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2004年 6/9 母への追憶その一・・・残雪の富良野

3月19日、四国愛媛の最南端の一本松町の実家の
隣の叔母から突然電話が職場に来る。
「マス姉さん、さっき南郡病院に検査入院させたよ」
「お医者さんが誰か身内の人に来て欲しいという事
なのでKおっちゃん(母の弟・叔母の夫)に明日にでも
行ってもらう・・今、牛が忙しくて・・・・」

すぐに主治医に電話すると「胃の中に大きな腫瘍、肝臓にも・・」
「東京の中央病院に転院させてかまいませんか?」
「ええ、、それは・・」
「じゃ、明日迎えに行きます!」

直ちに、空手連盟の同じ理事仲間のお医者さんに
急遽入院のお願いをするとともに、航空券を確保。

翌日、朝一番で松山まで飛ぶ。空港には徳島の姉が
夫の運転するタクシーで迎えに来てくれている。
直ちに南郡病院に直行、母を退院させる。
病院には妻からの連絡でごく親しい人たちが来てくれている。
とりあえず、実家に最小限の荷物を取りに行き、
とんぼ返りで松山空港へ。。
実家を出る際に、母を真ん中に叔父叔母等と一緒の
写真を撮る・・・『これが最後の記念写真になるかも・・・』。。

何とか、、夕刻の飛行機に間に合って、その日は
埼玉の家族のもとで、とりあえず土日は家でゆっくり休んで
もらう。きつくて寝ていると、何も知らない年長の長女が
おばあちゃんの枕元で一生懸命話をする。

22日、月曜日、私の49歳の誕生日にいよいよ中央病院へ
入院させる。
看護師長以下皆親切で、母は、家族のもとに帰ったようだと
うれしがる・・・。父をみおくった後、14年間一人暮らし。
年1、2回家族が帰って来るときだけが楽しみだった・・。

今年の正月に家族で帰ったときも、久し振りにご飯を食べさせれると
張り切って食事を作っていた。一見元気そうに見えたが・・心配させまいと
我慢していたのか・・・。

29日~31日は旭川出張が決まっていた。
5年前の夏、札幌に単身赴任中の私の元に、母が先ず東京空港で三男を
ひろって訪ねてきた。1週間ほど3人で暮らしたのち、
妻も他の子供を連れてやってきて、家族で富良野に出かけた。
特に美瑛丘陵はあらゆる花が咲き乱れて綺麗だった。
思えば、母と家族の最後の旅となった・・・。

今回、入院中の母に、思い出の美瑛丘陵を見せるべく、
レンタカーを借りて駆け足で写真を撮ってきた。
3月末の富良野、美瑛丘陵は、観光客も全くいなく、
思い出に浸るには十分な静けさだった。

そして残雪をかみしめつつ、母の奇跡的な回復を祈った・・・。


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