六年で残りは五年生と四年生。
只、聖人の時は試合直前にサードの6年が辞めて5年が入ったものの
残りの6年は全員鳩ヶ谷市の選抜チームに選ばれていた。
今回は、選抜組はバッテリーとショートのみでしかもセカンドとライトは3年生。
いずれにせよ6年生全員の頑張り如何で勝敗が分かれる。
午前の試合は左のエース広橋君が投手で悠人はショート。
試合開始早々の初回表、相手の攻撃、サードのエラーに外野正面のフライを
二つ落としたりしてあっという間に1死満塁のピンチに。
押せ押せで打った相手の打球は、無情にも前進バックホーム態勢の三遊間に
鋭いゴロ・・「ああ、やられた!」と思った瞬間、
何と悠人が逆シングルで飛びついて好捕、
そのまま倒れたまま上体だけでバックホームしてアウト!!
カメラのシャッターを切るのも忘れた・・。
凄い!こんなのプロでもあまり見えないのでは!?
しかも小6で!と思うほどの超ファインプレーだ。
これで二死。流れがこちらに来た。
次打者のあたりは強いもののファーストゴロ、やった!これで勝てると思った瞬間、
なんと6年のファーストが一塁走者とぶつかって球を外野にそらした・・・。
何で!?・・・。
今回の各試合を通じてわかった事は、厳しく怒られて練習しているものの
基本的なポジショニングと投球動作の指導を受けてないと言うことだ。
5年前の聖人の時は、急遽サードに入った5年生に休暇時私がつきっきりで
ランナーがいるとき、いないときのポジショニングと投手の1球ごとに
投球に合わせてアヒル歩きで前に歩いて打球に備えること等徹底して教えた。
結果、エラー無し。サードも守備がいいと褒められた。
今回は、6年のサードもファーストもそのような基本的なポジショニングさえ
教えられてない。しかも失敗して怒られるからますますボールを追わなくなる・・・。
結局、7点差を悠人の三塁打等で追いついたものの再度エラー等で
1点差で負けてしまう。
午後の強豪等の多い川口市の大会も同じような結果となった。
今度は悠人が投手で広橋君が左投げながらショートに。
相手の初回の攻撃、一番が悠人の速球に詰まってファーストとマウンドの中間点に
ふらふらと小フライ。二番も詰まってマウンドと三塁の間に小フライ。
簡単にツーアウトのはずが、サード、ファーストとも取りに行かず無死一二塁に・・。
討ち取った二塁ベース後方の高いセンターフライもつっこみ過ぎてボールを
後ろにそらす・・。
それでも三振にとれるので後続等を押さえ、結局試合はコールド勝ち。
実は、午前中勝てば、翌日の市の大会の準決勝はこのチームと当たることに
なっていた。
翌日このチームが決勝まで進んだということは後で知った・・・。
翌日はいよいよ川口の強豪チームと対戦。広橋君が投手で悠人がショート。
やはり、サード、ファーストの6年生の動きがいまいちでリードを許すものの、
レフトの5年生がダイビングキャッチする等頑張っていい試合になる。
そして6回には三番悠人のレフト線を抜くスリーランと
四番広橋君の連続ホームランで一挙に4点あげ7-5と逆転勝ち!と思ったが、
最終回の裏に二死満塁からファースト後方の討ち取った高いフライを捕れずに・・
再逆転サヨナラ負け・・・。後でそのチームが決勝に進んだことを知った。
それでも、子供達が頑張ったということで7日日曜日3時からいつものように
親子一緒に「反省会」を行うことになった。
この反省会で、グランウドでは厳しい松本監督が一人一人のいいところを
具体的に褒め、更に一人一人今後の抱負等全員の前で話すので
子供にとってもいい成長の機会となっている。
しかし、今回松本監督は、珍しく甥御さんの結婚式で北海道に行っていて
試合は見てない。
子供のスポーツのみならず、あらゆるスポーツ、仕事等でも褒めるという
長所伸展法が成功へのパスポートである。
逆に短所矯正法は、萎縮させやる気を失わせる。
その意味で、松本監督の「褒め」のない「反省」会が
果たしてどれだけ子供の成長になるのか・・・。
実は、もう一人の選抜組の6年生のお父さんが
高校時代に野球の名門校で甲子園に出たと言うことで新しいコーチとなった。
確かに硬式野球で鍛えられているだけに風格もある。
もし、高校以上の硬式野球のコーチなら素晴らしいと思う。
だが、自分の子供もあまりに厳しく言われるので
「ふてる」態度になることもあるほどだ。
だから当然ヒットを打たなければならない選抜組で1番打者なのに
一試合に三振を二つもしてる・・・。
怒られ続けマイナス思考に陥っている。
他の親も今まで一緒に練習に参加できたが、急に一人の父親が「コーチ」と
