2001年 7/27 究極の心のビタミン(その三)
今、埼玉の家族のもとに帰る一番の楽しみに次男聖人の野球がある。
実は、私は、日本の野球発祥の地愛媛で生まれ育っただけに、小さいときからの遊びが野球だった。
中学のチームは、後年ドラフト1位で南海に入り新人王を獲得した藤田学君が投手で、私がサード4番だった。
高校時代は、定時制・通信制の全国大会で2年連続優勝した。野球は今でも一番好きなスポーツの一つだ。
だから、長男も小さいときからキャッチボール等で野球を教えた。でも、転勤で東京に引っ越して来て、仕事で子供とあまり遊べなくなった頃、長男は新しい学校で親しくなった友だちのやってるサッカークラブに入った。
その友だちのお姉さんが、かの女優、一色紗英ちゃんで、当時弟の試合を見に来ていた時、私も、試合を見ながら「綺麗だなあ」と眺めたものだ。いずれにせよ、長男は野球を止めてしまった。
だから、次男聖人とは、土日家にいるときは、長男以上にキャッチボールを心掛けた。
7年前、単身赴任に入る前、現在の鳩ヶ谷市にマンションを買って移り住んだ。
マンションの5階には、コンクリートの壁に「壁投げ」できる広場があり、これが最高の環境となった。
私は、愛媛の小学6年の時、中学校の野球部に入る前、家から帰ると、毎日約2kmの池の周りを走って記録をつけ、池の土手のコンクリートに○を書いて、1日100球を目標にピッチングの練習をした。
いわいる走り込みと「壁投げ」を何故か、自発的にやった。これが、地肩となり、中学でサードに抜擢される契機となった。
マンションで親がこの「壁投げ」をすると、聖人も自然にするようになった。
そして富士に単身赴任が決まった時、聖人が「少年野球部に入りたい」と申し出た。次男は、長男より遥かに運動能力が高かった。保育園児から常にかけっこが一番、身長も1年平均より上だ。
だから、サッカーも上手く、本人もサッカーもやりたかったらしい。兄がやってる。でも、親の心が通じたのか?結局野球を選んでくれた。
単身赴任に行く前、次男の机の前に張り紙で「毎日壁投げ100球、素振り100本」と書いて家を出た。
次男は、長男が親に叱られるのを見て、学習効果良く育つ。勿論、それぞれ別の人格なので性格が違う。子育てはそれぞれの子供に合わせた自立・巣立ちの手助けでもある。
聖人は、夜9時には必ず一人で勝手に睡眠に着く。だから朝が早い。一人で6時には起きて、自分で壁投げをして育った。勿論、土日帰ったときは、必ずチームのコーチに行き、又聖人の投球・守備の練習をすることが帰宅時の私の楽しみとなった。
現代版、巨人の星!?
5年生の時、小学校の1000mの記録会で、6年より遥か前を独走し「あの子何??」と周りから言われるようになるまで体力もついて来た。
そして、この春からチームのエースで4番。春の大会、5月の連休時の大会と市の大会で優勝し、最優秀選手賞・投手賞・ホームラン賞を貰った。
ちなみに市の選抜チームのサード兼投手、4番でもある。
だが、好事魔多し。如何せん、所属チームには聖人しか投手がいない。
連投の上に、準決勝・決勝は1日でやってしまう。筋肉痛の上に無理に投げ、フォームを崩す、崩せば、コントロールが悪くなる、指導されると小さな手投げになる・・・
こうして春のホップアップする球が消えた。6月の大会では決勝まで行ったものの、それまで決勝で勝っていたチームに0-8と言う惨敗であったという、、。
実は、今回の連休は、この聖人の再生の為に帰ったのだ。
キャッチボールを見ただけで、体重移行ができていない事がすぐわかった。
シャドウピッチングですぐに治せると思った。何より、自信を取り戻す事が重要だ。
口で言うより、目で見せた方がいい。しかも客観的に。
インターネットで「シャドウピッチング」を検索し、工藤投手が少年野球の子供からの質問に答える形で、写真入りで詳しく段階的に練習方法から栄養指導まで書いてるのを見つけ、印刷し、チームの子供の親にも配る。
また、4月のビデオを見せて、一番良かった時のフォームを解説するとともにシャドウピッチング用の練習ネットを買って来て指導。
連休最後には、群馬の強豪との交流試合があったが、3-2で投げ勝ってサヨナラ勝ち。
8月に最後の夏の大会を備え、チームの親御さん達が喜んだ「池チャンの剛球復活!!」
今も35度の中、毎日1時から4時までチームは練習しているらしい。
そして、夜は、寝る前に一人シャドウピッチングをしているはずだ。
帰るとき、バッティングセンターに行く小遣いも特別において来た^^;
盆休み、聖人の小学最後の大会の応援が待っている!
おりしも高校の甲子園大会が始まる。
やがて、聖人が、浦和学院の野球部で甲子園で活躍する日が来るかも知れない。^^;
その時は是非応援を!!^^
今の聖人の目標は、「巨人で野球をやること!」






