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2004年 6/26 今日の感動:その106(母への追憶その二・・・武蔵野の桜)

母の病名は、胃がんのステージ4、すなわち末期症状。
入院したときには、既に全身転移し、手術もできない・・。

しかし、高たんぱく質・ビタミン・ミネラルによる栄養療法に最後の望みを託す。
とにかく、食べれるうちにニュートリを進めた。看護婦さんも積極的に協力してくれて顔色もふっくらしてきた・・・。

が、、一番やさしいはずの最新の抗がん剤の副作用で、口内炎が発症・・。
痛くてビタミンはじめ食べ物が食べられない・・。
本人曰く「口内炎が収まったら、またしっかり食べる・・」

しかし、桜の開花とともに、皮肉にも母は段々小さくなっていく。
何とか元気付けるため、4人の孫も交代で見舞いに行く。
そして、次男、三男の野球の支援を利用して武蔵野の球場の近くの
桜の花を撮ってきては気分転換に見せるも・・・

4月9日・・・
「お母さん家に帰ろうか・・・」
「そうだね!ここにいても仕方ない」

4月15日。
午後、四国の宿毛市から母が最後に会いたかった母の妹が来る。
母が最後のお願いをしたらしい。

・・後で聞けば、田舎での配達牛乳の支払いなど・・
  最後まで、人に一切迷惑をかけないという気丈夫な母らしい。。

その叔母が帰った夕方、母が急変する。
最後のトイレに自分で歩いていったあと、
「もうこれ以上は無理・・。後は頼んだよ・・」
そして横になった後、
「今、お父さん(14年前に他界)が綺麗な所からおいでおいでと迎えにきている」
更に学校から帰ってくる4人の孫一人一人に
手を握りながら
「大学しっかり頑張って卒業して・・」
「野球頑張って、、高校好きなところに行って頑張って・・」

・・・・・

夜になると声が出なくなる。
でも、ノートに書くジェスチャー。
そうだ!入院以来自分でノートに入院日記をつけていたんだ!
そのノートとペンを差し出すと、
ノートに
「ありがとう お母さんの眠る番だね」・・。

更にしばらく横になった後、
ノートに
「おこして」
ベット脇に座って、母の上体を抱き起こし、
太ももに頭を乗せて抱えると、しきりに僕の方に左手をかけようとする。

苦しそうな息の感覚が徐々に長くなるので・・
「お母さん、初美姉夫婦が明日の10時に来るけど、待つ?」
と問い掛ける。
母は、目を開け、苦しそうに私を見て、首を横に振る。

そこで孫たちにしっかり手を握らせながら、、
「わかった。お母さん、84年間本当にご苦労様。後は子供たちがしっかりやるから。
安心してお父さんの所に行きなさい」と声をかえると、
目を開け、父を見つめながら抜けるように父のもとに旅立つ。

同じころ、四国の実家の近くで寝たきりの母の姉の所に
白装束で別れに来たという・・・。

人は、様々な体験をして霊的に成長するためにこの世では肉体に宿って生まれるという。
その体験が終われば肉体を離れ、本来の世界に返る・・・。
母の死を通じて、家族6人その意味を実感した。

そしてつくづく思う。
母の人生は桜の花そのもののようであったと。
最後まで、人として背筋を伸ばして生き、死んだ。

今回、今春の武蔵野の桜を紹介して、母への追憶とした。


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