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2002年 7/11 道東…雨中1200km爆走一期一会の旅(その一)

7月の初めての週末、七夕の日に一泊二日で道東の撮影に行って来た。

あいにくの霧雨で写真写りはあまり期待できない。しかも歳のせいか??その前の週末の
道北の旅の疲れが残っている。しかし、北海道の花の季節は短く待っていてはくれない…。

本当は、金曜日の仕事終了後、夜のうちにオホーツクのサロマ湖、つまり撮影を始める地点
まで行っておきたかった。でも、宴会が入ってしまった。それも10月13日の札幌ドーム
での50年に1回の大イベントのスタッフの「100日前の団結会!?」。私も第3部の
音楽祭りの責任者だけに出ざるをえなかった…。

結局、土曜日の朝10時半に札幌を出発^^;
オホーツク海岸まで約300kmは只運転するのみ。こういう時は、お気に入りの
グレープ、つまり「さだまさし」のカセットを聴く。実は、20代の頃買ったカセット…^^;
中でも「無縁坂」「精霊流し」「縁切寺」を聞くとジーンと込み上げてくるものがある。


先ず、無縁坂の歌が流れる・・・

『母がまだ若い頃僕の手を引いて
この坂を登る度いつもため息をついた
ため息つけばそれで済む後ろだけはみちゃだめと
笑ってた白い手はとてもやわらかだった
運がいいとか悪いとか人は時々口にするけど
そういうことって確かにあるとあなたを見ててそう思う
忍忍ばず無縁坂噛みしめるような
ささやかな僕の母の人生』


歌を聴きながら郷里の寒村で一人家族の帰りを待つ母の人生が浮かぶ・・・

3人姉妹、弟一人の次女として生まれた母は、6歳で子供のいなかった我が家に隣から養女として入籍。隣にいるだけに里心を起こさせないため生母が厳しく他人のように接し、本当の母に甘えれず幼心では辛かったようだ。

でもその体験があるから、生後4日目に産褥熱で母を亡くした我が妻と真の親子のような心温まる人間関係ができるのかも知れない。


実は、私が小さい頃、その隣の母の実家は、子供(つまりいとこ)が女ばかり5人。
農家の次男の私は、学校に入る前のある日、その母の実家に養子返し??とばかりに「お泊まり」に出されたことがあった。

人生の危機を感じたのか、深夜泣きに泣いて連れて帰って貰った。
何故泣いたのか今でもわからない・・・。
あの時あのままいれば、女姉妹が5人・・・・・^^;


その母は、やはり田舎の名家ながらも6人の兄妹の末っ子で家計を助けるため志願して海軍に入団した父と養子婚約。

但し、太平洋戦争が勃発、シンガポールで戦後も英国軍に抑留され
昭和22年まで音沙汰不明で、7年間、只生きて帰ることを信じてまった・・・。

その後、夫婦二人三脚で水飲み百姓から五指に入る農家にするも、後を継いだ長男の
嫁ともどもの出奔。

農家の次男で家にいても仕方ないと15歳で家を出た私の帰りを待っているが、
最愛の夫も10年前にワルツハイマー症で死別。

今は孫にEM有機農法による手作りの安全な野菜を作って送ることを生き甲斐にしている。
先日、「納屋の農機具はもう全て売ったよ」と電話が来た…。


『いつかしら僕よりも母は小さくなった
知らぬ間に白い手はとても小さくなった
母は全てを暦に刻んで流してきたんだろう
悲しさや苦しさはきっとあったはずなのに
運がいいとか悪いとか人は時々口にするけど
めぐる暦は季節の中で漂いながら過ぎてゆく
忍忍ばず無縁坂噛みしめるような
ささやかな僕の母の人生』


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北海道の四季http://communities.jp.msn.com/jjt8khvnlvgq2ipf5spd2vq9r4
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