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2001年 8/4 豊平川サマーフェスティバル:花火…その光の影に

7月25日、豊平川サマーフェスティバルの一環である花火大会を見に行って来た。
北海道の夏は、短く、その夏を惜しむように様々なイベントが目白押しだ。
その中でも、豊平川のサマーフェスティバルでは、澄み切った星空に3日にわたり
花火が打ち上げられ、北の大地に本格的な夏の到来を告げる。

かって、札幌は、アイヌ語で、サツ、ポロ“川の集まる地”と言われるほど一大湿地帯であった。

蛇行する豊平川・石狩川を約50kmも短くして、干拓、今の市街地を作った。僅か130年前、短い夏に、機械力も満足にないときに、よくもこれだけ開拓したものだ。

その日本版フロンティ精神・開拓魂に乾杯!!

現在の北大植物園は、当時の原野そのままに記念に保存されている。
春先の雪解け水で豊平川が溢れる頃、ヘリから見ると、畑の至る所に昔の川の痕が湿った「つ」の字で現れのがよく確認できる。

また、豊平川の河川敷は、よく綺麗に自然公園として整備されている。サイクリングもいいし、少年野球場、サッカー場、テニスコート、パークゴルフ、、土日でも殆どどこでも、家族で遊べる。川ではヤマメも釣れ、夏には様々な花も見える。

180万都市札幌のど真ん中の膨大なオアシスともいえる。東京、大阪にはない。
かって訪れたドイツの自然と共生した街作りと同じである。サイクリンで通る度に、せまて、この河川敷1kmと、少年野球場一つを、埼玉の子供達のもとに送りたいと思う。

埼玉では、小学校の狭いグラウンドを週末2時間だけしか練習に借りることはできない…。

花火の近くに行くと、自衛隊が自走仮設橋で、豊平川に仮設橋を架けていた。
1両、10m、1時間。豊平川約150mでは、約20時間の作業になる。

翌日のフェスティバルに間に合わせるため、徹夜の作業であるが、花火の間は実行委員会から「中止」させられている。だから、祭りを自衛隊が支援していることを知らずに帰った人が殆どであっただろう。

翌日、確認に行くと、「札幌に大震災が起こり、橋が壊れたため仮設橋を架ける」という訓練として祭りを支援していた。ちょうど、ボートで水路偵察する珍しい場面も撮れた。

札幌に地震が起きたときのための救援の為の訓練ならいつでもできそうみたいだが、普段は、結構、反対があって、1年でこの日しか訓練できないとのこと。


そう言えば、神戸地震の時も、地震前は、市の防災会議さえ一度も自衛官が呼ばれず、地震の時には、救援に行った隊員の殆どが、はじめて神戸の街に入ったと聞いた。

そういう反自衛隊の街にも、救援に行った隊員のうち、約30人の隊員の家が壊れ、家族も避難所生活となったが、後を奥さんに任せ、地震後直ちに部隊に出て、救援に行った。

家族がどこに避難したかは、災害派遣の任務が終了して帰るまでわからなかったという。

こういう隊員で構成されているから、地震の時、消防・警察・行政組織が壊れても、唯一直ちに自衛隊は救援に行けた。

但し、事前の現地確認等一切できていなかったので、手探りの逐次の救援にならざるを得なかった。
その点、淡路では、どこで誰がどのように寝ているかまで地元消防団等がわかっていて、救援に来た自衛隊と密接に連携でき、90%の人が壊れた家の中から助け出されたという。

こういうことを思うとき、反対ではなく、積極的に街で訓練させるべきではないだろうか。

また、雪祭りの雪の採集・輸送、雪像の製作等も全て、自衛隊が訓練として行っている。

祭りの支援は、タダでやって貰い、肝心の本来の訓練には反対する・・・。
かっての神戸の教訓が活かされてないのではないだろうか・・・・。

官依存体質で、かっての開拓魂が消えたと言われる北の大地…

祭りの華やかな花火のシルエットに浮かぶ、自走橋の影を見ながら、
そういう思いに耽った1日であった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


今回、花火を撮影して、バカちょん形式のデジカメでの、花火撮影の難しさを改めて思い知らされた・・・^^;

最後の3枚は、一眼レフで撮った写真をスキャナーで取り込んだものである。
そのあまりの差に・・・愕然!?^^;





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