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2001年 7/29 富良野ラベンダー

27日午後11時前、送別会に出席後、札幌から富良野ラベンダー公園へ向け出発。
滝川ICでおりて、国道38号線沿いに富良野盆地へ。
早めに着いて仮眠したい。

しかし、ここでちょっとしたアクシデント!?
深夜1時半の真っ暗い国道を、目の前を、こんな深夜にもかかわらず制限速度内で
ノロノロ走っている車がある。

『農家のおじいさんが走ってるのかな??』
と何気なく対向車線に出て追い越した。

すると、急にその車が前照灯を付け追って来る。何と赤い点滅等も・・・
『わお!パトカーだ!?』
「その白いコロナ、停止しなさい!」
ガク!^^;

結局、はみ出しオーバーで、罰金9000円!
人生46年、今まで、無事故・無違反で来たのに・・・(><;)
『これって、引っかけじゃない??』
と心で思って、決して口に出さず・・・

「富良野まで後1時間、気を付けて行ってください」
という懇切丁寧な?お巡りさんに見送られて、再出発…。

《気を付けよう!暗い夜道と遅い車!!^^;》

うーーん、、。これまで、北海道の郊外は、大体時速80キロは出していたから、そのツケかな??でも、北の大地ではそれが常識だからな・・・と反省しつつ、午前2時半に中富良野日の出ラベンダー公園駐車場に到着。

シートを倒し、仮眠。5時過ぎには目が覚める。
寒い!やはり、タオルジャケットでなく、毛布を持って来るべきであった。

外の気温15度……。

持ってるデジカメが3年前の100万画素の化石?だから、ある程度明るくないと
いくら腕が良くとも!?綺麗に撮れない。寒い中再仮眠・・・

6時半頃に、公園の頂上まで行って今日の撮影開始・・・・

日の出公園の頂上につくと、キャンプに来ていた、子供達が珍しそうに
鐘をついている。

しかし、ラベンダーの花盛りは越していることを知る……
まっ、仕方ないか・・と気を取り直してファーム富田へ。


とうことで、日の出公園を皮切りに、ファーム富田、彩香の里、中富良野町営
ラベンダー公園等で撮影。
晴れてはいるが、雲が低く、かすみのようになって大雪山系が見えなくてちょっと残念。
途中で、拓真館で、故前田真三氏の美瑛の写真を見る。
さすがに綺麗だ。小さな写真でも買おうと思ったが、1万5千円!ポスター300円で我慢して帰る^^;

前田氏の愛した美瑛丘陵で写真を撮る。気のせいか、アマチュアカメラマンが多い。
美瑛丘陵は、日本一綺麗な丘陵じゃないかなと思う。

よくも僅か100年余りで、これだけ開拓し、また今もよく維持してると思う。
内地では、休田で荒野になった水田も多い。
美瑛丘陵は、常に耕やされる農場・畑だから綺麗なのだ。
もし、人が入ってなければ、周りの森林・荒野と同じで、これほど感動を呼ぶ景観
にはなっていないだろう。

ちなみに北の大地では、畑が多く、内地は田圃が多い。
田圃はいかにも人工的な直線で、融通がない硬さ、男性の象徴のようだ。
その点、北海道の畑は、大地の豊かな曲線美が現れ、まるで女性のように美しい。

ところで、NHKドラマの「北の国から」で北海道の開拓の厳しさの一端がわかる。
ラベンダー公園等も、その開拓の一面なのだ。

よくぞ、厳しい冬を克服し、これまで開拓したと思う。その命を賭けた開拓魂が無意識に来る人の魂を揺さぶり感動を与えるのではないだろうか。

私は、大学卒業して最初の任地が千歳だった。マイナス32度の中での訓練。
同僚は凍傷で2ヶ月入院した。水筒も蜜柑も一度凍りつくと、バーナーの火を直接当てても、溶けない。大地も空気も凍りつくと人の火の力など無力にすることを身も持って味わう。

「おにぎりを腹に巻いとけばいい」など、そういう先人の貴重な体験の教えが凍傷から身を守ってくれた。


北海道のスナックにはじめて行ったとき。

「そうかい!」と男と全く対等の話しぶりの北海道の若い女性の態度にカチンと来た。『北海道の女性はナンと生意気なんだ!』と憤慨した。

九州、四国の女性は、実情はともかく、お客さんの前では男を立てる。

そんな偏見も「野幌開拓記念館」で、開拓の厳しい実態を知った時、いっぺんに吹っ飛んだ。

北の大地は1年の半分が雪で覆われる。短い夏の間に、人跡無踏の荒野を切り開き、冬は、零下40度の中、電気も水道もない中で生きて行かねばならない。

赤ん坊も凍死してゆく。厳しい冬に耐えれず、夢やぶれて内地に帰った人も多い。
その中で、自然と共生してきたアイヌの人達と心を分かち合って来た人だけがそのノーハウを教えてもらい生きのびることができた。


例えば、日本の家屋は高床式だ。でも、これは、床から寒風が吹き上がり、寝ている
赤ん坊も凍死させた。アイヌの家は、先ず、床に枯れ葉等を敷き詰める。その上に家がある。

これなら暖かく、赤ん坊も死なない。

ややもすると気意だけが高かった武士達開拓民の中で、アイヌの人達を友人にでき、その生きる智慧を教えてもらえるほどの心豊かな人達だけが北の大地に新しく根を下ろす事ができたともいえる。

北海道開拓の象徴的なこの美瑛丘陵、そしてラベンダー公園が今のような姿になるまではこのような深い自然と人間とのドラマ、魂の歴史があるのだ。
美瑛丘陵は、人間と自然とが魂レベルで共創した一大モニュメントなのだ。

彩香の里近くには、中富良野越えに大雪山を眺望できる手作りのログハウス「十年館」がある。文字通り、ご主人が、仕事の傍ら、10年かけて手作りで作った小さなログハウスだ。

食事はないが、そのテラスで老夫婦が入れてくれるコーヒーを飲みながら眼下に広がる富良野盆地、丘陵地帯を眺め、感慨に耽るのもいい。

今回のアルバムには、テラスからのワンショットも入れておいた。

拓真館の近くの小高い丘の上の小さな花畑には小さなログハウスの売店があった。
その売店兼食堂には、オーナーが撮った美瑛の丘の四季の写真が展示・即売で飾ってあった。

手作りのおにぎり100円と、店先の水瓶で冷やしているトマト100円を買って、丸かじりで食べながらその写真を眺める。

美味い!おにぎりとトマトが…
いや、写真が!!^^;

数千円で売るだけあってさすがに感動を与える綺麗だ!

『うーーーん、。。俺もいいカメラなら・・・』
とライバル心が芽生える??…^^;


いずれにせよ、こういう風土が魂レベルで文化として、名カメラマンを輩出するのだろう。

富良野からの帰りは、例の国道を避け?、芦別から国道452号沿いに山中を走り、三笠に出た。途中、三段の滝の写真を撮った。
山中の小さな公園だが、ちゃんと家族で野菜、アイスクリーム等を売りに来ている店もあった。北の大地の子孫は逞しい!?^^

なお、山麓の道もパトカーがしっかり監視してた!^^;
くれぐれも、交通違反にご注意!!^^

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


と言うわけで、今回は、「富良野ラベンダー」と「美瑛丘陵等」のアルバムを
追加しました。





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