なったので雰囲気的に子供と一緒に練習しづらくなった・・。
いずれにせよ怒るのではなく、具体的にポジショニングや投球動作の基本を
明るく楽しく教えて欲しい・・・それがコーチの役割だと思う。
今回は連休だし見てない監督の帰りを待って三日も飛ぶ7日に
反省会をするのでは意味なく、反省会はしないと試合後親同士で決めていた。
ところがその夜、急遽コーチの一人から「けじめでして欲しい」と言う電話を
妻が受けた。主将の父親の私が反省会の司会をすることになる。
思わず、穏便に会を行いたい妻に、私が厳しい口調で会の意義が無いこと、
今の指導のあり方の不満等を珍しく?声を荒げて言い放った・・。
それだけ不満のストレスが溜まっているんだなあと自覚しつつ、
自ら「マイナス思考」で妻に八つ当たりしてると・・・と心で反省しながら…。
その後、六日に久しぶりに次男聖人高2の練習試合を見る。
高校の試合は、学校教育の一環でもあり、親は一観客として静かに応援するのみ。
やはり、レフトと捕手兼任だが、やがて正捕手になるようだ。
試合後、監督から新しいキャッチャーミットが渡された。
生まれて初めての捕手だが様になりつつある。
ヒットも得意のバントヒットも含め3本打った。
でも、同点で迎えた延長の二死満塁のチャンスにいい当たりながらも
ショート正面のゴロでイマイチ調子が出ていない。
1ヶ月ほど前に受けた顔へのデッドボールの影響がまだあるのか・・・。
ヒーローになる最高のチャンスの打席の聖人に監督が
「小さく絞ってコンパクトに行け!」とアドバイスしていた。
何かそのイメージのような小さくまとまったショートゴロだった。
私なら「あのセンターの空の雲狙って思い切り打て!」とアドバイスする
・・・いかんいかん、またマイナスの「批判心」が出てきている・・^^;
六日夜、最後の鯉のぼりを下ろす。
ポールを倒すときに悠人に手伝って貰う。
次に悠人が鯉のぼりに触るときは、悠人自身が自分の子供のために立てる時だろう。
又、もう悠人と真菜は一緒にお風呂に入らなくなっていた。
一緒に住んでた頃は、トレーニング後、横で見ていた真菜と三人一緒に入って
わいわい楽しんだものだが。
今回は悠人と1日だけ一緒に入って、お湯の中で軽石を使い
手首を強化するトレーニング法を教えただけ。
寝る前の本読みもついに真菜一人になった。
ま、子育ては巣立ちの過程、風呂離れも無念ながら!?その一環・・・。
でも、真菜はまだ小3、次回は必ず一緒にお風呂に入ろう!!
翌、七日、豊川市に帰る前に反省会に出る。
新しく入団された5年生とそのご父兄も含めた新たないい団結会となるように
祈りつつ司会を行う。
親子共々自己紹介する時の挨拶。
「10年前に次男聖人が二年で入団したときに優勝し、
聖人は一番最後をちょこちょこ歩きました。
五年後、その聖人が6年で優勝したときに、
この三男の悠人が小1で一番最後をちょこちょこ歩きました。
そして更に5年後、その悠人が6年になりました。
今年は、5年ぶりの優勝をする年です」。
その後に、「試合後、ポジショニングが悪いとファーストの6年生に
思わずい厳しく言ってしまったが、パワーズの優勝は六年生の双肩に
かかっていることへの熱い思いからです」
更に「コーチがしっかり明るく場も盛り上げて教えて欲しい」と言いたかったが、
これはぐっと我慢して、いい雰囲気をつくる事を心がける。
言わなくとも子供達はよくわかっている。
試合後悔し涙も流しているし、遊びもマンションの広場に野球道具を
持って集まっている。
練習は嘘をつかない。
他チームにはない朝練等を通じて得る成果は、
きっと事後の人生の心の原動力となる。
頑張れ!パワーズ6年生!!
期待している。
(追記)拙著「心の旅路」を、尊敬する船井幸雄先生がHPで紹介して下さりました。
是非、一度覗いて見て下さい。
http://www.funaiyukio.com/select/
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
メルマガ:心のビタミン(エッセー)http://www.emaga.com/info/heart21.html
北海道の四季(写真) http://groups.msn.com/jjt8khvnlvgq2ipf5spd2vq9r4
北海道の四季(写真)パート2 http://groups.msn.com/hearthul2006
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






