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2001年 7/18 雨竜沼湿原登山…心の旅路(その二)

道は急勾配だ。左の脇腹の痛みが増してくる。徐々に足の筋肉も痛くなってくる。
最近の運動不足が悔やまれる。でも、その苦痛をおして一歩一歩噛みしめて登りながら様々な人と出会のは、まさに人生そのものだなあと考えるようになる。

止まれば進歩はない。

脇腹の痛みが増すにつれ、「やはり帰ったら受診しようかな…」と思う。

すぐに別の内面の声「仮に膵臓癌だったとしても、病名がわかったところで1年後には死ぬ。癌でなければやがて自然治癒する。」

「そうだな、、。じゃ、この1年の寿命と思って日々生きてみたらどうだろう?」

時計を見る。14時35分。出発して40分。もう出会う人も殆どいなくなった。
案内には、約1時間で湿原入り口に着くと書いてあった。

昔、大峰山脈を含む奈良県の山で「一体山」に最終的に集合する3コースの縦走コースを設定するために、一人約3ヶ月山中を歩き回った頃は、案内の時間の半分で歩いていたな…と思い出す。あの時は、足が途中で痛くなることもなかったし…。

そうか、人生と同じで、若いときは体力に任せ、がむしゃらに進んでいたのかも知れない。
マムシを踏んでも、サッと通り過ぎるの気づかず、後ろの人が鎌首を上げたマムシにビックリして止まったことさえ知らず飛ぶがごとく歩いたこともあった。

縦走の本番の時、年取った人に「○○さん、あのカーブを曲がったらもうすぐゴールだよ!」と何回も嘘をついては引っ張ったのも、果たして彼はどんな思いだったのか。

京都を出る最後の縦走の時、一番元気な若者グループを鍛えるべく、三重県境から奈良県を北に縦走、京都までの約120kmを二夜三日不眠不休で踏破したときのこと。

山の尾根で一人が足を疲労骨折し、麓の道まで彼を背負って下りた。
全てが終わった後、当時の小遣いでは最高級のお菓子を買って入院先を見舞うと、結婚したばかりの奥さんに無言で睨まれた。

でも、今は、彼も立派な指導者になっていると思う。
若かりし頃の思い出が走馬燈のように心に浮かぶ。
でも、今の私には、スピードを上げる体力はない。

そうか、こうして皆年老いて行くんだ…!
決して快適に歳を取るわけではない。
坂道を様々な傷の痛みを感じながら最終ゴールへ確実に歩んでいるんだ。

じゃ、自分の人生がこの登山口から湿原入口までとするなら、到達点が死とわかっているなら、これから出会う人とどう出会い、どう挨拶するのか?

これまでがどうであれ、出会う人に関係なく、自分の心の中で、やった!よくこんな苦しい道を生きてきた!と自分にご苦労さんと言いながら最高のレベルでゴールに到達、死にたい。

そう思いながら、足の筋肉の痛みが増すにつれ、脇腹の痛みを感じなくなった頃、登山道脇の熊笹の中に可憐なアヤメが一輪「ご苦労様、いらっしゃい!」と声をかけるように咲いていた。

思わず写真に撮った。湿原入り口に到着したのだ。





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