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2002年 9/14 道南・松前…北海道ふる里ロマン紀行(その一)

9月最初の週末、道南・松前地方に一泊二日の撮影旅行に行く。
札幌単身4年目、今回の松前半島でいよいよ北海道の全岬制覇!!となる。

計画では、土曜日の早朝札幌を出て、
小樽から積丹半島~檜山~北海道最南端の白神岬~函館と約460kmの追分ソーランラインを完走する予定であったが…。

実は、金曜日の夜、田舎の母からこの冬休み病院に見舞った叔父が亡くなった事を知らされた。

90歳を越え、更に意識が殆どないままに現代機械医学で物理的に生かされる状態が続いていたのである意味ではやっと次の進化の段階に進めたとホッとした。

それにもましてショックだったのは叔父の死を姉に伝えた時の姪達に起こった悲劇…。
結局、金曜日の夜は一睡もできず朝を迎え、夜が明けてからウトウト…。

『起きてしまった事を遠くでくよくよ考えていても仕方ない。
「今」・「ここに」集中して生きることが大切』と思い直して結局10時過ぎに札幌を出発。
積丹半島の海岸線は時間的に諦め、適度な位置!?から海岸線を走ろうと取りあえず国道230号線で中山峠越えに・・・。

ありがたいことに豊平川にかかるミュンヘン橋の麓に住んでいるので、国道230号、つまり石山街道を僅か10分も走ると郊外に出て、大好きな太古からの自然の緑が濃いい定山渓の入口に入る。

右手に頂上部に岩が突き出ていて四季折々様々な顔を見せてくれる観音岩山(八剣山)が見えてくる。

特に冬などは岩肌に雪が付いて、その雪が日々変化して、陽が射せば絶景となる。市内からも近くお薦めのポイントである。

車だと通常後続車等があるとなかなか撮影に止めれないが、幸い右手に道路情報館の広い駐車場があり、ここから谷一つ隔てた位置だ。今回はこの岩山の夏の終わりの緑に感動して撮影モードに入る。


中山峠を越える頃は、時間の関係上、最短の太平洋側(噴火湾)の長万部に出て、そこから渡島半島の一番くびれた最短距離を日本海岸側の寿都町に出て、松前地方を重点的に回ろうか…とも考えていたが、喜茂別の交差点に差しかかった所で丁度赤信号で停止。

右手を見れば羊蹄山…心の奥から「右へ」の言葉が浮かび右折、国道276号を岩内町に出る事に漸く決心。

実は、今回も、「必ずここで撮り、ここで夕陽を撮って泊まる」という事はあらかじめ決めていない。走る中で「いいなあ、撮ろう!」と内面の声が聞こえたら車を止めて撮る…。

自然との対話による自分の感性を信じて…。
え!!計画性がない!?^^;

岩内に出る途中で、頂上に小さな一本木のある小高い畑が見える。まるで「ミニ美瑛丘陵」だ。
この辺りは日本一の豪雪地帯で道路は防雪柵が設置されている。夏は窓のブラインドのように手動で畳まれていて、景色が見えるようにしている。その枠越えの「ミニ美瑛丘陵」を撮影。

そしていよいよ岩内に出て、追分ソーランラインを南下。久し振りの週末の快晴!
まさに目の前に群青の世界が広がる。取りあえず海岸に止めて泊原子力発電所方向を撮る。
追分ソーランラインはもともと漁村地帯だったので今でも浜には小さな漁船が多い。
この漁船を手前に置いた構図で群青の海と岬等を撮れば結構絵になる。

雷電岬を越えた辺りに大きな鰊(ニシン)番屋が記念館として残っている。
この追分ソーランラインは、江戸時代から鰊を追って栄えた街並みでもある。
かっては水面を盛り上がるように跳ねる鰊に西日の太陽光線が射すとさながら黄金のように見えたらしい。

石狩湾には銭函という地名も残っている程だ。まさにドル箱だったのだ。
その栄華が残る鰊番屋を記念に撮影。

蘭越町の旧佐藤家では、道路を隔てた海岸に小さな祠と鳥居それにかって使われていた錨が時の流れが止まったように並んでいた。その前の道路脇で老婆が網を修理していた。

おばあさんに断ってその姿を撮らせてもらう。

今回の撮影のテーマをあげれば「陸、海、空そして人」となった。不思議なことに撮影に止まった所に人もしくは人の文化の跡が良い構図として入ったのだ。

「類は友を呼ぶ」、あるいは「同じ波は引き合う」という波動の原理もある。
自然との調和を目指す私の思いが通じたのか…^^;

撮影をする上で海岸線を走る時の着意は、旧道があれば必ず旧道を走ることだ。

新道は、経済的な便利さを追求して岬の根元に穴を開けトンネル化しているので、本来の綺麗な岬の先端は素通りしてしまう。

それに集落、漁港は全て旧道沿いにあり、自然と文化の共鳴した
思わぬポイントが隠されているのだ。





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