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2003年 8/27 四国郷里の夕陽

今年の8月10日は、父の13回忌であった。
そうでなくとも、農家の跡を継ぐことになった私は
学生時代から盆・正月は四国田舎の実家に帰ることを
日課としていた。

郷里の町は、作家宮田輝の半生記の「流転の人生」にも
出てくる伊予の最南端「一本松村」だ。ちなみに宮田輝が
住んでいた家は、我が畑の隣で実家から200mぐらいの
農家・・・。
取り立てて産業もあるわけで無し、高校、大学と都会に
でると殆ど帰って来ることはない。
独身ならいざ知らず、結婚して子供が出来、その子が
学校に行くようになるととても帰ることはできない。
例え、帰って食べることができても、その子が大学等に
進むようになると自分と同じことを繰り返すだけとの
思いが出てくる。

我が家も子供が小さい頃は、「田舎」を作ってやるべく
家族全員車に乗って約20時間かけて帰省したものだ。
都会生活で普段バラバラに生きているだけに、この20時間が
家族のよき会話の機会でもあった・・・。

しかし、子供が学校に行くようになるとなかなか一緒にという
訳にはいかなくなる。
今回も、8月10日は、三男の少年野球の大会開会日。14日からは
次男の地獄の鴨川合宿に長男を除く家族5人で参加することになっている。

という訳で、今回は、長男と二人で、飛行機にて父の13回忌に
帰ってきた。仏となった父も、孫と言えば長男しかしらない・・。

3日間しかいなかったが、隣の叔父に車を借りて、
私が小さいときから一番好きだった西海町の高茂岬に
長男を連れて夕陽を撮りに行って来た。
無人の灯台の入口に広い住宅跡のような広場があり
小さいときから不思議に思っていたが、
今回、それは、太平洋戦争で豊後水道に入ってくる
敵艦船等の監視部隊がいたことを初めて知った。
そう言えば、岬に来る途中の御荘町の半島の頂上部には
御荘湾に撃墜された「紫電改」を引き上げて、
博物館的に展示している。
回転展望台もあり、西海のリアス式の海岸を頂上200m
ほどから一望に見渡すこともできる。
今回、折角の機会に長男を案内し、初めて写真に撮った。

また、岬の途中には、生後4日目に産褥熱で亡くなった
妻の母のお墓もある。途中で長男とお参りする。

更に、高茂岬には、忘れられない哀しい思い出もある。
中学からの100m走のライバルであり友人であった
K君が結婚後、一人息子を残して、病気を苦に自殺したのも
この高茂岬である。人生を悲嘆し、一番気に入った綺麗な
場所を死に場所に選んだに違いない。
そのK君の残された夫人も中学の同級生でよくしっており、
葬儀後初めて見舞ったときに渡したのが飯田史彦氏著の
「生きがいの創造」である。
K君には、忘れ形見の一人息子がいて、年齢は私の長男と
ほぼ同じだ。サッカーをやっているのも同じ・・・。

高茂岬の立ち入り禁止の柵を越えて、撮影ポイントを
探していると、先に進んでいた長男が「ここがいいよ」
と教えてくれた。
見ると、小さなお地蔵様が据えられていた・・。

様々な思いを込めて、1回だけのチャンスで撮った
四国高茂岬の夕陽を今回皆様にプレゼントしたい・・。


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