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2005年 5/10 伊予路56号線沿いの春・・・初のふる里愛南町訪問

4月7日午前中、次男の高校入学式に出た後、母の1回忌供養のため午後の羽田発で郷里愛媛に向かう。ビジネス出張便で航空券往復に宿泊が付いて費用は片道分、これに空港からのレンタカーの特約をつけると結構安くて便利である。

この日は松山の決められたホテルに泊まり、翌8日朝、郷里の愛南町広見の実家に出発。「愛南町」は昨年10月、愛媛の最南端の南宇和郡の全5町村が合併してできた郡内唯一の町である。

人口約2万8千人で統合しても市になることができなかった。母が死に誰も住まなくなった実家のある旧一本松町の隣は高知県宿毛市となる。

犬が飛び上がった形をしている愛媛県の頭に当たる県都松山市から後ろ足に当たる愛南町までほぼ沿岸部沿いに唯一通じている国道56号線を南下する。

家を中学卒業とともに出て帰省は殆ど盆正月に限られていたので、今回の桜の時期の伊予路は非常に新鮮であった。

それに親戚の叔母の提言もあり、法要は菩提寺でしかも母の身近の人だけ来ていただく事にして「仏前」も受け取らないことにした。

実家に住んでいれば、田舎特有の皿鉢料理で親戚一同を迎え受けて参会のお礼の酒席を設ける所であるが、今回から思い切って簡素化する事にしたのだ。

子供達が「おばあちゃんの家に帰りたい」という気持ちに応えれないのだけが残念であったが…。

実は、その子供達の学費を捻ずる意味でもこれから努めて質素化できる所はしなくてはならない一面もあった。

この為、松山から実家までの約150kmの国道56号を一人運転しながら初めての春の伊予路を味わうことができた。

松山から西予市までは四国山地の三脚を新たに抜ける四国横断自動車道で一気に行ける。只、便利になった分のんびりと自然を味わうことはできない。

西予宇和ICを降りて宇和島までは南予の内陸部ののんびりとした田園風景を味わう事ができる。小さな川の中は自然の菜の花が満開で土手の桜との競演が美しい。思わず車を路肩に止めて線路・川・菜の花・桜が一枚で表現できる写真を追求する。

宇和島を過ぎれば国道56号線は、ほぼ宇和海沿いに走っている。右手に「足摺宇和海国立公園」の蒼い海と、春の陽光の中でシルエットのように浮かぶ大小様々な無人島、そして左手に新緑の中に花畑ように山桜が咲く複雑なリアス式海岸を味わう事ができる。

眼下に内海を見下ろすお気に入りの「ドライブ喫茶」に昼食で立ち寄りながら桜の枝を「枠」に遠景に真珠の養殖筏で働く漁船と漁師の姿を撮ってみる。

広見の実家に到着後、お世話になっているお寺さんや親戚回り等をする。「広見」は文字が表すように山間の水田の広がる小盆地である。

父達が若い頃に小さいながらも個々の農家が作りやすいように小区画整理していた水田を、数年前機械化時代に対応するという名目で1ヘクタールほどにする大区画整理を行った。


私も、過疎の町一本松町の活性化を願い、太陽と自然の力を活かして町を上げてのEM有機農法等を提唱したレポート「一本松の未来永劫のために」を平成7年に書いて当時の町長などに届けた。

その当時ドイツで目の当たりにして知った都市住民参加型の有機農法による農業の活性化を提言したのだ。レポートの中で指摘した下水道は完成したが、できあがった水田は理想とはほど遠いものであった。

全て揃えると数千万円はする大型機械を購入しての農業など田舎では不可能である。しかも過疎で「三ちゃん」化が進み、区画整理を機に農地を手放す人が多いと聞く。

ドイツのように数アールに小区分化して市街地の人に貸し出し、日々の残飯をEM菌で有機肥料化して有機栽培すれば食料自給率も一気に上がるのだか……。

今の農業は、農協や農機具・農薬・化学肥料等大手企業の利益追求の為の農業でしかないのではないか…。

しかも区画整理事業の経費は政府の補助金が交付される。見方によれば、地元土建業者の眼前の利益のための区画整理ではなかったか。

区画整理後の水田はやはり転作補助金で肝心の稲作がなされていないところが目立つ。今、この地球上では日に約5万人の子供が餓死しており、日本の食糧自給率も先進諸国では異常な低さの約30%というのに。

万一輸入がストップすれば、日本人の約3000万人が餓死するという。ちなみに食肉産業に使う穀類を直接食料として活用すれば約100億人を養う事ができるという。

現代病の生活習慣病もこれら野菜等からのビタミン・ミネラル不足が原因である。今こそ未来の子供達の為に、安全で栄養豊かな農作物を作るべきではないだろうか。亡き父が「日本の農政はいつも10年遅れている」と嘆いていたのを思い出す。

そういう思いを抱きながらその広見の水田を見下ろす我が祖先の墓を遠景に、転作でたばこ栽培する農家の人を写真に撮らせて頂いた。

夕食がてら妻から頼まれた「田舎の味噌」を買うために今や同じ愛南町となった「旧城辺町」のスーパーに行く。

亡き母が毎年作って送ってくれた小麦を入れる「田舎の白味噌」で育った我が家はこの味でないと味噌汁が美味しいと感じないのだ^^。


海岸まで足を延ばし峠を一つ越えた久良湾の宮島の夕景と僧都川に架かる橋の上から御荘湾に入る夕陽を初めて撮ることができた。

翌9日、母の法要を済ませ、実家を隣の叔父夫婦に再度頼んで帰宅のために出発。気にかけていた家の前の畑も叔母が曲がった腰で綺麗に野菜作りをしてくれていて荒れてなくあらためて感謝する。

埼玉に帰宅後、「マス姉(亡き母)さんが孫に送るのを楽しみにしていた蜜柑を持って帰れなかった」と言うことでわざわざ畑になっていた夏みかんを宅急便で送って頂く。

父母を亡くした今、隣の叔父夫婦が父母代わりの気がする。夫婦元気にいつまでも池田農園の現役でいて欲しい。

帰路は、大洲ICをおり、西に傾いた太陽の逆光に浮かぶ大洲城を先ず撮影。更に地元情報で予讃線沿いに西進し長浜町に出て、伊予灘を左手に見ながら海岸線を松山へ北上する

途中、道の駅「ふたみ(双海)」で伊予灘に沈む夕陽を撮影。初めて伊予灘に沈む夕陽を撮ったが穏やかな瀬戸内の面影が出ていいものである。

生憎の春霞で「だるま落としの夕陽」とはならなかったが新たな撮影ポイントとして、内陸部を走る国道56号でなく、海岸部を走る国道378号を知ったのが大きな成果であった。

次回帰省するときは、松山から是非迂回して再度撮影しよう。只、おばあちゃんち(家)に急ごうとする子供達を如何に説得するか…それまでの課題だ^^。

と言うことで今回は、伊予路国道56号線沿いの春景色を紹介します。


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