2002年 1/21 わがふる里・・・一本松
この正月、1年ぶりに故郷、南国四国愛媛の最南端の町、一本松町に帰ってきた。
今回は、恩師O先生の墓前にお参りをしなくてはならない・・・
歳末の暮れ、埼玉のマンションから東京のネオン越しに見える富士山に落ちる夕陽を数枚撮った後、RVの後部座席をフラットにして、布団を持ち込み、下3人の子供を寝かせながら出発。長男は、大学受験勉強で居残り・・・。
東名、名神を徹夜で走り、翌朝には四国・本州を繋ぐ第3の淡路島に架かる鳴門大橋で記念写真を撮りつつ・・・・約1050kmを無事完走・・・。
田舎には82才になる母が一人帰りを待っている。
先ず、10年前に父が死んで以降、母と一緒に住んでいため名犬!?「さき」の墓に皆でお参り。
10年間、よく母を守ってくれたことに感謝。
田舎に帰れば、その当時の自分に帰る。様々な思い出が走馬燈のように思い出される。
既に家を出て30年経つというのに・・・。言葉まで田舎ことばになる。
思うに、これは瞑想そのものだと思う。
或いは、催眠療法として欧米では誰もが受ける精神療法と同じだ。
人は、生まれてきた時は誰でもない。生まれて名前をもらい、両親等に育てられることによって人格が形成されていく。その時、心に傷を持てば、それが生涯様々な影響を及ぼし果ては、肉体的な病気まで及ぶことがある。
だから、催眠療法、あるいは自らの瞑想で潜在意識にかえって行き、その傷ついた状況を思いだし、意識して感情を表出できれば、その傷は癒え、もう昔の陰に怯えることもなくなる。
田舎に帰るということは、まさにその瞑想を体験しているのと同じだ。
仮に嫌なことがあったとしても、今の意識で判断し、新たな解釈をし、様々なことを許せた時それが自分の癒しにもなる。
家に着いたその日から次男、三男と早速、空き地等でキャッチボール。その空き地は私が生まれ、15才まで育った家の跡。数年前に燐家からの家事で焼け、今は更地だが、子供達には、ただのいい空き地だ。
その隣は、大根池。小さい時からの田舎の自然プールだ。
小学6年の夏から中学の野球部に入るまで、池を回るような一周約2㌔のコースを設定し、毎晩走ってタイムをグラフ化し、その後、池のコンクリートの壁投げを続けた。
今回、正月の朝、珍しく、夜明け前に起き、田舎の初日の出を写真に撮った。
その後そのコースを次男、三男と一緒に走って、キャッチボールをする。
夕陽も素晴らしく、池の水面に反射する夕陽等を数日に亘って撮る。
こうしてみると、田舎も結構絵になる。^^
ところで今回、ショッキングなことが一つあった。
中学校時代の一つ下の憧れのIさんが子供3人を残し自殺していたのだ・・・。
彼女を初めて知ったのは、私が中2で、宇和島市で行われた陸上競技会の新人大会に学校から男子4名、女子2名に選ばれて1泊二日行ったときだ。
それ以来、憧れの人として密かに思い続け、ついに大学生になって、田舎にいるだろう彼女にラブレターを書くも・・・当然ながら・・返事なし・・^^;
その後、父の最後の病院で、偶然、薬剤師となっている彼女を見かけ、幸せな結婚生活をしていると思っていたが・・・。
今回の自殺は、流石にショックであった。
僕の思い出の中では、陸上大会と、野球の練習のとある日、ファールボールを拾いに行った時、偶然彼女が通りかかって、拾って手渡しをしてくれて、この時ドキドキしながら「ありがとう!」と言ったのが、昨日のようだが、結局、生涯これが最後の会話となってしまった。
自殺ということはかなり悩んだ末の選択だったろう・・・。
でも、今一番、悔やんでいるのも彼女に違いない。
人は、魂が体験を積み、成長するために、この世に肉体を借りて生きているという。
だから、一見、苦しいと思うことも、その成長のための体験に過ぎない。
そのため、その人の能力以上の試練は来ない。
自殺は、その体験を自ら放棄したことが、死んで霊体にかえった時に、わかる。
その時、「しまった!成長しそこなった」と反省するであろう。
そして、また、苦しいこの地球上に、乗り越えれなかった体験を繰り返すため、
再生しなければならないだろう・・・。
最近、そういうことが良くわかるようになった・・・。
私の家が郷(ごう)・・・つまり山の家なら、妻の家は浦方・・・つまり海の家だ。
田舎に帰ると必ずいかなければならないところがある。
妻を産んで4日目に死んだ妻の母の墓前だ。
22年前、その墓前で、「今から僕が守ります」と密かに誓った。
今回、妻と、女手一つで64才から妻を実子のように育てた祖母の二人が住んでいた家も取り壊され、更地となっていた。
家を壊す時、妻が小さい時からお世話になっていた、この小さな石垣の漁村の初めての民宿のおばさんが、亡き母の遺影を預かっていてくれた。お葬式の時に使ったのだろう。
今まで小さな写真1枚しか見たことがなかったので、非常に嬉しかった。
妻は、もう42才。写真の母は34才。
妻が3度の流産の後、長男を産む時は、「死なないでくれ!」と密かに祈ったものだ。
それからもう4人の子供を産み、死んだ母より10才近く長く生きてくれている・・・。
今回改めて、この22年、幸せだったろうか・・・・と思った。最近は、子供4人を残し
単身赴任。子育ても全て任せきり・・・・・^^;
ただ、強くなったことだけは、言えるが・・・^^.
今回、妻の育った西海の海を初めて写真に撮った。民宿の前から沖合の、野生の猿と鹿がいる鹿島までグラスボートも出ていて、珊瑚礁や熱帯魚が見れる。コバルトブルーの海に青や赤や黄色の熱帯魚と珊瑚礁・・・。
写真の海の底はそういう海の楽園だ。ちなみに国立足摺海底公園・・・。
もし、行かれる人がいれば、民宿「はなや」を紹介したい・・・。
ということで、今回は、田舎の山と海をアルバム「我がふるさと・・一本松」で堪能してただきたい・・・。
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