2001年 7/18 雨竜沼湿原登山…心の旅路(その三)
登山道を登り切ると、湿原が急に開けているのに驚く。
かって行った尾瀬を思い出す。でも尾瀬は車で入口に行けたから、心の旅路は味わえなかった。
湿原には、暑寒別岳の万年雪が時を経て湧き出て大小様々な「池とう」という泉を作り、ちょうどエゾカンゾウとヒオギアヤメの黄色と紫の花が咲き乱れていて心を癒してくれる。
また湿原の中を蛇行するようにペンケペタン川の小川が流れ、湿原入口から登山道の谷沿いに沢を下っている。
沢の途中で小さな沢の水が集まり、白竜滝も形成している。
つまり、雨竜沼湿原は石狩川の一つの源流なのだ。
湿原には、時計回りに木道の約3.5kmの歩道もあり、入口の反対側から更に約500m登ると湿原全体を見渡せる展望台もある。ここから南暑寒別岳頂上まで約2.7kmだ。
昔なら登ったなと思いながら今回は引き返す。
木道を回りながらカメラで池とうや花を撮る。屈むと忘れていた脇腹に痛みが走る。
展望台でゆっくり休憩する。既に60枚の写真を撮っている。時間は17時過ぎ。
誰もいなくなった湿原をゆっくり下りる。
湿原入口で腰を下ろし、最後の写真を撮っていると、暑寒岳まで縦走していた若者3名が無言で足早に抜き去っていく。
最後の一人に「こんちは!」と山の挨拶をしても応えがない。
そうか、中年男性に声をかけても彼らの利益にはならないんだ。
もし、私がミス札幌だったら彼らはどう対応するのだろう??
そう思いながら沢を下り始めると、沢全体から「ざー!」という音。
登るときは感じなかったが、無数の小さな沢からの湧き水が徐々に集まり奔流となる命の音がする。
登り口の例のアヤメに「今日はありがとう。元気でね。さようなら」と手を振る。
少し下った沢で先ほどの3人が靴を脱いで気持ちよさそうにその命の水で足を冷やしている。
最後に私が声をかけた若者が下りてくる私と対面するような姿勢で岩に座っている。
私が目を見ながら近づくとバツの悪そうな顔になる。
通り過ぎるとき、「ご苦労さん」と声をかけると口の中で「うう!」。
そうか!彼らは、人としてのノーハウを教わってないのだ!!
「人間」は、門という人の家の中で、父親と母親の人間的な愛の空間内で、人間的な感化教育を受けて過ごすから、そのノーハウを身に付け人間となる。
小さいときオオカミに育てられると死ぬまでオオカミだ。
人としていかに他人に接し、挨拶し、対応するか。
それは、親が生きるノーハウとして教えない限り身に付かない。
その基本の事をこの青年達は親から教わっていないのだ…。
親を後ろ姿で見て、自分の欲望を達成することは学べたが、人としていかに生きるかは見覚えできなかったのだ。
18時過ぎ、登山口の駐車場に到着。車に荷を下ろし、管理棟の方に歩く。
中年のグループの人が、登山靴を脱いで路面に座っている。
疲れ切った中にも、達成感が感じられる。近づくと向こうから「ここで泊まるのですか?」と挨拶代わりに声をかけてくる。気持ちいい。暫く暑寒別岳の縦走の話を聞く。
そうだ。20年前、嵐の中、関西最高峰の弥山の頂上の山小屋に到着した時、
定員を遥かに超える人が来ても、次々来る人を皆で詰めて、一晩楽しく語り合ったものだ。
その時の表情がこうだった。
車で帰る途中、滝川「ふれ愛の里」で露天風呂に浸る。全身を伸ばすと気持ちいい。
そして、「よくこれまでいろいろ体験をさせてくれてありがとう。どこまでもってくれるかわからないけど、これからもっともっと大事に手入れするからね。でも、もし、これ以上無理という時は、遠慮なく役目を終わってもいいよ。いつでもありがとう」と肉体に語りかける。
脇の痛みは残っても倦怠感はない。
よし、次は富良野のラベンダーの写真だ!
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このような気持ちで雨竜沼湿原のアルバムその1・その2を出しました。
少しでも皆様の心の清涼剤になることを祈りつつ……
また、文中にあるように「ここ1年」を目途に北海道の自然美を写真に撮って
アルバムで出します。お楽しみに!






